期待と疑惑
蓮斗が階段を下りて、修練場に着いた頃。
「さて、私達も行きましょうか」
ヨーラは言った。
「え、ええ」
ユアは返事をする。
(なんというか、蓮斗って人と馴染むの早いわね。思いつきで剣士とかやっちゃうし)
ユアは子供の頃から魔法の研究に没頭していた為、人とはあまり係わらなかった。だから、すぐに人と仲良くなる蓮斗を見ると、羨ましく思ってしまう。
実際は蓮斗はすぐには仲良くならないタイプだし、ユアは性格上、すぐに仲良くなるタイプなのだが。
「あ、ユアさん、マアさん、私には敬語を使わなくていいですよ」
思いついたかのようにヨーラは言った。王女という立場だと、敬語を使われる事が自然である為だろう。
「わかったわ。でも、あなたも私達に使ってるじゃない。敬語」
ユアは了承と指摘をした。暗にあなたも敬語をやめてと言っているのだ。
「ああ、これは癖で。すみません」
「いや、いいわ」
ユアは焦って言う。
(敬語は苦手だし、助かるわ)
「マアさんも敬語を使わなくてもいいですよ」
ヨーラは言う。
「私も実は敬語が癖で」
マアが言った。
「そうなのよ、何回やめろって言ってもやめないのよね」
ユアが呆れ気味に言う。
敬語が癖なんて、そうある事じゃないが、親が偉い仕事に就いているマアや、自分自身が王女であるヨーラが例外過ぎるのだろう。
「そうなんですか。じゃあ、私の部屋に行きましょう。魔法の構造、でしたよね?」
ヨーラはさして驚きもせずに話を戻す。
「ええ」
その言葉にユアが答えると、3人は部屋に向かった。
「ここが修練場」
俺とセグンドさんは修練場に辿り着いていた。とはいっても、階段を下りただけだが。
「ここでは基本、訓練をしているんですが、蓮斗さんは剣士と闘ってみてはどうでしょう?」
突然の提案。
いや、いくらなんでも、いきなり過ぎるだろう。
「俺は訓練をしなくてもいいんですか?」
俺は当然の疑問を口にした。
「北の洞窟の化け物を倒せるんですから、訓練は要らないでしょう」
また、これか。
俺は出そうになるため息を意識して、止める。
さっきの提案は過剰な期待からか。
俺は軽く納得しながら話しだす。
「いや、実はそれ、あの二人のおかげなんですよ。俺は別に何もしてなくて……」
俺なんて、役に立ったのは最後、しかも二人に魔法の補助をかけてもらってやっとだ。これ以上、俺を持ち上げるような考え方は即急に止めてもらいたい。
「そうなんですか? でも、あなたのおかげで皆、今の生活が出来てます。何もしてないなんて事は無いですよ」
だが、セグンドさんは俺の言葉よりも、俺の気持ちを気遣ってくれた。
「セグンドさん……」
「では、闘ってみますか」
「え?」
結局闘うの?
セグンドさんはまだ俺が強いと思っているようだ。俺が謙遜したとでも思っているのだろうか?
「セイル。闘ってみてくれ」
「え? 俺ですか?」
「ああ」
セイルと呼ばれた者が俺を見る、というより睨むという感じだろうか。
やはり、集団に新しい一人が増えると、歓迎はされないか。まぁ、予想していた事だ。それでも、このあと、戦闘があった時に足手まといにならないよう、ここに来たのだ。
俺の目は自然と細く、鋭くなる。意識してやった訳ではなく、相手に睨まれたので反射的にだ。
だが、俺が睨んだ所為か、
「はぁ、わかりました」
と、セイルという者が了承し、俺の前に立つ。
セイルという者は剣士が着ている鎧を着ていて、剣は木刀だ。背丈こそ高いが、放たれる威圧からはそこまでの恐怖は連想できない。
って、俺は何で闘えばいいんだ?
ミューテイトの剣は鋭いし。
「お願いします」
と、とりあえず俺が言うと、
「お願いします」
セイルも返した。
「蓮斗さん。木刀をお貸しします」
セグンドさんは壁に立てかけてあった木刀を手に取り、投げた。
「ありがとうございます」
俺は受け取る。
木刀……ミューテイトの剣のような切れ味は無く、ミューテイトの剣より重い。
となると、力では無く、テクニックで勝たなければならないか。
「いくぞ?」
セイルが聞いてくる。
「はい」
ヨーラの部屋。
「でも、ヨーラって忙しいんじゃないの?」
ユアが言う。
王女というのは忙しいというイメージがあったし、実際、忙しいのだ。
「いえ、今はお爺様が政治を行っているんです。だから、案外暇でして……」
だが、ヨーラの場合、王女は形だけあり、まだ若いヨーラに政治は任せられないというのが、本音だ。
「へえ、意外ですね」
マアが言う。
「そうなの? じゃあ、この魔法の解析を手伝ってくれないかしら?」
ユアは言いながら、空間移動魔法の作りが書いてある紙を見せる。
さっき会ったばかりの王女にこういう事が言えるのは、ユアの良い所だろう。
「これ……」
ヨーラはその紙を凝視する。
「どこか間違ってると思うのよ」
(この世界の魔法を用いれば完成すると思うのよね)
「はい、では始めましょう」
ヨーラは言うと、紙をユアに返した。
「ええ」
(にしても、王女らしくないって感じがするわよね)
ユアの指摘は正しく、ヨーラの髪の色と目の色は黒だし、ドレスを着てはいるが、綺麗というより、美しいという感じだ。
ユアが王女らしく無いと思った理由は、ただ単にユアの世界では髪が黒で目も黒などが珍しく、王女にはそぐわなそうに見えたからだが。
(まぁ、こういう王女もいるか……)
ユアは一人で納得した。
「ん? どうかしましたか?」
ユアがヨーラの顔をずっと見ていた為、ヨーラが聞いてくる。
「いえ、なんでもないわ」
(蓮斗と同じ髪の色、か)
ユアは自分の髪を触ってみた。鮮やかに赤い髪を。
セイルは俺に近付き、木刀を振る。
速い速度だ、俺ではここまで振れないだろうな。
俺はセイルの木刀を木刀で受け止め、そのまま前にでる。
別に速く振らなくても勝てる。ルールを逆手にとればいいんだ。
「なっ」
セイルは驚き、後ろに下がるが、そこに俺は追撃した。セイルはかろうじて木刀で防ぐが、俺はすぐに木刀でもう一度当てにいく。
別に、一撃、一撃に大した威力は無い。
俺の木刀がセイルの首元に近付くと、止めた。
「そこまでっ」
修練場にセグンドさんの声が響く。
そう、これで勝ちなんだ。実戦じゃないんだから。
にしても、ここまで勝ちにいく必要も無かったかもな。ただ、洞窟では負け=死だったし、手加減というのは慣れてないので本気をだしてしまった。
「やはり強いですね、蓮斗さん」
セグンドさんは近付いて言う。
はぁ、やっぱりか。
「そんなことないですよ」
俺が言う。
俺は壁の方に歩きだすと、2人の剣士が俺に近付いてくる。
なんだ?
「あずかろう」
「ああ」
剣士が言うので、俺は木刀を渡す。
確かに俺は木刀を置く為に壁に向かっていたが、何故2人も動く?
俺は目の前にいる剣士の奥、壁の上から下まである壁に貼ってある布、それに書いてある剣を模した形を見た。
まぁ、気の所為か。
ただ、セグンドさんの過剰すぎる期待はどうにかして欲しいな。
他の人も俺が勝った事に驚いて、ざわついている。
階段からロスさんが下りてくる。
「何かあったのか?」
皆が話していたからだろうか? ロスさんが言う。
「ロスさん。今、蓮斗さんとセイルを闘わせてみたんです」
ロスさんの問いにセグンドが答えた。
「で?」
「蓮斗さんが勝ちました」
「ほう? 分かった、続けてくれ。私にはする事があるのでな」
ロスさんは俺に品定めするような目線を向けて、その後、階段を上って行った。
「はい」
まぁ、あの人は過剰な期待はしないだろう。そんな気がする。
「することって何なんです?」
俺は興味本意でセグンドさんに聞いてみる。
「さぁ、わかりませんが、きっと重要な事なんでしょう」
「へえ」
重要な事、訓練よりも重要な事があるんだな。
「じゃあ、一休みさせてもらいます」
「あ、ああ」
俺は階段を上がりながら思った。
部下に教えない重要な用事って、何なんだ?
階段を上がる。
王女に会った部屋だ。
誰もいない。
それはそうだ。ユアとマアが王女様に魔法の構造を教えてもらってるんだから。
しかし、どうしようか。
少し休むというが、本気で休むなら宿屋に戻らなければならないし、そこまで休むのはダメだろう。
「やっぱり、訓練に参加しに行くか」
俺は声に出すと、階段の方へ向く。
「えと、すみません」
後ろから声をかけられる。
振り返ると、王女様がいた。
「お、王女様?」
「はい」
こんな所で何をしてるんだろう。
「えと、俺は京極蓮斗っていいます」
「え、あ、ヨーラ・エストゥディオです」
うん、知ってるんだが。
「こんな所でどうしたんですか?」
とりあえず、聞いておく。本来ならユア達と魔法の構造の研究をしている筈なんだが。
「あの、あなたにだけお礼をしてないと思いまして、声をかけさせていただきました」
几帳面だな~。
「そうですか。でも、お礼なんて大丈夫ですよ」
目的はあくまでも王女に会い、魔法の構造を知り、この世界を出る方法を見つける事であり、報酬などは目的でもなんでもない。
「でも、何か……」
王女は申し訳なさそうにうつむく。
そうだなぁ、こんな顔されると、何かの報酬を貰わねばという気にすらなってくる。
「じゃあ、泊めていただけませんか? ユアやマアと離れ離れというのも……」
泊めてもらえば、金の節約にもなる。
まぁ、剣士になった時点で泊めてもらえそうなものだが。
「はい! そうですね。じゃあ、泊まっていってください」
王女様は元気いっぱいに言った。
嬉しそうで、良かった。
「ありがとうございます」
俺はお礼を言う。
すると、
「はい、えと、敬語、使わなくてもいいですよ?」
とモジモジしながら王女様は言った。
「いえ、王女ですし……」
当たり前だが、王女には敬語を使うものだ。
「違うんです。あなた達だけでも普通の人として扱って欲しいんです」
昔から王女として扱われていると、そういう気にもなってくるもんなのだろうか? よく分からない。ただ、言える事は、王女様は敬語を使って欲しくないという事だ。
「ああ、分かった。よろしくな、ヨーラ」
意を決して言う。
「え? あ、はい!」
ヨーラは一瞬、戸惑い、そして元気よく返事をした。
なんというか、ヨーラと話していると、心があったかくなる気がする。
「じゃあ、俺の事も蓮斗って呼んでくれ」
交換条件として、名前で呼んでもらえるように言う。ヨーラと仲良くなって悪い事は無いだろうから。
「はい、蓮斗さんですね」
違う。
「いや、蓮斗だ。蓮斗」
さんなんて許さない。呼び捨てにしてもらおう。その些細な違いが意外と重要だったりするのだから。
「えと……れん、と?」
戸惑い、恥ずかしがりながらもヨーラは俺の事を呼び捨てで呼ぶ。
「オッケー。じゃあ、よろしくな、ヨーラ」
「はい!」
俺はヨーラとの会話を終えると、修練場に戻った。
ヨーラは部屋に戻る。
「戻ってきたわね。って、どうしたの? 顔、赤いけど」
ユアが言う。
ヨーラの顔は蓮斗が修練場に続く階段を下りて行ったあたりで、蓮斗を呼び捨てで呼んだ事に対する恥じらいで、周りの人が心配するくらいに紅潮した。
そして、それは今もおさまらない。
「だっ、いじょうぶ。です」
ヨーラはぎりぎり、想いを言葉にする事に成功した。
「そう……?」
それを聞いてユアは納得? した。
「じゃあ、続けましょう?」
マアが言うと、
「ええ、そうね」
「はい!」
ユアとヨーラが続けて言った。
さて、蓮斗は活躍してましたね。作者として嬉しいです。
ヨーラも出番があり、セグンド、ロスも出番があり。
私としては結構、好きな話だったかもしれません。