未解決な問題×2
これで良いのだろうか?
これで、終わったのだろうか?
俺はあの夜、3人の男を眠らせた後、ロスさんの部屋を訪ねた。
たとえ、ロスさんが裏切っていたとしても、3人も捕まえているのだから、知らないフリをするだろうし。
俺がロスさんの部屋を訪ねると、ロスさんは起きていた。
剣士が最近怪しいから、裏切り者がいないかのチェックをしていたらしい。訓練中にいなくなるのも、それをしていたらしい。
ロスさんが味方だと確信した俺は事情を説明し、3人の男は牢に入れられた。3人の男はよく俺が剣を模した形をした布に近付くと、警戒する剣士だった。
だが、ではあの時あった沢山の椅子は誰が使っていたというのだ? 俺が昨日、3人の男を倒した時、もう椅子は一つも無かった。
3人の男は『俺達だけでやった』と言っているらしい。
この事は言うべきか言わぬべきか。本来なら、迷わず言うのだが、もし、事件とは関係無かったら、不安を拡散させるだけなのではないのか?
街は剣士の中から裏切りを目論む者が出たと不安がっている。
いや、そんなのは関係無いな。言うべきだ。もしもの時を想定して。
俺はロスさんの部屋へ向かう。
ロスさんの部屋はヨーラの部屋の横にある。守りやすいようにと。
俺は階段を上がる。
すると、その階にはヨーラがいた。
悲しそうな顔をしている。あの3人の男がしようとしていたのが何かはまだはっきりしていないが、ヨーラに何かしらの私怨があっての行動だろうからだろう。
俺がロスさんの部屋に向かい歩き、ヨーラと近くなる。
そうだ。俺はヨーラに言わなくちゃいけない事があるんだ。
「あの、蓮斗さん」
意外にも、ヨーラが声をかけてきた。全然、嬉しいんだが。
「なんだ?」
「話は、聞きました」
やはり、悲しそうな顔は変わらず、ヨーラは言った。
「そうか」
話というのは、剣士から裏切り者がでたあの話だろう。
「蓮斗さんが助けてくれたんですよね」
「蓮斗、な」
呼び捨てになっていない事を指摘する。正直、そんな顔でお礼されても、助けなかった方が良かったんじゃないか、なんてバカな事まで考えてしまう。
「あ、はい。その、ありがとうございました」
「いや、良いんだ。ヨーラが無事ならさ」
「はい」
無事、体は無事だろう。でも、心まではそうはいかなかったようだ。
きっと、ヨーラは考え込んでしまうタイプの人なんだろう。一度、悩み出すと、切り替えず、とことんまで悩みこむ。そういう人間な気がする。
「あんまり、落ち込むなよ。ヨーラは悪くないんだから」
「でも、もしかしたら……」
もしかしたら、私が悪い事をして、恨まれた、とでも言うつもりなのだろうか?
「ありえない。ヨーラは絶対悪くないよ。だって、俺が体張ってまで助けたいって思った人だもん」
本音を言わなくては伝わりそうにない。
「蓮斗さん……」
「蓮斗さんじゃなくて、蓮斗だって」
「あ、あはは」
ヨーラは反射的にだろうか、笑う。
その笑顔で、俺は安堵した。
「ははっ。やっぱ、笑ってる方が良いよ」
自然と、笑顔が俺にもうつっていた。
「そう、ですか?」
照れながらヨーラは言った。
「あと、俺はヨーラに謝らなくちゃいけない事があるんだ」
「なんです?」
「その、この前は突然、部屋に入って、見ちゃってごめん!」
「み、みたんですか……」
しまった。余計な事を言ってしまった。
勢いで、何も考えずに言ってしまった。
ヨーラは下を向いたまま動かない。
「良いです。恥ずかしいですけど、蓮斗なら大丈夫です」
ぱっと顔をあげると、俺に少し近付いて言った。
「え?」
意味が分からず、聞き返してしまう。
それに、蓮斗と呼び捨てで呼んだ事で更に俺の頬を赤く染めた。
「じゃあ、また」
「あ、ああ」
ヨーラは部屋に戻った。
俺なら大丈夫って、それって……。いや、おちつけ蓮斗。お前、今までそれで何回、悲しい思いを増大させた?
変な期待は無しだ。そもそも、お前は下心ありでヨーラを助けてたのか? いや、違う。好きになって欲しいとかじゃなく、悲しい思いをして欲しくないって思っただけだ。
俺は持ち直すと、ロスさんの部屋に向かった。
ふう、危うく惚れるとこだったぜ。
俺はロスさんの部屋の前に着くと、ノックをする。
「どうぞ」
ドア越しにロスさんの声が聞こえ、ドアを開ける。
「えと、俺がロスさんに朝早くに訓練したいと言った事ありましたよね?」
「ああ」
唐突な俺の話に耳をかたむけてくれる。
正直な話、短く終わらせたいので、ありがたい。
「その時に修練場のあの犯人が居たとこに入ったんですが、沢山の椅子が置いてあったんです」
「ほう」
興味深いという表情でをしている。
「本当に、犯人は3人だけなんでしょうか?」
「なるほど」
最後は疑問系になってしまった。
「もちろん、確証なんて無いですけど」
「いえ、情報提供ありがとう」
「はい、では」
俺はドアを開ける。
「あ、今日の訓練は休んでいいぞ」
「ありがとうございます」
ロスさんのありがたい言葉に返事をすると、部屋を出て、ドアを閉じた。
眠い。もう、寝てしまおうか。
昨日寝てない為、いきなりそう思った。ここまで来るのにも、ロスさんに報告しなければという義務感があったからで、本当ならすぐに寝たかったのだ。
「蓮斗」
考え事をしていると、ユアに話しかけられる。
おそらく、ヨーラの部屋で魔法の構造の研究をするので来たら、俺が居たという所だろう。
「ユアか」
「その、犯人を捕まえるのさ、一人でやったんだよね?」
「ああ」
珍しく控えめなユアの言葉に肯定する。
「なんで私も連れていってくれなかったの?」
「え?」
責め立てるような言い方では無かった。ただ単純に理由を知りたいというような、そんな言い方に俺は聞き返してしまう。なんというか、ユアらしくない。
「蓮斗一人じゃ危ないでしょ? 私に頼ってくれたら……」
返す言葉も無い。俺はユア、マアには頼ろうとも考えたが、1つは確証が無い事、そしてもう1つは危険な事に巻き込みたくないとそう思ったからだ。
でも、俺がそう思うように、ユアも俺を心配してくれたんだろう。
「ごめん」
謝る以外に何もできない。
「いや、うん。じゃあ、次からはちゃんと頼って。心配したんだから」
「え?」
最後の方の言葉に信じられず、またもや聞き返してしまった。
その俺の言葉にユアは、
「え?」
と言った。
なんか、当たり前のこと言っただけでなんで驚いてるの? という顔をしている。
「いや、なんでもない。じゃあな」
俺はユアに言うと、階段の方へ向かった。
ユアはヨーラの部屋に入った。
階段の方に着くと、すぐ下にマアがいた。
「あ、蓮斗さん。大丈夫ですか?」
「え? ああ」
いきなり心配されて、驚きながらも、答える。
「怪我とかは?」
「無い」
「そうですか。良かったぁ。心配したんですよぉ?」
「わるいな」
ユアとの会話を思い出して、反射的に言う。
「なんで謝るんです? 私が勝手に心配しただけですよ。じゃあ、何かあったら言って下さい。ユアとヨーラさんの部屋で魔法の解析をしてますんで」
「ありがとう」
なんでだろう、理由は分からないけど、ありがとうと言っていた。
「いえ! では」
「ああ」
元気だなと思い、睡魔に襲われる前に、と部屋へ急いだ。
俺は朝起きると、昨日の眠気は嘘のように消えていた。
そして、訓練が始まる前に、ヨーラの部屋に来ていた。
昨日もそうだったが、ヨーラはこの時間、廊下にいるようだ。
「ヨーラ」
俺は窓の外を眺めるヨーラに話しかける。
「蓮斗」
呼び捨ても慣れてきたのか、自然と俺の名前を呼んだ。
「この時間は、廊下にいるんだな」
「はい、外を見てるんです」
「そっか」
俺は脇道に逸れた話題を本題に移行させる。
「なぁ、最近、何か不安なこととかあるか?」
前にも言ったようなセリフ。
「それを聞くって事はまだ、事件が?」
ヨーラは覚えていた。冷静に(見える)俺に聞く。
「いや、ただ心配なんだ」
それを、俺は否定した。
まだ、事件がある可能性があるなどと、言って何になる?
嘘はダメ、と言われても、俺はここはゆずらない。
「そうですか。その、なんでそんな優しくしてくれるんです?」
単純に、不安な事があるか聞いているからだろう、ヨーラは俺に言った。
「なんか分かんないけど、放っておけないんだよ」
考えもせずにそんな言葉が出た。いや、考えもしなかったからこそ、俺が本当に思っている事なのかもしれない。
「え? なんです、それ」
「分かんない」
「ふふっ、そうですか。不安な事……無いです」
少し笑い、ヨーラは言う。
「そっか。なんでも相談してくれ。信用してくれていいからさ」
「あのっ、蓮斗さ……」
蓮斗さんと言いかけて止める。
「なんだ?」
「不安な事、なんですけど」
言いにくく、でも言いたげにヨーラは言った。
「うん」
「なんでも、いいんですか?」
「ああ、もちろん」
その言葉を聞くと、ヨーラは俺の目を見て話しだした。
「私、その、信用できる人が、いなくて。その、剣士に悪い人がいて、もしかしたら、もっと居るんじゃないかって思って、ロスも疑っちゃったりして……。本当は、信じたいのに」
でも、どう返せばいい?
これはきっと、どうしようも無いのだ。
「俺を、信じてくれて良いよ。裏切らないから」
かっこつけたセリフ。
でも、それは話を逸らしただけで、解決になんてなってない。
「……」
少し黙って、その後、ヨーラは俺に近付いて、俺を抱きしめた。
「不安なら、不安じゃ無くなるまで居るよ」
自然と、そんな言葉がでて、俺はヨーラの背中に手を添えた。
「もう少し、このまま」
鼓動の聞こえる距離、ヨーラの小さな言葉が聞こえる。
「ああ」
俺は小さく言った。
ユアは出していた顔をひっこめる。これで壁に隠れるからだ。
ユアはヨーラの部屋に行く途中、抱き合っている蓮斗とヨーラを見たからだ。
(今のってどういう事なんだろう。付き合ってる、みたいな?)
顔を下に向けて考え出す。
(ないない、違うよね。抱き合ってた……だけで……)
焦って否定し、否定しきれない。
(そうなのかな?)
「ユア?」
階段下から、マアの声がユアの耳にとどいた。
「ひゃっ、セレスか。どうしたの?」
「いえ、行きましょうか」
マアは言いながら階段を上って来る。
「え? ええ。さすがに早いんじゃないかしら? 迷惑になるから、もうちょっと経ってからにしましょう」
蓮斗等の気を使ってか、ユアはそんな事を言った。
「いつもこれくらいに行ってますよ?」
「うーん」
どう時間を稼ごう、とユアが考えていると、
「お、ユア」
後ろから蓮斗に声をかけられる。
「れ、蓮斗」
自分でもなんでこんなに動揺してるんだろう、と思いながらユアは言った。
「おはようございます」
「おはよう」
マアと蓮斗はいつも通り挨拶する。
蓮斗はユアの顔を見て、見られてたかな? と思った。
蓮斗は修練場に着く。
多分、今日、訓練に出なくても怒られはしないだろうが、剣士に何か不審な所が無いか確認するのに手っ取り早いのが、訓練に参加する事だから、参加する事にしたのだ。
遅刻はしていない。
今、修練場にはセグンドさんとセイル、俺、がいる。
セイルは俺が修練場に入ったのを気付くと、意に介さずに木刀を振る事を再開するのに対し、セグンドさんはいつも通りの笑顔で近付いてくる。
「蓮斗くん。あの件はありがとう」
「いえ」
あの件は言われなくても分かる。
「剣士から裏切り者が出た事がにわかには信じがたいですが、事実なんですよね。認めなければいけないな。それで、警備が手薄という事になり、城内を24時間、3人の剣士が巡回する事になっているので、あまり、夜遅くは出歩かないで欲しいのですが」
「はい、わかりました。でも、3人?」
多すぎないか、という疑問がよぎり、訊く。
「ロスさんが巡回する剣士の中に裏切り者がいる可能性があるから、3人にすると仰っていました」
セグンドさんの言葉を聞いて納得する。
「へえ、良いアイデアですね」
そういえば、俺はロスさんに剣士の中にまだ裏切り者がいると言ったんだしな。
「はい、私もすごいと思いました」
セグンドさんは素直に関心しているようだ。
「で、ロスさんは?」
話題がロスさんだったという事もあり、ロスさんがいない事が気になる。
「ロスさんはすぐに来ると思います。確か、今日で最後の訓練ですから」
最後?
「! まさか、辞めるんですか?」
俺は少し声を大きくして言う。
「違いますよ。ヨーラ王女の警護に専念するんです。今回の事もありますし」
セグンドさんは落ち着いて答えた。
「あ、ああ。なるほど」
いや、そりゃ、そうだよな。
すると、ロスさんが修練場に入る。
「噂をすれば影、ですね」
セグンドさんが言った。
ロスさんはまっすぐにこちらに来る。
「蓮斗殿。いいか?」
「なんでしょう?」
妙に真剣な顔に緊張してしまう。
いや、でもそこまで重要な事じゃあ無いだろう。
「闘って欲しいんだ」
「え?」
俺は予想外の言葉にそう呟いた。
今回は人間関係が進んだ半面、物語にそこまでの進展がありませんでした。すみません。
できれば、並行して進ませたいのですが、なかなか難しく。
読んでいただき、本当にありがとうございます。