第1話
王道なロマンスものになる予定です。
お楽しみいただければ幸いです。
世界は王と精霊によって成り立っている。
精霊は世界を満たし、支え、理を行う。
王は精霊の理に則って民草を導き、世の平安を行う。
精霊にはまるで色が違うようにはっきりと性質の違いがあり、世界は精霊の性質によって国が分けられている。そして、国毎に王がいる。
このお話は、その中の雪白の国のお話。
朝目覚めると、ぴんとはりつめたような冷たい空気に、一気に頭がはっきりしてくる。
フェリシアは精霊殿へ朝の祈りを捧げるためにやって来た。彼女は精霊の巫女、世界に満ちる精霊の言葉を聞き、王への橋渡しをする役目を担っているのだ。
精霊殿はそれほど広い建物ではない。参拝に来る者がいるような場所ではなく、精霊の巫女が精霊と対話するための場所だからだ。白い大理石で作られた建物は意外とシンプルで、仰々しい飾りはないが、奥の祭壇の上にだけは空と鳥をモチーフにしたステンドグラスが嵌め込まれていて、真っ白な室内に青や黄色の光を撒いていた。ただ、広くはないが天井は高く、そのぶんフェリシアの住処よりは寒い。
フェリシアの住処は精霊殿に併設されているので建物の外に出る必要はない。重たい一枚板のドアを開けると、凛とした、生活空間とは違う空気がそこにはある。
祭壇に向かって朝の祈りを捧げる。雪白の国の精霊は白い色のイメージで世間に通っていて、純粋、清廉、真面目できびしい特質と言われている。祈りを捧げ、精霊の好む鈴の音を鳴らして朝のお勤めはお仕舞い。
ここからは、特別な仕事がなければ、夕方までは自由時間だ。
フェリシアはまだ空気に冷たさの残る屋外に出た。
ここは高い山の上、そこに削り取って平地を作ったような場所だ。精霊殿と、それに付随する建物があるだけで、あとは畑になっている。畑を囲った柵から出ると、山のもうちょっと上まで延びる道があり、フェリシアお気に入りの花畑がある。
細かいウェーブのかかったふわふわのブロンドをリボンでひとつにくくり、上から暖かいマントをはおる。手にかごをひとつ持つと、 柵を出て小路を歩き出した。
「おはようございますフェリシア様」
背後から声をかけられた。振り向くと、精霊殿付きの騎士が立っている。
「おはようございます、アルヴェーン卿」
騎士の名はトルド・アルヴェーン。背はすらりと高く、白銀色の鎧から覗く肌は小麦色に日焼けしている。だが、顔はわからない。彼はいつも顔を半分近く覆う兜を被っているからだ。トルドが精霊殿付きになってからしょっちゅう会っているのに、フェリシアは彼の顔も、髪や瞳の色すら知らない。トルドを判別しているのは、ほぼ声だけだ。
トルドは腰に下げた刀をがしゃがしゃいわせながら近づいた。
「お供いたします、フェリシア様」
「はい、ご足労をおかけします」
フェリシアは優雅に見えるよう気を付けてお辞儀をした。
「いつもの花畑ですか?」
トルドが話しかけてきた。
「はい、祭壇に飾るものと、あと、ポプリ用に少し」
並んで歩くトルドににっこりと笑いかける。
本来であれば、地位の高い巫女と格下の騎士は並んで歩くことはない。だが、トルドは遠い王家の血筋にあたり、また、
「きゃっ!」
「フェリシア様、お気をつけください」
フェリシアの天然ドジっ子属性なところに配慮して、人目のないときは並んで歩くことにしている。
(ああ、またなにもないところでつまづいちゃった)
なにもないところでつんのめったのを、いつものようにトルドに支えられ事なきを得たが、フェリシアは恥ずかしさで悶え死にそうな気分だ。ちらりとトルドを見ると、口許は薄く笑っている。
小路の先の花畑でかご一杯に花を摘む。色とりどりの色彩が、かごのなかで溢れていく。
フェリシアが花を摘む間、邪魔にならないように控えていたトルドがふと思い出したように声をかけた。
「ポプリをお作りになるんですよね?もし余ったら、少し頂戴できませんか?」
え、とフェリシアの手がとまった。甘い香りのポプリ、男性が好んで使うとは思えない。
「…どなたかへ、プレゼントですか?」
「ええ、妹に。」
「…まあ、妹さんがいらっしゃるの」
そういえば、トルドはほとんど精霊殿に詰めているのに彼自身の話を聞いたことがない。
「はい、13になります。少し体が弱くて、臥せっていることが多いので、ちょっとでも気持ちが休まれば、と思いまして」
「まあ、それはご心配ですね」
フェリシアはスカートに落ちた花びらを払いながら立ち上がった。
「では、腕によりをかけて作らせていただかないと。今はお加減はいかがなのですか?」
「前回帰宅しました折には少し熱を出しておりましたが、昨日の便りでは今は元気にしているようです」
「次はいつお帰りに?」
「はい、二週間ほどしましたら」
フェリシアはちょっと申し訳ない気持ちがした。自分の護衛のために、トルドは帰れずにいるのではないだろうか。
「早くお帰りになりたいでしょうね。私のために…」
「フェリシア様、それは違います。妹のことは家族が見ておりますし、ここに来るなと言われましたら、私は失業してしまいます」
半分隠れた顔の下半分に見える口がにっと笑う。つられてフェリシアもにこっと笑う。
「余計なことを申しました。おわびに、心を込めて作らせていただきます。」
それから、花で一杯になったかごをこぼさないように気を付けてさげ、精霊殿へ戻った。
トルドに礼を言い、自室に帰ると、みるみる頬が紅くなっていく。
へんな態度にならなかっただろうか。
うまく喋れただろうか。
…気づかれなかっただろうか。
彼女は自覚していた。
顔も見たことがないと言うのに、かの騎士に恋焦がれていることを。
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