不協和音『君に言えない』
ヨーラに異世界の人間だと打ち明けた次の日。
俺、ユア、マア、ヨーラはいつも通りヨーラの部屋で魔法の解析をしていた。
ヨーラも変わった様子はない。
ただ、俺達の会話は壊滅的に少なくなっていた。
別に、話さなくても良いのだが、全員が全員そう思っているからこそ、会話は無い。いや、ダメだな。会話をしよう!
「い、良い天気だな」
俺は窓を見て言った。
「そうね」
ユアは目線は動かさずに言う。
「最近、暑くなってきたんじゃないか?」
最近、肌寒かった気候も、少し暑いと感じるようになってきた……のだが。
「そうですね!」
マアは俺の方を見て、元気に言った。
「ああ」
俺も笑って答える。
「…………」
こんな感じで、会話が終わる。
今までは意識もせずに続いていた会話が、突然、続かなくなった。きっと、心の奥底では会話を続けたいと思っていても、どう言えばいいか、どうしていたかが分からなくなっているのだろう。
作業を効率化する為か、会話は途絶える。
一番の変化は、会話にヨーラはあまり参加しなくなり、元気もまた無くなっている。
「ヨーラ」
「はい?」
話しかけると、無理をして元気に見せる。それが俺には辛かった。
「いや、なんでもない」
「はいっ」
また、解析を続ける。
ノックが聞こえた。
「はい?」
マアが答える。
その声が聞こえてか、ドアが少し開く。その先にはセグンドさんが見えた。
「ああ、蓮斗さん。ちょっと良いですか?」
「え、ええ」
俺への用事とは思ってなく、セグンドさんの言葉に慌てて答えた。
焦って立ち上がり、セグンドさんに近付く。
セグンドさんは俺が近付いたのを確認すると、ドアをもう少し開けた。
外で話そう、ということか。
俺はそのしぐさで理解すると、部屋からでる。
「どうです? 魔法の方は?」
セグンドさんの口から出たのは、当たり障りの無い問いだった。
「え、ああ、まあまあですかね」
とりあえず、普通に返す。
「そうなんですか」
「で、何の用です?」
こんな会話をする為に呼んだ訳ではないんだろう。
「それなんですが、確証の無い話ですが、剣士達の中にはまだ裏切り者がいるかもしれません」
「ええ、俺も居ると思います」
唐突に始められた話に肯定する。
「ですよね。なので、それを見つけて、粛清する為に、作戦を練りました。参加していただけるでしょうか?」
「作戦内容によります。あくまでも一番はヨーラの安全ですから」
作戦を練りました、などと言われても、内容が分からないければ、何の言いようもない。
「ええ、では、話します」
その言葉に俺は頷く。
「作戦は、まず蓮斗さんに守護剣士を辞めてもらい、そこでロスさんに城の外に出てもらいます。あと、確率を上げる為に蓮斗さんも城に外に出てもらう。すれば守護剣士はいない状況になる。そうなれば敵も出てくるでしょう」
セグンドさんは言い終わると、俺の言葉を待つ。
「なるほど、危険な作戦ではありますね。しかし、可能性としては高い。けど、やはり、その作戦でヨーラの安全は保障されていません」
元守護剣士のロスさんと俺を城の外に出して、ヨーラが無事で済むからは分からない。
「彼女の安全はどんな時でも保障されていませんよ。いつ病気にかかるかも分からない。それは安全が保障されて無い、とそういうことでしょう?」
その理屈は論点がずれているし、強引だ。
思ったが、俺は他の言葉を口にする。
「はい、しかし、ヨーラにふりかかるかもしれない危険は限りなく避けるべきです」
俺の言葉は、守護剣士としての、当たり前の言葉。
「だから、作戦はやらない、と?」
セグンドさんの言葉に首を振る。
「いえ、多少は確率が低くなるかもしれませんが、ユアとマアにもヨーラを守ってもらいたいです。敵兵はユアとマアの実力を知りませんから」
その俺の言葉に、セグンドさんは疑問をなげかけた。
「彼女達は危険にさらしてもいいと?」
「信頼してますから」
即答した。
「あなたの仲間まで危険にさらす訳にはいきません。ヨーラ王女は私が守りますし、敵が攻めてきたら、ロスさんと蓮斗さんにもすぐにお伝えします」
「いえ、彼女らは強い。不必要で無いのなら、頼りたいのですが」
ここまで頑なになってもらっても困る。
「なるほど。作戦決行は5日後となっています」
「はい、では、二人には俺から言っておきます」
セグンドさんが了承したので、ドアに手をかける。
「はい」
「あと……このこと、ヨーラには言わない事にしませんか?」
俺は、セグンドさんの目は見ずに、言った。
「何故です?」
「また、悲しむかもしれないから。きっと、ヨーラはずっと知らなくていいことなんです」
少し、小さく言った。
これが、正しい事なのだろうか。
「はい。ロスさんにも伝えておきます」
「ありがとうございます」
「いえ! 蓮斗さんも王女へのお気遣いありがとうございます」
「いえ、別に……」
お気遣い、か。
「それでは!」
「はい」
俺はドアを開けた。
ヨーラの部屋に入ると、すぐに何の話をしていたか聞かれたが、剣士の話と言ったら、それ以上は聞かれなかった。
3人は解析に戻る。
さて、どうやってユアとマアだけに言おうか?
俺達は、ほとんどここにいるし、その中から俺、ユア、マアだけが部屋から出る事なんて、皆無に等しい。
明日、言うか。
俺は問題を先延ばしして、部屋に座った。
朝、俺が目を覚ますと、ヨーラはもう起きていた。
時計を見る。
まだ、ユアとマアは来ないだろう。
「おはようございます!」
「おはよう」
俺は返事をする。
それから30分ほど経つと、そろそろユアとマアが来る時間となった。
「ヨーラ、ちょっと部屋に忘れ物したから、とってくる」
「ええ、分かりました」
ヨーラの許可をもらうと、部屋から出る。
すると、ユアとマアがいた。
「あ、おはよう」
「おはようございます」
ユアとマアが言う。
「ああ、おはよう。ちょっと話があるんだけど」
「何?」
俺は作戦を話す。
全て聞いたユアは開口一番に、
「へえ、で、なんでヨーラには言わないわけ?」
と言った。
「ユア?」
ユアの言い方に少し怒りを感じとってか、マアが言う。
「知らなくていいことだから。辛くなるだけだし」
俺は言い訳みたいに呟いた。
「でもさ、それで別れるまでずっと言わなくて、それで良いの?」
「それは…………」
ユアの言葉にすぐには返せない。
「言ったよね。隠し事はなしだって、あなたがそれを破るの?」
「だから……俺はこれが終わったら守護剣士を辞める。守護剣士である資格が無いから」
俺はその言葉を言った。
「辞めるって、あんたのその一方的な感情にヨーラが振り回されんだよ!?」
そんな俺にユアは怒る。
「一方的……?」
「当たり前じゃない……ヨーラは、あなたに守護剣士を辞めて欲しくないし、隠し事もして欲しくない。あなたは、ヨーラの為を想って、ここまで……してるのに」
だんだん、声が小さくなっていく。
「俺は……いつか自分の世界に帰る。なら、俺が犠牲になるのが一番だろ?」
「なにそれ?」
弱くユアが言った。
「ごめんな。ユア」
俺はヨーラの部屋に戻る。
「……蓮斗」
いつか、お前とも……会えなくなる日が来る……。
それから、魔法の解析が始まった。
空気は重く。それを感じとっているのは、俺とユアとマアだけだろう。
会話は無かった。
俺も、気分的に会話をする気にはなれなかった。
ヨーラが頑張って話す。俺も、できるだけ明るく。ユアも何事もなかったかのように返す。マアも元気よく話す。
それでも、会話は長くは続かなかった。
これで、いつか会えなくなるから、これで良いって俺はそう思った。
無理やり、そう思った。
俺は、ミューテイトを取りに行って、今はヨーラの部屋に帰る所。
俺が、廊下を進む。
前にはユアが。
ユアは俺に近付いて、俺はユアに近付いて。
何故だろう?
俺は心の中で俺は悪くないんだ。そう言って。
俺はユアの顔を見ずに、ユアもきっと俺の顔を見ずに、通り過ぎた。
すれ違う時に感じた風が少しせつなくて、俺は足を速めた。
俺達は、せっかく近付いた距離を広げていく。
入ったヨーラの部屋で、少し明るい京極蓮斗のフリをした。
作戦決行まであと2日。
「蓮斗さん。最近、ユアさん達と何かありました?」
ユアとマアがまだ来ていない、2人きりの部屋。
「いや、なんで?」
俺は冷静に嘘をついた。
「気まずそうにしているように見えたので。いや、すみません。憶測なんですけど」
そんなヨーラの言葉に、
「いや、ありがとう」
あまり意識せずにそんな言葉を返した。
「え?」
「嬉しいよ」
素直な気持ちを。
「は、はい」
俺は、嬉しくて、辛かった。
俺が守護剣士を辞めるまで、あと2日。
廊下。
「蓮斗さん!」
後ろから、声が聞こえて振り返る。
「マア?」
俺に何か用事があるのだろうか?
「私の使える魔法で、役に立ちそうなのがあるんですけど……」
「え?」
作戦決行まであと1日。
俺はロスさんの部屋に来ていた。
作戦の確認をする為だ。
「蓮斗殿。作戦を確認する」
「はい」
俺はロスさんの言葉に返事をした。
「まず、蓮斗殿が守護剣士を辞めたという事を、セグンドに広めてもらう。全剣士が知ってもらわないといけないから、これは今日からやっておく。頼むぞ」
ロスさんは作戦の内容を告げていく。
「はい!」
その言葉にセグンドさんが返事をした。
「次に、私と蓮斗殿が城から出る」
「はい」
次のロスさんの言葉には俺が返事をした。
「敵が攻めてきたら、ヨーラ王女の部屋に行かせないようにセグンドが止める。ユア殿かマア殿に魔法で窓から炎を出してもらい、合図とする。それを聞いて私と蓮斗殿が城に戻る。足止めは頼んだぞ。セグンド」
ロスさんの言葉に、
「はい!」
セグンドさんはさっきより大きい返事をした。
「以上だ」
ロスさんが言うと、セグンドさんは部屋から出ていく。
「ロスさん。俺にある案があります」
「ほう?」
ロスさんは興味深げにそう言った。
その頃、ヨーラの部屋。
「なんか最近、蓮斗が部屋から出ていく事が多いような気がします」
少しすねたようにヨーラが言う。
「そうかもね」
ユアは悟られないように素っ気なく言う。
「何か知りませんか?」
ヨーラが言うと、
「知らないです。ユアは?」
「私も、知らないわね」
マアは用意していた言葉を言い、ユアはそれに合わせる。
「ですよね」
やはり、というニュアンスを込めてヨーラは言った。
「聞けば教えてくれるかなぁ」
多分、教えてくれないんだろうなと思いながら、ユアは独り言を呟く。
そして、願った。
(はぁ、言ってくれたらな)
その願いは…………。
俺はロスさんとの話を終えると、ヨーラの部屋に戻った。
入ると、やはり和やかな空気ではなかった。
ユアが意味ありげにこちらを見ていたが、意味まではよく分からなかった。
マアを見ると、こちらを見て微笑んでくれる。彼女はいつも通りだな。
俺は、いつも通りでいれてるだろうか?
いや、無理なのは分かっている。
今日、守護剣士を辞めると言うのだ。いつも通りでいれてる方が嫌だ。
「順調か?」
何を話せばいいのか分からず、座りながら言った。
「ええ、そうね」
ユアはこちらを見ずに言う。
「そ、そっか」
ユアのことは、どうすればいいんだろう。
ヨーラには言わない。けど、それじゃあユアとは仲直りできない。
ただ、俺は言わない方が正しいと思うわけで、ユアと仲直りする為にその意見を変える気にはなれない。
「蓮斗、最近何かあった?」
顔はこちらを見ず、声は明るくない。
だけど、この言葉は助け舟だ。
この言葉に守護剣士を辞める、と言えば良いのだから。
きっと、今、もうセグンドさんは剣士達に言っているんだろうし。
しかし、何故?
俺はユアを見るが、やはりユアはこちらに顔を向けない。
「ああ、俺、守護剣士を辞める事にした」
極めて冷淡に俺は言った。
「え……なんで……です?」
思ってもみなかった、という感じでヨーラが驚愕し、俺に理由を聞いてくる。
「なんでって、特に理由は無いよ」
人の事は言えないな。俺もヨーラの顔を見ずに行った。
「お願いします。辞めないで下さい」
ヨーラは手で俺の二の腕を掴み、言う。
目を逸らすことはできない。そして、今、俺の目に動揺があってはならない。
優しく、動揺を隠すなんて、俺にはできなかった。
俺の目が冷たくヨーラを見据える。
「ひっ……」
少し、怖がる。
でも、ヨーラが俺の二の腕から手を離すことはない。
「い、言ったじゃない……ですか。信じていいって、裏切らないって。お願い……です」
ヨーラが顔を下げる。声は最後の方はかすれていて。ヨーラの顔から床にしずくが落ちた。
ヨーラが顔を上げると、涙がながれていた。
「ごめん……っ」
俺は振り払って部屋を出た。
これで……良いんだ。
部屋を出た俺の手を、誰かが掴む。
「蓮斗……言わないと、ダメよ」
ユアは手を離して、言う。
「ユア」
隠してたって、良いじゃないか。
「ヨーラの為にも」
「俺は、ヨーラの為に言わないんだ」
ユアの言葉に反論する。
こんなこと、言わなくたってユアなら分かってるはずなんだ。
「でも、ヨーラは傷ついてるよ」
「それでも……」
それでも、言っちゃいけないんだ。
「ヨーラを元気にしてあげられるのは……蓮斗なんだよ」
ユアの言葉。
俺はその言葉が深く心に刺さった気がした。
「今、元気になったから、なんだって言うんだ!」
俺は声を大きくして言った。
「でも、泣いてたのよ!」
ユアは弱弱しく懇願するように言った。
「ユア?」
ユアが泣いてる……?
「あ……いやっ……」
手で涙を拭いて、必死に誤魔化そうとする。
思えば、俺がユアに怒鳴ったってほどでも無いが、大きな声で反論したりするのって初めてだったかもしれない。
ユアはそのまま立ち去ろうとする。
「ちょっ」
俺は反射的に肘を掴む。
すると、ユアは抵抗すること無く止まった。
「ごめん……ありがとう」
何を言えばいいのか分からず、俺はそう言った。
「……うん」
ユアの声が聞こえて、俺は安堵した。
今回の話は蓮斗を中心にその周りの人達が形成する感情や想い、行動。それが蓮斗にどんな変化を与えるのか、という感じでやっていきました。
蓮斗は結局、ヨーラに言うんですね。
今回の話はヨーラはどう思うんだろうより、蓮斗はどうするんだろうより、ユアはどう思うんだろう、が凄く難しかったです。
マアは何をするんだろう、と思った人は、マアが何をしたかは次話で分かります!