外伝・ある貴族の御令嬢に転生した少女の物語~それぞれの思い~エイリックの場合ぱーと2
「・・・・・・・・・・・・・・もういい加減にしない?」
エイリックは呆れたようにため息をついた。
目の前には完璧というに相応しい程の美貌を持つ青年がいた。
漆黒の長い髪に、光の加減によってはダークブルーに見える宝石のような瞳。
神が作り上げたであろう左右対称の黄金比比率を持つ恐ろしいまでに整った顔。
鍛え上げられた体は余計な脂肪など一切無く見る者全てを虜にする。
そして全身からただ漏れるその色香はどんな人間、例え男であろうとオトす事が可能なほどに強烈だ。
・・・・・・・まぁ、俺はノンケですから関係ありませんけどね。
呆れたようにエイリックは親友の顔を見た。
普段はキリリッとした顔がだらけきっている。
今この場にメイラに恋する貴族のお嬢様方を連れてくれば間違いなく100年越しの恋も終わりを告げるであろう程に情けない顔。
しかも使っているティーカップがまたイタイ。
サシャの花が描かれた上品で上質だった王族御用達のティーカップ。
それが今や見事なまでに可愛らしいハートが描かれた少女チックな物になっている。
それが2つ。イリスとお揃いらしい。
ついでに言えばエイリックのティーカップもそれだ。
どうやらこの部屋の物は全てこの少女の為に愛らしくメルヘンチックな物に変えてしまったらしい。
明らかに、やり過ぎだ。
まったく・・・客人のカップぐらいまともな物を用意しておけよ。
そう思いつつもカップに口を付ける。
・・・紅茶の味はまともだった。
あぁ良かった。
これの中身がホットチョコレートだったら俺、本気で縁を切っていましたよ。
「・・・安心しました」
「なにがですか?」
「紅茶の味がまともで」
「は?」
間抜けな顔。イイ男が台無しである。
メイラ・アレクト
この国の第3王子であり今最も世間の注目を浴びる存在である。
主に、今現在膝に上げている『モノのせいで』
「嫌がってません、それ」
「喜んでいます」
いけしゃぁしゃぁとメイラはそう言った。
膝に上がった『それ』
勿論、メイラの婚約者イリスである。
まだ幼い子供。それも親の庇護が必要なほどの小さな子ども。
それを膝の上に上げて喜ぶメイラ。
・・・変態以外なにものでもない。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・下ろして」
「ダメですよ、イリス」
エイリックの視線に耐えられなくなったイリスは無駄な抵抗・・・というに相応しく微かにイヤイヤをするかのように身を動かした。
それをメイラは気に食わなかったようだ。
お仕置きとばかりにイリスの顔をグイッと持ち上げ嫌がって泣いているのに濃厚なキスをかました。
人前でもお構いなし。
気まずさのあまりそっと目をそらせばアイリーンの姿が目に映る。
アイリーンはガン見していた。
目を逸らさない。
寧ろこの目に焼き付けるとばかりにガン見。
・・・・・・・・・・居たたまれなくなり下を向いた。
ローズピンクの絨毯が目に痛い・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う~~~」
「フフフフフ・・・イリスは見られて恥ずかしいんですか?そんな所も可愛いですね」
そう思うなら止めてやれ。
そう突っ込まずにはいられない。
そしてエイリックは現実逃避をするがごとく遥か彼方、過去へと思いを繋げた。
2年前。
メイラはエイリックの忠告にも耳を貸さずとある情婦に溺れきっていた。
その名はマリリアン。通称、マリアと呼ばれた。
マリアは孤児であった。
昔行われた戦争で両親を亡くした彼女はやがて孤児院に入れられそこで院長とよばれる男の愛人になった。
なまじ美しかった彼女は僅か10歳で『女』にされた。
それだけ聞けば彼女は戦争の『被害者』であり『哀れな娘』で終わっただろう。
しかし、そこには信じられない真実があった。
彼女が自ら、院長の愛人になる事を志願したという。
自らの欲しいモノを手に入れるため、力を欲し院長の愛人になる。
やがて彼女は孤児院では誰も逆らえない存在になった。
意見する者には厳しい罰を与え、気に入らない者は全て消す。
まさに『毒婦』と呼ぶに相応しい振る舞い。
そして、院長亡くした後は彼女を疎ましく思う者達の手で娼婦に身を落とされた。
しかし彼女はそこでも自らの体を利用し次々と『地位の高い男性』をその手中に納めてきた。
貴族、王族、他国の使者。
その言葉は巧みで、彼女に抗える者など存在しなかった。
特にメイラのような劣等感の塊のような少年はひとたまりも無かっただろう。
メイラは、あまりにも『女』という存在を知らな過ぎた。
純粋で、汚れない。
加えて優秀な兄達と比べられすぎたメイラは次第に心を病んでいった。
今思えば、壊れかけていたのだろう。
そんな時期にあの女に出会った。
女は初め、メイラに優しい言葉を掛けた。
そして徐々にメイラの心の隙に入り込み、自分無くしては生きられないように洗脳していったのだ。
メイラを信じられるのは自分しかいない
メイラが必要とするのは自分しかいない
メイラが頼れるのは自分しかいない
―――あなたを理解してあげられるのはわたしだけ―――
あの女の危険性に気がついた時はすでに遅かった。
エイリックの言葉どころか、実の両親の言葉さえも耳を傾けず、国税を食いつぶす日々を送っていた。
もしも今でもあの女との縁が切れていなかったなら、メイラはとっくにこの国から消えてしまっていただろう。
それがただの身分剥奪、国外追放ならまだ良い。
だが多分、それだけでは済まされなかっただろう、
そう。
例え話をしよう。
女に溺れ、国税を食いつぶした王族の事を。
かつて、欲に溺れた哀れな王族の末路はいくつか記憶に残っていた。
秘密裏に処理されたとか、陽の当らない地下で永遠に種馬として働かされた、とか。
王宮とは、煌びやかなイメージが強くあるが実際には『闇』の部分の方が遥かに多い。
ただそれを『知らないだけ』
現国王のエリス様とて同じ。
リーシャ様を王妃の座につかせるためどれだけの犠牲を払ったのか・・・
そこまで考えてエイリックは自分の考えを消すために頭を振った。
いけない。
その部分は知ってはいけない。考えてはいけない。
エイリックも、王族だから踏み入れてはいけない一線は心している。
『これは』けして開けてはらならいパンドラの箱。
知れば最後。
例え相手がエイリックだとしても、無事にこの国を出る事は叶わなくなってしまう。
カチャンとカップを置き、息を吸った。
忘れよう。うん。忘れるべきだ。
「所で、あなたなにしに来たんですか?」
唐突に変わった話題に安心し息をゆっくりと吐く。
よかった。これ以上余計な事を考えなくてすむ。
「婚約の祝い品を届けに来てやったんだよ」
パンッと手を叩けば我が国からの祝い品が運び出される。
珍しい、豪華な調度品の数々。
その中でも一際目立つ物が存在した。
5つのボトル。
様々な花の形をモチーフとして繊細に作り上げられたクリスタルの入れ物。
その中に入れられた紫色の液体。
それらは王宮・・・というか後宮で主に使われるという『至宝』
その名も『瑠璃の華』
「それ、うちの両親からの婚約祝いね。使用に関してはメイラに任せるって」
「・・・使えと?」
「好きにしていいんじゃない?」
わざとズズッと音を立てて紅茶を飲む。
苦労したんだからな~それの素材、手に入れるの。
「・・・綺麗だね」
日の光を浴びてキラキラ宝石のように輝くボトルにイリスは興味を持ったらしい。
ニコニコと微笑むメイラはそのボトルの1つをイリスの掌に乗せる。
小さなボトルはコロコロと転がり光を反射させている。
「せっかく頂いたんだから使ってみる?」
「え・・・でも・・・」
勿体ない。
そう呟いたイリスの思わず憐みの目を向けてしまう。
・・・使い方、知らないんだろうねぇ・・・
「あの、ありがとうございます。こんなに綺麗な香水を」
「香水じゃないから」
ちなみに香水はあっちと指を指してやる。
やっぱり、知らないんだね。
「それ、媚薬」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・え゛」
あ、やっぱり固まっちゃうか。
「瑠璃の華っていう超強力で、それでいて人体にまったく影響のない素晴らしい媚薬」
「ひっ!!」
おっと!!
咄嗟に投げた媚薬をメイラが器用にキャッチする。
それをそのまま震えるイリスの掌に。
「投げちゃダメですよ。大切な祝いの品なんですから」
「・・・・・・・・・・・いらない」
「『イリスへの贈り物』なんですよ。同盟国であるストレシア王国の国王陛下から頂いた大切な婚約祝い」
脅しである。
元日本人でも現貴族であるイリスとなった少女にはメイラの言葉の意味が嫌というほど分かっていた。
他国の王様から贈られた祝いの品々を存外に扱うなど許されるはずもない。
その考えに至ったイリスは血の気が失せて今にも気絶してしまいそうだ。
無理もない。
イリスはまだ幼い子供だ(見た目はね)
そんな子供に媚薬・・・それも後宮という魔の巣窟で使うような強力な物を受け取れと言っているのだ。
しかもただ受け取るだけではない。
受け取れば確実に使われるであろう事は目に見えている。
主にメイラとかメイラとかメイラとかアイリーンとか。
それでも泣く泣く受け取り侍女の1人に丁寧に扱うように言う。
「ドウモアリガトウゴザイマシタ・・・とお伝えください」
「・・・あ~・・・まぁ、ゴメンね」
言わずにはいられなかった。
結局の所、この贈り物を喜んでいるのはメイラだけなのだ。
ほら、今にも使いそうだ。
「今夜早速使ってみましょうね♪」
「断固拒否!!!!」
「・・・・・・・・・・・・・取りあえず俺の目の前でおっぱじめないでね」
嬉々としてイリスを撫でまわす親友の危なさに俺は目を逸らせた。
だが、その幸せそうに微笑むメイラの姿を見ていれば自然と笑顔が零れてしまう。
「なぁメイラ。今、幸せか?」
「・・・・・・・・えぇ、もちろん」
ちなみにその晩、どこからか子供の悲鳴が一晩中響いていた事をここに記しておこう。
そして少女は食べられる・・・見たいな?
これからもエイリックはちょくちょく話に出てくると思います。