傷をつける色
愛って、必要か?
要らない物だ。だけど神は要ると言っている。
食べる事は殺す事だ。植物、動物、どちらにせよ、殺す。
だが、殺さなければ、食べなければ死ぬ。
人間の食欲が湧く限り、殺戮は止まらない。
眠ることは、必要な事だ。
抗う事すらできない。睡魔はどこまでも追いかけてくる。目に見える恐怖なんて怖くないさ。本当に怖ろしいのは、快楽を与えて殺すもの。
例えば、浴槽に入っているとしよう。さぁ、眠い。どうする?
きっと、浴槽からでればさむいぞ。出なければ死ぬけど、辛くない。目の前にある幸せを求めていけよ。人間。
これが、睡眠欲だろう?
では、何がそれに並ぶ?
それは愛だ。それ以外に他ならない。
愛なんて要らない? 妄言だ。
要るさ。それが人間の幸せだから。
認めず、自分は他人とは違うから、そんな重く辛い愛など私の幸せにはならない、と?
まぁ、そう考える者もいる。間違ってはいない。
でも、その理論は愛は幸せだけど、その分、辛くもなるから、愛なんて要らない。それがねじ曲がって愛は私の幸せにはならない、とそう言っているように聞こえるよ。
じゃあ、愛は皆の幸せだ。
だから、人間の三欲は食欲、睡眠欲、性欲なんじゃないのかい?
どれも、皆に幸せを運ぶだろう。
そして、そう神様が設定したんだ。
だって、食欲が無ければ人は死ぬし、睡眠欲が無くても死ぬ。
性欲が無ければ、子孫繁栄はあり得ない。
きっと、神様は見たいんだ。人間のこういう世界を。
ただ、この世界は神以外に作られた世界だ。
だから、俺はこの世界では神は信じない。
邪魔者はそっこく退散してもらおう。
今日も、俺はフードを被って、声を低くしよう。
さぁ、朝だ。
なまぬるい夜をとかして曝け出させてくれよ、それが君にはできるだろう。
ぬるい浴槽には浸かってられないねぇ。
「お、おはようございます」
小さい声が聞こえる。
耳にはとどいても心にはとどかない。この眠気を抑えられるものじゃない。
「蓮斗ぉ~」
また、可愛らしい声だ。
バンッ。
背中に衝撃。
「いたッ。なんだ?」
目を開けて、立ち上がる。
「あ、起きたー」
目の前にいるヨーラの声。
「へ?」
痛みの原因が気になり、後ろを向くと、ユアとマアがいた。
「あ、ごめん、蓮斗。そこにいるって忘れてた」
そのおかげで目が覚めた訳だし。怒る気にはなれない。
「あ、ああ。ちょっと、顔洗ってくる」
困惑気味に俺が言うと、
「はい、こっちです」
とヨーラは冷静に洗面所へ案内してくれた。
「なんなのかしら?」
状況をよく理解できてない声と、
「結果オーライってやつです!」
状況を説明する気のない声。
「へ?」
後ろからそんな会話が聞こえた。
それから何分か経ち、ユア達はいつも通り魔法の解析を始めた。
部屋には杖が置いてあり、そこに魔力を入れて、魔法を発動。その際に発生する色が濁っていたり、出したい色と違っていたらやり直す、という作業を繰り返していた。
「いつもこうやって、解析してるのか」
俺が納得すると、
「昨日も見てたじゃない」
とユアが言った。
「まぁ、そうなんだけどさ」
正直、昨日は守護剣士になったばかりで魔法の解析など気にしていなかった。
「どれくらい進んでるんだ?」
「結構進んでるわよ。あと15日くらいしたら、完成するかも」
ユアはあまり明るくない声で言った。
「そっか、結構早いんだな」
俺も、小さい声で呟くように言った。
「そうね」
きっと、俺達の声が小さく、暗いのはこの魔法の完成が別れを連想させるからだろう。
俺達は、この世界の人間じゃない。帰るべき場所に帰らねばならない。この世界のヨーラや、ロスさん、セグンドさんに別れを告げて。
もしかしたら、また会えるかもしれない。
だけど、もしかしたら、もう一生、会う事は無いのかもしれない。
暗い想像が気分を暗く塗りつぶす。
「えと、どういう魔法を解析してるんですか?」
きっと、暗い空気を変える為に何気なく聞いたのだろう。ヨーラは言った。
「あー……」
「いや、いいんです」
俺の言いにくそうな気配を察してか、ヨーラは言った。
「いや、言うよ」
だけど、俺は言うべきだと思う。
「え?」
「嘘は言わないし、黙秘もしない。隠し事はしたくない。そんな奴を信用しろなんて強要したくない。俺もヨーラもユアもマアも、隠し事なんて無しにしよう」
信用してくれるなら、信用されるに値する人間でなければならないと思うから。
「……」
静寂が包む。
それは多分、俺の言葉への肯定だろう。
「この魔法は、空間移動魔法だ。俺達は、別の世界から来た」
「……え?」
俺の意を決した発言にヨーラはそう呟いた。
ヨーラの部屋の隣。ロスの部屋。
「ロスさん。何をお考えです?」
セグンドは言った。
「何を、とは?」
「私に命じましたよね? 蓮斗との闘いはぎりぎりで負けろ、と」
セグンドはロスが分からなかった。信用したい、しかし、分からない。
ロスの狙いが分かれば、信用もできる。
だから、今、聞きに来ているのだ。
「それは嫌、か?」
「いえ、命令とあらば。しかし、私には理由が分かりません。そして、ロスさんも手加減した。それに気付かない蓮斗さんではありませんよ?」
セグンドの確証のある指摘。
「ああ、蓮斗殿には手加減をした、とそう言ってある」
「え?」
軽く驚いた。
手加減をした、と言ったのか。
「手加減をしてでも、彼を守護剣士にする必要があった」
「それは、何故?」
ロスの思惑が分かる。そんな予感がして、セグンドは問い詰める。
「ヨーラ王女が心をひらいておられる」
そして、出てきた答え。
「本当に、それだけでしょうか?」
セグンドは、その答えに納得しなかった。
「……」
ロスは答えない。
「守護剣士は守護するのが勤め。守護剣士でなくなった今、何かしたいのではありませんか?」
問い詰めすぎか、とセグンドは思った。
「勘が鋭いというのも、良い事では無いぞ」
ロスは言うと、部屋を出ようとする。
これ以上の指摘をされたくないのだろう。
「ロスさん! 一人で、方を付ける気ですか?」
ロスを呼びとめるようにセグンドは言った。
セグンドも、確証があった訳ではない。
「…………」
止まり、しかし、黙秘をつらぬく。
「私も、連れていって下さい。私は裏切りなどいたしません」
セグンドは止まった事で自分の言っている事が少しは合っているのだろうと判断し、つづけた。
「何故、そこまで私を信用する? 私とて裏切り者かもしれんのだぞ?」
ロスは振り返り言った。
「理由なんて、無いです」
誠意を込めた、言葉。
「フッ、そうか。だが、敵が何処にいるか、誰が敵か、いずれも分からん」
ロスは少し笑い。セグンドを信用する事にした。
「そうですね。では、おびき出しましょう」
「おびきだす?」
セグンドの突然の言葉にオウム返しに言った。
「ええ」
街の中。
広い部屋。宿屋の一室ではなく、とても大きい部屋に、剣士達は集まっていた。そこにはフードの男も。
彼らの空気はけっして軽くなく。辺りを包む静寂も、剣士達には辛いものとなっているだろう。
「皆、集まりました。で、どうするのです?」
剣士の一人が言う。
「奴等を潰す機を窺う」
その問いにフードの男は淡々と言った。
「そんな機は訪れるのでしょうか?」
剣士の不安な声。
「ああ、焦りは禁物だ。必ず、来る」
フードの男は自信を持って言った。
一体、そんな自信はどこから湧いてくるのか。
「…………解りました」
不安を押し殺し、剣士は言う。
「ああ」
そして、フードの男は剣士全員の顔を見て、そう呟いた。
「別の世界……? って、どういうことですか?」
理解が追いつかないというようにヨーラは困惑して言った。
無理もない。普通、信じられる話ではないから。笑い飛ばして目を伏せる事をせずにいるだけでも驚くべき事だ。
「ここからは私が話すわ」
ユアが言う。
「ああ」
きっと、ユアの方が俺より話すのがうまいだろう。
「私はこの空間移動魔法の研究をしていたの。それで、完成したと思った。発動させてみたら、蓮斗がいた。そのまま、蓮斗のいる世界に行くだけなのが私の魔法。だけど、未完成だったから、私と蓮斗を連れて、ヨーラの世界に来ちゃったの」
そう、始まりは俺の部屋にユアが現れたことだった。そして、気付いたらこの世界に来ていたのだ。
俺もユアも、この世界に見覚えが無い。だから、この世界は俺達の世界じゃないんだ。
「へ?」
理解が追いつかないのか、ヨーラはそう言った。
「つまり、私とマア、蓮斗、ヨーラはそれぞれ別の世界の人間なのよ」
「えっ……と」
これも、すぐに受け入れられることじゃない。
だって、受け入れるって事は別れるという事を理解するって事なんだから。
「本当なら、すぐに帰れる筈だったんだけど、やっぱり未完成だったのね。帰れなくて。完成させるにはこの世界の魔法師の知識が必要だって思った。だけど、この世界の魔法師なんてヨーラしかいないって言うじゃない? だから、北の洞窟の化け物倒せば会えるって思って。倒した」
ユアは淡々と言っているように見えて、未完成というところで後悔を少し見せたりしながら言った。
俺も、きっと話していたら、北の洞窟では死にかけたし、そういう後悔とかを思い出していただろう。
「あ、ありがとうございます」
「うん、大変だったけどね。それで、ヨーラに会って、この魔法を完成させようとしている。今まで黙っててごめんなさい」
話が終わり、ユアはヨーラに謝った。
「いや、いいんです。話してくれて、ありがとうございます」
今の話を聞いて、すぐにこの言葉が出てくるのはすごい。
あと、ミューテイトを……。
ミューテイトを説明しようと思い、左手を見るが、ミューテイトが無い。
あ、部屋に置いてきたんだった。
守護剣士に任命された日。ヨーラに黙って武器持ってるのはおかしい、と思ってずっと部屋に置いてたんだ。
「えと、この魔法が完成したら、蓮斗達はいなくなっちゃうんですか?」
ヨーラの言葉。
「あ、……ああ」
俺はすぐには返せなかった。
俺はこの世界に居たい。だけど、自分の世界をいつまでも放っておく訳にもいかない。
二つの想いがぐちゃぐちゃになって、俺は答えを出せずにいた。
思えば俺は、ユアは元の世界に帰りたいんだろう、とか、マアは元の世界に帰りたいんだろう、とかを思って、ここまで来たけど、結局、俺は帰りたいのか、帰りたくないのかは分からない。
今も、俺がこの世界にいるのは不自然だから、戻らなければならない、とそう思っている。それも、俺の想いでは無い。
「そ、そうですか。じゃあ、頑張って魔法を完成させちゃおっかな。へへ」
ヨーラは悲しみを抑え込むように笑った。
その笑顔はとても悲しそうで、俺は涙がでそうになった。
「…………うん」
俺がそう言うと、静かに魔法の解析が再開した。
お読み下さってありがとうございます。
今回は自分の中でも結構整理されて、しかも、物語も人間関係も進んで。私としては、こういう回が書けるようになって良かったなぁ、と思います。