第2話
話のきりのいいところなので、ちょっと短くなってしまいました。
幼いころから精霊の巫女だったフェリシアは、護衛の騎士が精霊殿にいるのはあたりまえだった。みんな一様に兜をかぶり、顔は半分見えない。だから、体つきや声、仕草などで判別していた。それが普通だった。
常時5名ほどいる騎士たちはグループで1か月ほど常駐し、1か月が過ぎるともうひとつのグループと入れ替わるのが常だ。それは、精霊殿が高い山の上にあり、日参するのは大変だからだ。
どちらのグループも、フェリシアをかわいがってくれた。立場的には精霊の巫女であるフェリシアのほうが上なのだが、若い騎士は妹のように、壮年の騎士は娘のように大事にしてくれた。だから、フェリシアにとっては騎士たちと身の回りの世話をしてくれる侍女たちが家族だった。
ときどき騎士たちが入れ替わることもあった。フェリシアはさみしく感じたが、それすらもしかたないこととして受け入れることができた。
トルド・アルヴェーンが新しく精霊殿付きの騎士として赴任してきたのは、フェリシアが16のときだった。
以前からいた騎士達はフェリシアを妹や娘のように扱うのでそれに慣れていたが、彼はフェリシアをひとりの女性として扱った。守るべき姫のように。
世間知らずのフェリシアがトルドに夢中になるのに、そう大層な時間はいらなかった。
「そろそろ精霊大祭の時期でございますね」
夕方の祈りのあと、湯あみを済ませたフェリシアに、侍女頭のレーネが話しかけた。レーネはフェリシアが幼い頃から仕えてくれていて、いわば母親がわりのような存在だ。
「そうね。三年なんてあっという間ね」
ゆるく三つ編みにした長い髪をいじりながら相槌をうつ。
精霊大祭は三年に一度行われる大きな祭で、巫女たるフェリシアだけでなく王も共に精霊に感謝を捧げるためのものだ。だが、当然大きなイベント、町ではあちこちに露店がたち、大道芸や楽団が町を盛大に盛り上げる。子供から大人まで、みんな心待にしている、国をあげての祭なのだ。
「ああ、楽しみですねえ!フェリシア様、今回こそは町の様子を見に参りましょう」
レーネが興奮ぎみな言う。
「そうね、楽しみだわ」
フェリシアもそう答えたものの、実際はほとんど無理なのはわかっていた。王と一緒に祈りを捧げたあとは、大体は王に呼ばれて王宮で過ごすことになるのだ。
そう、いつもこの山上の精霊殿にいるフェリシアも、大祭の時期だけは山を降り、王宮のある都・ハルメルへ移動することになる。
馬車に揺られて三日かかる移動は一月後。それまでにしておくべきことを数えながらフェリシアはベッドに潜り込んだ。
(一月後、ということは、トルドは非番の月だなあ…)
トルドのいる月なら、移動の間一緒にいられるのに。
それだけでいい。
二週間後、騎士たちの交代の日がやってきた。
ハルメルから騎士たちが来たら、引き継ぎをして今までいた騎士たちが帰っていく。なので、出発は昼食を済ませた後になる。
支度を終えてトルドが荷物を外へ運び出していると、声がした。
「アルヴェーン卿」
振り返ると、きれいな銀色が目に入った。ウェーブのかかった銀髪を無造作にたらし、白いドレスに浅葱色の帯をつけ、黄色がかったクリーム色のショールを肩にかけ、手には小さな赤い袋を持っている。
「フェリシア様」
トルドが鮮やかに破顔する。荷物をおくと、腰に下げた剣をがしゃがしゃ言わせながら近寄ってきた。
「なにかご用ですか?呼んでいただければ、こちらからうかがいましたのに」
「あ…はい、その…」
フェリシアはトルドの口元だけの笑みにノックアウトされてしまった理性を一生懸命建て直し、小袋をトルドに差し出した。
「以前お約束したポプリです。妹さんにお渡しいただけますか?」
トルドはフェリシアを見た。フェリシアはふわりと微笑む。
「ありがとうございます、フェリシア様。妹が喜びます」
そう言って小袋を受け取ろうとして、手がふれあった。
「!」
トルドの手が、そっとフェリシアの手を包み込むようにして、小袋を受け取った。
瞬間、名残惜しそうに指先に力が籠ったように感じたのは、フェリシアの思い過ごしだろうか。
「フェリシア様…」
「ア、アルヴェーン卿」
兜の奥の瞳を見ることはできないが、熱っぽい視線を感じてフェリシアは少し怯んだ。
「おーい、トルド!どこだ?」
離れたところから声が聞こえて、フェリシアはびくっと肩を震わせた。「それでは道中お気をつけて」と言い残し、白いドレスを翻して足早に去っていった。
その日のうちにトルドの班は下山していき、入れ替わりに他の班がやってきた。
そして、フェリシアが精霊大祭のために下山したのは、そのさらに二週間後のことだった。
読んでいただいてありがとうございます