洞窟探索③
こいつはやばい。
逃げるか? 今、逃げればユアの頑張りはどうなる?
「蓮斗、逃げましょう。無理よ」
ユアが言う。
クッ、帰るしかないのか?
いや、死んだら何も残らない。ここは一時離脱だ。
「一度、逃げるか」
「ええ」
俺達は入口に走る。
だが、目の前に白い半透明の壁がでてくる。
え? なんだよ、これ? 通れない?
俺が手を壁にぶつけても壊れない。
「な、何よ……それ?」
ユアの声。
俺は剣をおもいっきり壁にぶつける。
だが、ヒビも入らず、剣を持っている俺の右手が痺れるだけだ。
「こいつに勝たないと、消えそうに無い」
「無理よ、無理。私達には……勝てない」
ユアが狼狽して言う。
「グウオオオオオオオオ」
牛型のボスが叫ぶ。
怖い。でも、
「勝てる!」
俺は叫んだ。確証は無い。でも、勝たなきゃならないんだ。
そして、俺は牛型のボスに近付く。
「蓮斗!」
ユアの制止を促す声も無視する。
「ユア、手伝いましょう。蓮斗さんだけにやらせる訳には行きません」
後ろでマアの声がする。
「あー、もう。わかったわよ」
ユアの呆れたような声も。
俺は思いっきり走って牛型のボスに近付き、剣を脚に当てるが、やはり切れない。
まぁ、オークで切れないんだ。こいつには切れる筈も無い。
それに対して牛型のボスは剣を思いっきり振る。振る速度こそ遅いものの、威力は相当高いだろう。当てれば、死ぬ。
「蓮斗!」
ユアの声。
俺はギリギリまでしゃがみ、かろうじて避ける。
あぶねえ。
俺は起きあがると剣を牛型のボスの脚に打ちつけて、また剣がくる前に足と足の間を通り抜けて、今度はふくらはぎの所に打ちこむ。
だが、牛型のボスは意に介さずに剣を地面に突き刺してくる。
だが、これは避けやすい。
俺は避けると、次の攻撃に向かう。
「サクレード・ランサー」
マアの声だ。出した白い槍は牛型のボスの胸の辺りを突く。
「グウオオオオオ」
牛型のボスが叫ぶ。
これは痛みで叫んでるのか? ということは、効いてる。
「蓮斗! 危ないから逃げてなさい! マアと私で大丈夫」
ユアは言う。
「ダメだ。俺も注意をひきつけるくらいは出来る」
俺が足手まといって訳じゃ無く、ただ危ないから逃げろ、などと言われても逃げる事はできない。
「でも……わかったわ」
ユアの言葉を聞くと、俺はボスに集中した。
ボスは俺に向かい剣を構えている。もうそろそろ剣がくる。
俺は剣を避ける事をシュミレートすると、オークが視界に入る。例えば、しゃがんで避けた時にオークに攻撃されるとやばい。
オークはのろのろと近付いてくる。
ここで迂闊に動いてボスの攻撃に当たったらやばい。だが動かずにオークに攻撃されるのも論外。かといってボスの足と足の間を通るほどの時間も無い。
「マア、雑魚3匹が邪魔だ」
だから、俺はマアに助けを求めた。
「はい」
マアは白い槍で俺に近付いて来ていたオークを突く。オークは金貨に変化した。
「ナイス!」
仲間が殺されたからか牛型のボスはマアに向く。マアは遠くから攻撃していた為、まだ距離はある。
マアが狙われるとまずいな。
「フエゴ・リ」
それを察したかユアが魔法を唱えようとする。
「ユア! 待て! ユアの魔法はここぞという時に使おう!」
俺はそれを遮るように叫んだ。そのためかユアの魔法は発動しなかった。
「大丈夫よ! まだ、魔力はある!」
その間にもゆっくりとボスはマアに近付く。マアは近付かれながらも槍で突いているのでボスはもうマアしか狙う気が無いらしい。
「いや、もう一度この剣に炎を纏わすには相当量の魔力が必要なんだろう?」
オークを一掃したあの魔法なら勝機はある。
「ええ。じゃあ、それくらいの魔力は取っておくわ」
「頼む」
俺は言い終わると走る。オークの方へ。
ボスがマアを狙うのは自分が攻撃されたからではなく、オークが殺されたから。つまり、俺もオークを殺せば俺を狙う訳だ。
俺はオークの目の前に行く。
「フレアテメント!」
魔法を発動させると、剣でオークを切り裂いた。オークはバシュンという音をたてながら金貨へ姿を変えた。
そして、ボスは俺の方を見る。予想通り。
「よぉ」
俺は言うがボスは返事をしない。
俺はボスに向かい走り出す。
「フエゴ・リアルス」
ユアの出した火の柱はオークを巻き込み消えた。そして金貨だけが残っていた。
ボスはターゲットをユアに変える。
それと同時に俺はボスの近くに着く。
「どこ見てんだよ?」
俺はボスに言う。
「サクレードランサー!」
マアは白い槍をまた顕現させ、ボスを突く。
「フレアテメント!」
俺は魔法を発動させ、重くなった剣で脚に打ちつける。
切る事はできなかったが、重いから痛いはずだ。
「グウオオオオオオオオオオ」
ボスは俺の攻撃した方の足の膝を床に付けた。
「よし、行ける」
だが、ボスはその状態で剣を振った。つまりは俺の胴体くらいの高さで剣を振った訳だ。
「なッ、盾」
気付いた時にはもう遅い。剣はもうそこまであり、とっさに叫んでミューテイトを盾に変えて体を守る。だが、俺は盾ごとふっとばされた。
衝撃。
「ぐあっ」
俺は壁にぶつかり、地面に崩れ落ちた。
「蓮斗!」
ユアと、
「蓮斗さん!」
マアの声。
体全体に痛みが走る。頭は壁に当たらなかったようだが、痛さはものすごく立ち上がる事はできない。だが、気絶する事もできず、目も開けられずにひたすら地面に倒れ込んでいた。
「蓮斗! 蓮斗ぉ!」
ユアの声が聞こえる。
もう、呼ぶな。そんな心配そうな声で。寝てていいだろう? 放っておいてくれ。
目を閉じたままの俺の顔に何かが触れる。
俺が目を開けると、目の前には涙を流しているユアの顔があった。俺の顔にはまた涙が落ちる。
そして、俺の出した言葉はさっきまでの想いとは全く別のものだった。
「ユア。敵は?」
「今はマアが闘ってるわ」
俺は痛みに耐えながらマアの方を見ると、マアは白い槍でボスに攻撃し、ボスの攻撃は当たらない距離で闘っていた。だが、マアの後ろに進む速度とボスの前に進む速度はボスの方が速い。いつかはボスの剣の攻撃範囲に入ってしまうだろう。
マアが。マアが危ない。
「俺も……闘わなきゃ」
俺は痛みに耐えて起きあがろうとする。その瞬間、とてつもない痛みが全身を駆け巡る。
「ぐっ」
「私達に任せて。とりあえず」
ユアは杖を俺に当てようとする。
「ダメだ。回復魔法を使ったらあの魔法が使えない」
ボスに勝つにはもうそれしかない。
「どうでもいいのよ」
「止めろ」
ユアの投げやりな言葉に俺は言った。
するとユアは驚いたような顔になり、真面目な顔になる。
「つ、使えるわ。回復魔法を使っても、あの魔法は使えるわよ」
俺はユアの顔をじっと見た。
「……嘘は、いい」
俺は全身の痛みに耐えながら起きあがる。
そんな俺にユアが立ちはだかる。
「行かせない。行くんだったら、私が止める」
止める?
「なんでだ?」
「え、だって」
「俺は! 死にに行くんじゃない。勝ちに行くんだ。ここで止められたら勝てなくなるだろうが!」
俺は立ってるだけでも精一杯なんだからさ。だから、どけよ。
「いいのよ、それでも」
それでも、ユアはどかない。ユアの顔は涙に濡れて、俺を見ていられないというような顔をしていた。
「今は、俺の我が儘を聞いてくれ。俺の攻撃に合わせて補助して欲しい」
「……」
ユアは肯定も否定もしなかった。
「お前はいつもそうやって心配してくれるよな」
そう、ユアはいつだってそうだった。この世界に来たばかりの頃に俺が狼に襲われた時も、俺がオークと闘い遅くに帰って来た時も、この前、洞窟に来た時も、心配しすぎなんだ。ユアは。
俺はユアの肩に手を置く。
だから、
「ありがとう」
言うと俺はボスに走り出した。
「え?」
ユアの驚きの声。だが、振り返るつもりはない。
「蓮斗さん。蓮斗さんの体重を軽くします。ジャンプしてフレアテメントを使って下さい」
マアが言う。
「ああ」
俺はボスの前に着くと、ボスは俺の方を見た。
「トメンテレアフ!」
マアが魔法を発動すると、俺は思いっきり地を蹴る。
俺はそのまま3メートルの長身であるボスの身長を越えて、飛ぶ。
「はあああああああああああああ」
俺は剣を構えてボスに切りかかろうとする。
ボスは俺に切りかかろうとする。俺が一番、無防備だからだ。
「サクレードランサー」
マアは白い槍を出して、ボスに突き刺す。ボスはマアの方を向いた。
「フエゴ・エンビューバ・リアルス!」
ユアの涙にかすれた声。
ユアの杖から炎がでて俺の剣に纏わりつく、そして炎の柱となった。
ああ、そうさ。俺は勝つ!
「フレアテメント!」
俺のユアの魔法によって炎の柱を纏った剣の重さにひかれて、落ちていく。
そして、俺の剣はボスを切り裂く。肩から、斜めに。
俺は地面につくと、そのまま俺は倒れた。
俺の近くで、金貨が落ちる音がした。
蓮斗はボスを倒した。それは紛れもない事実。
ユアは喜びたかった。
でも、蓮斗はボスを倒すとすぐに倒れた。
「蓮斗!」
ユアは蓮斗に駆け寄る。
「ユアさん。どうですか?」
マアは心配そうに言う。
「うん、気絶してるだけ。でも、傷はひどい。早く治療しなきゃ」
ユアが言うと、マアはボスとボスの前に闘っていたオークだった金貨を拾い出す。
「マア。今はそんなの」
するとマアは近付いてくる。
「ごめんなさい。私は回復魔法なんて使えないから。だから始終の杖にこれを捧げて回復させて下さい」
これというのはつまり、金貨。
「い、いいの?」
ユアは金貨を魔力に変えるのには抵抗があり、聞いた。
「はい、良いに決まってます。蓮斗さんの為ですもん」
「うん、そうよね」
ユアは当たり前の納得をする。
ユアは始終の杖を金貨に触れさせ、吸い込む。始終の杖は3枚の金貨で薄く赤く色付いた。
「これで十分だわ」
ユアは蓮斗に杖を触れさせる。
「レクぺラシオン」
ユアは優しくそう言った。
するとユアは、蓮斗が少し笑ったような気がした。
「うん、じゃあ、目が覚ますのを待ちましょうか」
「はい!」
俺は目を開ける。
「あ、起きた――!」
目の前にはユアの顔。
「お、おう」
ユアは膝枕をしてくれていたようだ。
俺は起きあがる。
「その、ありがとう」
「うん!」
ユアは元気よく言った。
「じゃあ、帰りますか?」
マアの提案。
「ああ、そうだな」
俺達は歩きだす。
「もうすっかり夜でしょうねー。もう朝だったり?」
ユアが言う。
「ありえますね」
「集中してたから全然眠くなかったけど、今はちょっと眠いな~」
もう寝たいくらいだ。
「ええ、帰ったら寝ましょう」
「そうですね」
俺達は街に着く。
「宿屋に行きましょうか」
「ええ」
辺りは暗く。夜明け前なので、おそらく最も暗い時間帯。暗闇に包まれた街は街灯がほのかに照らしていた。
俺達は宿屋に入る。
「あ、受付いないわね」
いつも店員が居る場所には誰もいなかった。代わりにそこには鍵と紙があった。
『代金はいただいておりますので、3部屋お使い下さい』紙にはそう書いてある。
そして、鍵は3つ。
「代金はいただいております?」
ユアは紙を見て言う。
「ああ、朝に払っといたんだ」
「あ、ありがとうございます」
マアは言う。
「ああ、じゃあ、部屋に入ろうぜ」
「ええ、そうね」
すると、ユアは俺の前に立つ。
「どうした?」
「その、ありがとう」
言い終わると、ユアはタッタッと2階に駆け上がっていった。
「フフッ」
マアが笑う。
「なんか、嬉しいな」
「そうですね。じゃあ、行きましょうか!」
「ああ!」
俺達は部屋に行く。
ついに、洞窟終了です。
書いてて蓮斗が可哀想でした。
次からは新展開です。
洞窟探索は長かったですね。はい。