外伝・ある貴族の御令嬢に転生した少女の物語~それぞれの思い~アステラ国の双子の場合
アステラ国の双子の兄弟が目覚めた後の話なのでイリスが誘拐されて直ぐの会話になります。
突然だがクローズン伯爵の第一子と第二子は双子である。
兄の名はサファイヤ。
光り輝く黄金の髪にその名の由来ともなる蒼い瞳をしている。
弟の名はシトリン。
これまた黄金の髪にその名の由来ともなる黄金の目をしている。
2人の姿といえば双子だけあってそっくりであった。
鏡映しのように完璧な姿。
行動も、常に一緒。
才能も、常に一緒。
2人を見分けるには唯一違う瞳の色を確認するしか方法がないほどであった。
そんな双子は幼い頃、冷めた子供であった。
なにをしても完璧にこなす。
なにを言いつけられても完璧にこなす。
世の中、馬鹿ばかり。
世の中、つまらない事ばかり。
サファイヤとシトリンの世界には互いの存在しかなかった。
それだけが世界だった。
そんな2人の世界に光を射したのが妹として生まれてきたイリスであった。
イリスは賢い子供だった。
しかし、馬鹿だった。
否、変人というべきか。
あぁ、思い出す。
危険だと知りつつスラム街を平気で渡り歩き暗殺者として生きていた男を拾ってきた時の事を。
あれはさすがに図太く生きてきた僕らも両親も気絶したほどだ。
常識があるのに常識がない子。
2人が一番嫌う人種なのに、2人を見分ける事が出来た唯一の存在。
『右がシトリンで左がサファイヤ・・・え?なんでって・・・だって2人とも違う人間なんだから見分けられて当然でしょう?』
イリスの言葉はストンと心に入ってきた。
「「変な奴!!(苦笑)」」
そんなイリスの面倒を見ていた2人には(メイドはイリスの行動についていけなかったから役に立たなかった)いつしか『感情』が芽生え始めた。
それは他人を思いやる気持ち。
それはとても暖かくて、優しい物。
母性愛だとイリスはそれをからかったがあながち間違いではなかっただろう。
愛おしい、僕らの妹。
イリスには幸せな結婚をさせたいね
イリスには幸せな結婚をさせようね
イリスを幸せに・・・
そんな2人の決意は邪悪な魔王の元、打ちくだされた。
「「イリスがさらわれた―――!!!!!」」
ズキズキと痛む後頭部に氷を当てながら2人は両親の部屋へと飛び込んだ。
2人が気絶してから丸一日立っている。
故に追いかけたとしても追いつけないだろうと判断した2人は真っ先に両親へと訴えかける事にしたのだ。
部屋の中には両親がもちろんいた。
母はソファーに座り一通の手紙を読み、父は隅っこで膝を抱えてシクシク泣いている。
2人はすぐさま母の方へと向く。
この家での最高権力者は母なのだ。父ではない。
そんな2人の行動を見てさらに父親はショックを受けたようにヨロヨロと床に倒れこんだ。
ジメジメとした空気でキノコでも生えてきそうだ。
・・・なにがあったのだろうか。いつもの父ではない。
いつもならこの程度の嫌がらせなど笑い飛ばすはずなのに・・・
だが現在の状況を思い出し2人は放置する事にした。
父よりもイリスの方が大切なのだ。2人にとっては。
「「母上!!イリスが、イリスが悪魔に攫われました―――!!」」
「へ~」
「「あの男、事もあろうに僕らの目の前でっ・・・!!」」
「ほ~」
「「至急、迎えに行く手筈を整えてください!!これは我が国に対する敵対行為だと・・・」」
「ふ~ん」
「「・・・・・・・・・・・・・」」
「お~」
「「・・・・・・・・・聞いてますか、母上?」」
「え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
聞いていない・・・!!
眉間に皺が寄っていく。
こんの・・・クソばばぁ!!
バキンと手に持っていた氷が砕け散った。
「・・・・・・ちょっとしたジョークじゃない。落ちつきなさいな」
「「これが落ちついていられますか!!誘拐ですよ、誘拐!!事の重要さが母上には分からないのですか!?」」
ダンとテーブルが音を立てて揺れる。
2人が同時にテーブルを叩いたからだ。
カップが倒れ琥珀色の液体が絨毯に染みを作りだす。
それを見てやっと母の顔が歪んだ。
・・・望んだ意味での歪みではないけれど。
「ちょ~~~~っと2人とも?」
「「母上!!どうか迎えに行く手筈を整えて下さい!!それから護衛として白狼軍の手配を」」
「あなた達は戦争をしかけにでも行く気ですか?」
「「ある意味これは戦争です!!」」
さすがの言いように母はため息をついて新しく入れられた紅茶を飲む。
その態度にもイラついてしまうのは僕らが冷静ではない証だった。
すかさずメイドの1人が紅茶の準備を進め目の前に差し出した。
甘い香りが漂う。
「座りなさいな」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「座りなさい」
力強く母にそう言われれば座らないわけにはいかない。
しぶしぶといった様にソファーへと沈み差し出された紅茶をグッと一気に飲んだ。
「「甘っ!!!!」」
慌てて2人は口に含んだ紅茶を吐きだした。
口から砂糖が吐き出せそうなぐらい甘い。
カップを見れば琥珀色の液体の底で漂う物質が見えた。
どうやら溶け切らなかった砂糖の残骸のようだ。
「エメラ、君、砂糖どれだけ入れたのさ・・・」
「てか、なんでそれを平気で飲めるのさ母上」
その疑問は直ぐに溶けた。
エメラが大さじどころか超サジと言って良いほどの特注サジで6杯程カップに砂糖を入れていく。
その上から注がれる琥珀色の紅茶。
全て注ぎ終わると紅茶は異常なまでの甘い香りがし始めた。
それをエメラはニッコリ笑って2人に差し出す。
「双子ぼっちゃまは糖分が足りておりませんからイライラブチブチなのですわ。ですのでこうしてエメラ特製砂糖紅茶を入れて差し上げて・・・あ!!なにをなさいます!!」
シトリンが無言でその紅茶を奪って窓の外へと流した。
最後にポタポタではなくボタボタと流れる砂糖を見て胸焼けが起きそうだ。
「酷いですわシトリンぼっちゃま。このエメラの心遣いを無にするなんて・・・よよよ」
ふらふらと演技かかった仕草で倒れフリルのついたハンカチで目を覆うエメラの行動はわざとらしすぎて冷めた目しかできない。
落ちつけ。落ちつけサファイヤ。
落ちつくんだ。落ちつくんだシトリン。
互いを慰め合いながら2人はこれでもかという言葉を発して今後の事を話し合う。
しかしどれだけ話が進もうとも母が動く様子は無かった。
それどころか、話が進む程に父の啜り声が大きくなる。
なにかが可笑しい。なにかを見落として・・・
ここまで来て2人はようやくある事を思い出した。
母が愛してやまない小説、水輝姫と呼ばれる小説の事を。
少女を無理やり攫った非道な精霊。
愛とロマン・・・という名の略奪愛。
「は、母上・・・まさかとは思いますが・・・」
「イ、イリスをあげたなんて事は・・・」
2人の顔色が悪くなる。
互いの顔を見て、互いがその想像に行きあたり目を開く。
ガタガタと体が震え、冷や汗を掻きながら自分達の想像が外れている事を願った。
しかし。
「あげてないわ」
「で、ですよね母上」
「さすがにまだ5歳のイリスをメイラにあげるなんて事は」
「嫁がせたのよ」
「「なにぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!」」
「う゛わぁぁぁああぁぁぁぁぁあああ!!!!!!!!!!!!」
父の泣きがいっそう酷くなり床に倒れこむ。
うっとおしく丸まって泣いていたのは僅か5歳の娘を手放すはめになったからだった。
「う゛~~~イジズゥゥ―――!!!」
「うるさいわよあなた」
「だ、だっで、だっでイジズがぁぁあ!!!!!」
やっとの思いで授かった娘。
可愛く愛しい我が娘。
誰が想像できた?
たった5年で手放す羽目になるとは。
この家で父の決定権は存在しない。
母がイエスと言えばイエス。ノーと言えばノーなのだ。
無力な自分を今、彼は嘆いていた。
しかしそんな父を一目見た2人はまたもや無視し始めた。
役立たずと罵るのは忘れずに。
「母上!!自分がなにをしたか分かっているのですか!?」
「今頃イリスがどんな目にあっているのか母上は理解していないのですか!?」
「ズズズ・・・あ~この紅茶美味しいわね~」
「左様で御座いますね~奥様」
「・・・シトリン、着替えて。すぐに登城する」
「分かりました。直ぐに準備を」
「あ、陛下に会って何とかして貰おうとしたって無駄よ。寧ろ結婚勧めたの陛下だから」
「「は!?」」
「ほら。お祝いの言葉と品物も貰っちゃった♪」
ペロンと差し出されたのは先ほどまで母上が読んでいた一通の手紙。
長々とした丁寧な言葉が書かれていたが簡潔に言うとこうだ。
イリスちゃんとメイラくんの婚約おめでとう♪これで我が国も安泰だね☆
ベキョッと握力で手紙が潰れた。
不敬罪とか、今はどうでも良かった。
王命。
それに逆らえるはずがなかった。
王の決定は全ての決定。
行き場のない怒りが、どうしようもない怒りが湧いてくる。
「・・・シトリン、この怒りどこにやればいいと思う?」
「とりあえず次にメイラに会った時、切りかかってもイイと思うよ」
だが2人の決意も空しく、再びメイラと出会う事になるのは7年後。
イリスとメイラとの結婚式の場・・・どころか新婚旅行の後になる事を2人はまだ知らずにいたのであった。
「「とりあえず父さん、役立たず。そして、邪魔」」
「・・・イジズゥゥゥ―――!!!!帰ってぎでおぐれぇぇぇーーー!!!」
本人口説くよりも先に義母と国王を口説き落としたのであった。