外伝・ある貴族の御令嬢に転生した少女の物語~それぞれの思い~アレクト国の場合
続きを読みたいと感想をくださった人に捧げます。メイラの両親編です。
生まれてきてはいけなかった。
そんな事、自分が一番よく知っていた。
このアレクト王国で信仰されるのは闇や夜を司る女神であらせられるサーリア様。
そのお力は全国民に影響を与え、この国の民の半数以上が黒髪か黒眼、もしくは黒に近い色素を持って生まれる。
金髪など、長い歴史の中、王族に数名生まれたぐらいにしかない(他国の王子や姫を娶るため。他の女神の力が働くからまれに生まれる)
だからこの国で黒以外の色素を持っている民などいない。
いるとすれば他国の者。
たとえ他国の者と交わったとしても、この国で生きていくのであれば生まれるのは黒。
だから、この国で生まれ、この国で生きていくわたしが蒼い髪に、緑の目を持って生まれてくるなんて・・・許されるはずもなかった。
両親は善良な市民であった。
けれどサーリア様を信仰するあまり、実の娘である私を酷く恥て憎んでいた。
赤ん坊の頃から満足な食事も与えられず、言葉も教えられないわたしはいつしか感情というものを忘れてしまった。
来る日も来る日も痛めつけられ、それが当り前のように感じていた。
そんな人生も、10歳になる頃に終わりを告げた。
両親が私を、サーリア様への生贄に捧げようとしたのだ。
切り刻まれる体。
悲鳴を上げる声。
流れる血。
あぁ、次に生まれ変わるときには、人並みの人生を送りたい・・・
失いかけた意識を最後に、永遠の眠りにつくはずだった。
それなのに、目を覚ました。
とても豪華な寝台の上で。最上の女神の傍で。
「目が覚めましたか。愛しの・・・・・・・・・・・すみませんが名前を教えていただけますか」
「・・・・・・・・・・・・は?」
その女神、名を『エリス・アレクト』。
アレクト国次期国王となる男性との出会いは間抜けに終わってしまった。
それから2年の歳月がたった。
両親が第一級犯罪者として裁かれ身寄りを失ったわたしが1人でも生きていけるようにと王家の人達は侍女としての仕事を与えて下さった。
ただ唯一の事に目をつぶればとても幸せな日々を送れていた。
「結婚しましょう」
「無理です」
相手の顔も見ずにザッパリと切り捨ててわたしは汚れの落ちきったシーツを一枚一枚丁寧にロープへと掛けていく。
ちなみにここで奴の顔を見たらおしまいだ。やつは自分の顔をどう利用すれば良いか知っている。過去何度もお目目ウルウル攻撃で騙されているのだ。いい加減対処法だって覚えた。
「・・・リーシャ。一休みしませんか。美味しい菓子を持ってきたんですよ・・・少しで良いです。こっちを、見てください」
「や、です。エリス様こそこんな所で油売ってて良いんですか。確か今の時間は歴史のお勉強だったはずですよ。先生がお待ちなのでは?」
「マロニー先生は不慮の事故で入院中です。したがって、本日の予定は消えました」
「・・・・・・・・エリス様」
「はい」
「マロニー様は昨日までお元気だったはずです。一体なにをしましたか」
「なにもしていませんよ。なにも」
「嘘をおっしゃらないでください」
「本当になにもしていません。ただ、紅茶にアルコールを仕込んだだけです」
してんじゃん!!めっちゃくちゃしてんじゃん!!
「なんて真似をするんですか!!」
「僕だって驚いているんですよ。たかが一杯のアルコールで酔っぱらってしまうなんて・・・不慮の事故です」
キッパリとエリス様はおっしゃった。
クラァ・・・と一瞬意識が飛びかける。
なんて真似をするのか。マロニー様がアルコールに弱いことなど誰もが知っている事なのに。
「鬼!!悪魔!!鬼畜!!」
「素晴らしい賛美です」
褒めていない。むしろ罵倒しているというのにエリス様は嬉しそうに微笑む。
エリス様は自分の容姿を良く理解していらっしゃる。
どういう表情を作り上げれば自分にとって最良となるのか知りつくしているのだろう。
ほら、また。花が咲き乱れるような笑顔で・・・近づいてきて・・・
「ねぇ、見て。あの女またエリス様にお傍に・・・」
「身の程を知らないのかしら。汚れた身で・・・おぞましい」
「やだやだ。本当に恥さらしで」
「しかもエリス様の事を悪く言うなんて・・・何様のつもりなの?」
不意に覗き見をしているご令嬢達の声が聞こえた。
悪意に満ちた顔でこちらを窺っている。
・・・また、面倒な事になりそう。今度はなにをする気なのかしら・・・また、死骸でも送られてくるのかしら・・・
何度もエリス様といる場面を見られているため最近ではその攻撃は悪化の一歩を辿っていた。
例えば動物の臓物や生首が部屋の前に置かれていたり、服が切り刻まれていたり、そう。この前は街で野党に襲われたりした。あれは誰かに頼まれてお金を受け取ったって言っていたからもしかしたら彼女達の仕業かもしれない。
幸い、自警団の人に助けを求めたために大事にならずに済んだがもし誰もいなかったらと思うとゾッとする。
お金で全てを解決できると信じている貴族達って意外と怖いもの知らずが多い。パパとママにお願いすれば全て問題無しって感覚だから。
自分が殴られ蹴られるシーンが脳裏に浮かぶ。
これ以上エリス様と一緒にいる場面を見られればその想像は現実のものとなるだろう。
全財産賭けたっていい。
したがって、今やるべきことは・・・
少しでも離れようとスススと横にずれる。
エリス様が近づく。
スススと離れる。
エリス様が近づく。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
離れる。
近づく。
離れる。
近づく。
・・・しまいには追いかけっこになっていた。
我慢の限界だ。
「・・・エリス様、もうこれ以上、傍にこないでくれますか?」
「嫌です無理です不可能です」
こいつ・・・!!
お、落ちつけ。落ちつくのよ。
「もう!!離れてください」
「なぜ離れなくてはならないのですか」
「なぜって、それは・・・身分とかあるし・・・わたしは侍女ですから用なくエリス様のお傍にいる事は許されません」
「そんな事ありません。第一、僕がリーシャの傍にいたいと思っているのです。僕の傍にいる事が、リーシャのお仕事です」
そんな事が、許されるわけがない。
気がつけば持っていたシーツを握りしめていた。
なぜ、わたしの言う事を理解してくれないのか。
無邪気に微笑むエリス様が、憎らしくて憎らしくて、どうしようもない感情に捕らわれた。
それを押し込むように、わたしはゆっくりと深呼吸して、前を見る。
これから言う言葉は、きっとエリス様を酷く傷つけるものになるだろう。
けれど、それでも、
言わなくてはいけない。
彼の為にも、わたしの為にも。
「・・・いい加減に、していただけませんか?」
「自分のご身分を理解していただかないと」
「エリス様にはいずれ相応しい方が現れます」
「あなたは、次期国王になるお方。戯れで、わたしみたいな者にお手を出されては困ります」
その時、空気が変わった。
いつの間にかエリス様の、春を思わせる笑顔が消えた。
替わりに現れたのは全てを切り裂くよう氷のような微笑み。
笑っているのに、笑っていない。
「相応しい方、ですか」
「あ・・・」
「僕に相応しいというのはどんな娘でしょう・・・きっと、あなたとは正反対の人の事をいうのでしょうね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「気立てが良くて、美人で、王族に相応しい娘」
「あの・・・エリス様・・・」
「そんなもの、クソくらえ」
吐き捨てるように言い彼は消えた。
あまりの変わりように、言葉が出ない。
あそこまで、追いつめてしまった。
傷つけてしまった。
けれど、そうしなければいけなかった。
汚れた娘
わたしの身の上を知っている人達はこう言う。
体が、血が汚れていると。
生贄にされた、哀れな娘。
生贄に選ばれた、汚れた女。
もっともエリス様に・・・相応しくない女・・・
「・・・・・・・・・・っ、うっ、ぁぁ」
けれど、彼を想って泣くことぐらい・・・許されるよね?
な~んて、思っていた時期がわたしにもありました。
あの後、気が付くとわたしは結婚していた。
文字通り、気が付くと婚約式がなされそのまま結婚式、初夜となった。
相手はこの国の次期国王であるエリス様。
与えられた侍女がキャッキャと言いながらドレスを選ぶ姿を見て倒れかけたのはまだ記憶に新しい。
「・・・ひとつ良いですか?」
「なんですか、愛しい人」
「・・・・・・わたし、穢れた娘ですよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「エリス様には、もっと相応しい方がいらっしゃるはずです。こんな、わたしなんか」
「黙れ」
口調は乱暴でも与えられるのは確かな安らぎ。
唇に触れる暖かい指。
「逃がしてなんてあげません」
「エリス様・・・」
「どんなに嫌がっても、逃がさない。あなたは僕のものです。僕だけの」
食べられる。
そんな感覚が訪れるほどの荒々しい口付け。
泣きそうな程に歪んだ表情。
分不相応。
そんな事、分かっている。
分かっているけど、悲しそうに微笑む彼を
放っては置けなくて、
「・・・好きです」
エリス様の顔が呆気に取られる。
こんな顔は見た事がない。
だってエリス様はいつもニコニコ微笑んで、なんでも素っ気無くこなす人だから。
だから、その顔がもっと見たくて、
「愛しています。エリス様」
素直な気持ちが言葉となって現れる。
すると先ほどまでの沈んだ顔が大輪の薔薇を咲かせたような微笑へと変わった。
認めよう。
わたしは、この人を愛していると。
覚悟を決めよう。
共に地獄に落ちようと。
「愛しています。誰よりも、何よりも、エリス様を」
「・・・嬉しいです」
あなたを守ります。
あなたを傷つけようとする全ての者から。
そう言って無邪気な子供のように微笑むエリス様はおくられてくる暗殺者や貢物という名の側室を速やかに追い返し、その言葉の通り生涯わたしを守り通した。
エリス・アレクト(25歳)
リーシャ(12歳)
実に13歳の年の差での結婚であった。
それから25年の月日が経った。
他国の貴族を妻に迎えたいと手紙を貰ったのは一ヶ月前。
そして今日この日、初めてその貴族と対面することになったのですが・・・
「・・・・・・・・・・・メイラさん」
「なんですか、母上」
「その子供は誰ですか?」
三番目の息子であるメイラ・アレクトが父親そっくりの艶やかな微笑を浮かべて幼女とも言える子供を抱き締める。
大切そうに扱うその姿を見て頭の中の危険信号が鳴り響きわたしはそっと夫であるエリスの方を向いたのだが彼はクスクス笑うだけ。
この状況に混乱しているのは唯一わたしに似た二番目の息子だけだ。
一番目の息子と一番目の娘と二番目の娘は『あら、可愛い』と当然のように受け入れている。
「紹介します母上・・・・・僕の花嫁となるイリス・クローズンです」
クラァと貧血を起こして倒れかける。
メイラの花嫁・・・つまりわたしの義娘となる少女はまだ親の庇護が必要とおもえる年にしか見えない。
しかも少女はイヤイヤをするようにメイラの手から逃げようと体を捻る。
がそれを許さないとばかりにメイラの抱擁は強くなる。
嫌がっているのだから離してやりなさい。
そう言うとメイラは当然のように照れ隠しですと微笑む。
頭が痛い。
「・・・返してきなさい」
「随分と可愛らしい花嫁ですね・・・ですが、結婚するにはまだ幼いと思いますが?」
「12歳の誕生日まで待ちます。この国で結婚が認められるのは12歳から。それまでは婚約の方で行こうと思います」
「なら、問題はありませんね」
「エリス!!」
正気なの?
そんな事、聞くまでもなかった。
エリスは本気だ。メイラ同様。
そしてこの人達が本気になればその決定を覆す事はほぼ不可能という事をわたしはよ~く知っている。
それを今までの人生で骨の髄まで思い知らさせれてきたのだから。
わたしはそっと、幼い少女の顔を見つめた。
不安そうに、けれど、しっかりとした眼差しでこちらを向いている。
とてもじゃないが5歳の子供がする様な『目』ではなかった。
全てを見据えるような、そんな『目』
もう、仕方が無いわね。
わたしはそっと息を吐いて少女の前に歩み寄る。
ガッチリと肩を掴み、耳元で、彼女にしか聞こえないように囁きかけた。
「お互い、頑張りましょうね」
パチクリと目を開いた少女はやがてコクリと頷いてしっかりとした口調で
「イリス・クローズンです・・・お世話になります」
苦笑した。
父であり王であるエリスは黒髪に黒目。リーシャは蒼い髪に緑の目。長男、長女、三男と次女はエリス似。次男はリーシャ似。連れ帰った経歴を聞いてリーシャと次男が慌てる横で『よくやりました!!』とか他の兄妹は言うと思う。そして悲鳴を上げる常識人2人。そのうちエリスが膝にイリスを乗っけてメイラと拳で語り合ったりして。