ある貴族の御令嬢に転生した少女に目を付けた変態は過去を思い出す
メイラとイリスとの出会いになります。
初めて彼女を見たのは雨の中だった。
あの頃の事は正直思い出したくもない。
14歳。
僕はまだ幼く、権力目当てですり寄ってきた娼婦に夢中になっていた。
彼女はとても妖艶で、女性という存在を知ったばかりの僕の目にはとても魅力的に映り、親友の警告もろくに聞かず彼女に溺れていた。
朝も、昼も、夜も、彼女の元へと通い抱いた。
愛していた。
この世の何よりも、彼女を。
だから彼女の望むものは全て手に入れた。
珍しい宝石も、美しいドレスも、輝く装飾品も。
贈り物を送れば彼女の機嫌は目に見えて良くなった。
彼女の笑顔が何よりの宝だった。
僕は彼女に愛されている。
信じて疑わない愛の言葉。
彼女の唇から紡がれる言葉は、僕に幸せを与えてくれた。
彼女との逢瀬が、辛く苦しい日々を忘れさせてくれた。
第三王子としての地位。
それは人が思うほど良いものではない。
優秀な兄妹を持ったせいで襲いかかるプレッシャーは常に僕を蝕み、狂わせていく。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いぃぃぃいいい!!!!!
その黒い感情を、彼女は癒してくれた。
だが幸せは長くは続かなかった。
僕を目ざわりに思う貴族の、伯爵の子息が彼女の情報を手に入れ、彼女を口説きだしたのだ。
彼女は年下の僕より年上の彼を選んだ。
生涯の、パートナーとして。
彼女にとって僕はただの遊びだったと知らされた。
『だって、あなたを選んだって幸せにはなれないわ。わたしのような女は正室にはなれない。良くて愛妾になる程度じゃない』
そんな事はない。
確かに時間はかかるかもしれない。
だが、かならず父を説得して見せる。
それを信じて待っていてほしい。
『・・・無理だったら?』
その時は全てを捨てよう。
地位も、名誉も、君以上の価値はない。
どこか、遠い所に行き2人で
『冗談でしょう?』
彼女の顔色が変わった。
それは今まで見た事のない本当の彼女の素顔だった。
とても醜く、歪んだ笑顔。
『地位もお金も無くしたら、あなたに価値なんて残ってないわ。あなたの価値はね、王族っていう所にあるの。全てを捨てたらなにも無い』
・・・・・・・・・・そんな事は・・・
『例えばだけど、駆け落ちしたとしてどうやって暮らしていくの?』
持ちだしたお金でまずはどこか遠い国で家を買いそして
『お金はどうやって稼ぐの?持ち出したお金だって、いつかは尽きるわ』
働けば良い。
『あんたみたいな軟弱少年が働ける場所なんて限られているわ。男娼でもするの?それなら、結構なお金になるだろうし』
・・・・・・・・・・・・・・・
『ハッキリ言うわ。これはチャンスなの』
チャンス?
『そうよ。孤児で、娼婦という仕事をしているわたしに与えられた最後のチャンス。彼の申し込みを受ければわたしは伯爵夫人になれるの!!幸せになれるの!!だからわたしは彼を選ぶ』
・・・・・・・・・・・・・そうか。
『でも安心して。あなたともたまには遊んであげる』
どういう意味だ?
『鈍いわねぇ・・・結婚しても、あなたとの関係を終わらす気はないって言っているのよ』
それは神に背く行為だ。
結婚とは、永遠を神に誓う儀式そのもの。その誓いを破れば必ずや神罰が下る!!
『だから?』
っ!!なにを・・・
『神様なんて、怖くないわ。大体、神様がなにをしてくれたの?わたしに何をしてくれたわけ!?』
・・・・・・・・・・・・・・・・・
『両親が死んだ時、娼婦に身を落とした時、助けてくれた?何もしてくれなかったじゃない!!』
・・・・・・・・・・・・・・・・・
『だからわたしは、神様なんて信じないわ。信じられるのは自分自身だけ。チャンスは一度きり。その機会を逃す気はないの。・・・でも、ねぇ、あなたとの関係も終わらす気はないの・・・あなただって、わたしとの関係を終わらせたくないわよね?』
チュッとリップ音を立て、彼女は僕にキスをする。
それはやがて激しくなり、両手が体中を弄りだす。
『愛しているわ・・・メイラ』
蝶のように蜘蛛に捕らわれ捕食される。
そんなイメージが頭に浮かんだ時、とっさに彼女を突き飛ばし逃げた。
背後から聞こえる声に、今までの感情が混ざり合い涙さえ浮かぶ。
結局のところ、僕らは互いを想いあっていたわけではなかったのだ。
彼女は権力と快楽を求め、
僕は安らぎと幻想を求め、
彼女のような女性に会った事がなく、彼女のように僕を見てくれる女性が初めてで、
愛していた。
それなのに知らなかった。
あのように欲望に染まった顔を。
それなのに知らなかった。
あのように醜く縋る姿を。
僕は今まで本当の彼女というものを知らずにいたのだろう。
否、知ろうともしていなかったのだ。
あれほど親友が警告していてくれたのに・・・
僕は、その手を手放した。
「・・・すまない・・・」
浮かぶは悲しそうに俯く少年の姿だった。
はぁはぁと息を整えるとたどり着いた場所がスラム街という事に気がついた。
身なりの良い僕の姿は格好の餌食だったのだろ。
直ぐに4、5人に囲まれて衣服を、装飾品を奪われる。
抵抗など、する気にもなれず好きにしろとばかりに体を投げ出す。
奪われ、蹴られ、殴られ、
さぞや惨めだったのか。
クスクス笑う声が耳に残る。
・・・もう、どうなっても・・・
上向きになった体に雨がポツポツ降り出した。
いっそ、このまま消えてしまえばと願ったその時―――
バチャン
水を弾く音が傍で起こった。
誰かが近くで僕を見ている・・・
こんな惨めな姿を嘲笑いに来たのか。それにしても近すぎるだろう。
そう声を掛けようと体を起した見物人の顔を見た時、僕は驚いて固まった。
幼すぎるほど幼い少女だった。
まだ3歳かそこらぐらいで肩の上でゆらゆら動く黄金の髪が印象的な少女。
少女は意志の強そうな翡翠の瞳を細めて口を開いた。
『ここ、どこだか知ってる?スラムよ、スラム。君、死ぬ気なの?』
3歳の子供とは思えないほど、ハッキリした声。
まるでずっと年上のような・・・それほどの錯覚を与えられた僕は思わず答えてしまった。
―――死にたいと。
なぜ死にたいのか。
そう聞く少女に僕は今までの事を話した。
皆のプレッシャーが重すぎる事。
愛した女性に裏切られた事。
何もかもが、嫌になった事。
すると少女は目をパチクリさせて呆れたように言い放つ。
『・・・そんだけ?』
そんだけって・・・僕にとってはとても苦しい思いで、
そんな僕に彼女は自分の知っている人の話をし始めた。
自分の父親の事。
若い頃に自分のミスで全てを失い、そのせいで愛する人から捨てられた事。
けれど、幼馴染の少女が支えてくれて、努力の結果、全てを取り戻したという。
そして2人は愛し合い、結婚し、子供を産んで幸せになったと。
『まだ君は若いんだから人生終えるの早いって!!振られた?それがなによ。人類の半分は女なんだからもっと素敵な人に巡り合えるかもしれないじゃない!』
グゥと、親指を突き出して笑う少女の顔は、まるで太陽のように輝いていた。
そんな少女に、僕は・・・一目で恋に落ちた。
少女と別れた僕は彼女の名すら知らない事に気が付き慌てて父と話をした。
何年か前に身分を失った貴族を知らないかと。
名を聞いたわけではない。
だが姿を見せない護衛を背後に付け、なおかつかなり上等な絹で出来た服を着ていたのだから貴族、もしくは王族の末裔だと推測したのだ。
案の定、父の口から聞いた言葉に僕はニヤリと笑った。
父の親友の娘。
イリス・クローズン。
クローズン伯爵の、唯一の娘。
『・・・嫌な顔をしているな』
にやにや笑う父に僕はそっと囁いた。
『父上。ものは相談なんですが・・・』
それから僕は死に物狂いで勉強した。
全ては彼女にもう一度会うため。
そして、彼女を手に入れるため。
出会ってから1年目。
僕はイリス・クローズンに会い、
出会ってから2年目。
僕はイリス・クローズンを手に入れた。
寝台の中で疲れて眠るイリスに、僕はそっと触れる。
婚約式はもう済んだ。
後は、彼女が成人するのを待って結婚してしまえばいい。
7年後が楽しみだと、幼いイリスが美しいドレスを纏ったまま僕に抱かれる妄想が頭をよぎれば自然と顔が笑顔を作る。
イリスはもちろん処女なわけだから僕が初めての相手となる。
そして、最後の男になる。
それを考えただけで笑いが止まらない。
あぁ、僕のイリス。
愛しい、イリス。
「・・・・・・・・・・もう、逃がしません」
あの娼婦との関係は消えてしまったが、イリスとの関係は終わる事はないだろう。
否、終わらせたりなどしない。
君はこのまま、ここで永遠に生き続ける。
誰にも会えず、誰とも口をきかず、
まるで童話の水輝姫のような・・・
「愛していますよ」
メイラの言葉に反応するかのように、足首に付けられた枷が光った。
2度と外れない、銀色の、枷。
「愛して、います」
捕らわれた姫君はまだ目覚めない・・・
とりあえず説明としてはイリスは3歳の頃父親と一緒にアレクト国へと観光に行きます。そして初めて見る異国の町並みや伝統に興奮。とりあえず護衛をつけて街中へと繰り出してスラム街で死にそうな少年の話を聞きます。これがメイラです。そして一年後再び出会いますがあの時の少年がメイラだとは気づきません。だって、ボロボロでしたから。メイラのほうも情けない自分を思い出して欲しくないと必死に隠し通したのでなんとか正体ばれずにいます。
そして一応完結になります。多分、短篇とか書いて出すことになりますが・・・うん。数年後とかメイラの兄弟たちの反応とか書きたい。