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京極高次は静かに暮らしたい  作者: 双鶴


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7/11

第7話 揺れる世にあって、揺れぬ者

慶長五年(1600)。

秀吉が没し、天下の空気はわずかな歪みを孕み始めていた。


徳川家康と石田三成。

二人の間に走る緊張は、

表向きの静けさとは裏腹に、

諸大名の胸中を絶えず揺らしていた。


大津城の一室で、

高次は書状を読み終え、そっと目を閉じた。


「……会津征伐、か」


家康が上杉景勝を討つべく大坂を発つという報せ。

そして――

その道中、大津城に立ち寄るという知らせ。


六月十八日。

家康は大津城に入った。


高次は、家康の眼差しに宿る“決意”を見逃さなかった。

その眼は、戦場を知る者のそれであり、

同時に天下を見据える者の眼でもあった。


「京極殿、留守の間のこと、頼み申す」


家康は短く言った。

だが、その言葉の重さは計り知れない。


高次は深く頭を下げた。


「承りました」


家康は続けて言う。


「弟君の高知殿、そして山田大炊を、

 わしのもとへ伴わせてほしい」


「……かしこまりました」


家康は、

高次の“判断力”を信じていた。

そして同時に、

京極家の名望が必要だった。


しかし、家康が去った後、

大津城には別の影が忍び寄る。


氏家行広、朽木元綱――

三成方の使者である。


「京極殿、我らと共に立たれよ。

 殿(石田三成)は、

 豊臣家を守るために挙兵されるのだ」


高次は、二人の言葉を静かに聞いた。


豊臣一門との縁。

浅井家の血。

妹・竜子は秀吉の側室。

正室・初は浅井長政の娘。


三成が自分を西軍に引き込もうとするのは当然だった。


だが――

その直後、東軍からも書状が届く。


「京極殿、大津城を頼む。

 この地が揺らげば、

 近江は一気に乱れる」


家康の筆跡は、

迷いのない線で綴られていた。


赤尾伊豆守が、

机の上に積まれた書状を見て言った。


「殿……どちらへおつきになるおつもりで」


高次は、しばらく沈黙した。


大津城は、

湖と街道を押さえる要衝である。

だが、城そのものは堅固とは言い難い。


「……この城では、

 大軍を迎え撃つことはできぬ」


伊豆守は息を呑んだ。


「では、西軍へ……?」


「表向きは、そう見せる」


高次は、淡々と告げた。


「嫡子・熊麿を大坂へ送り、

 三成殿と会う。

 それで西軍は、我が方を味方と思うだろう」


「しかし……」


「だが、実際には東軍に情報を送る」


伊豆守は、しばらく言葉を失った。


「殿……それは、あまりに危険にございます」


「危険であろうとも、

 京極家が生き残る道は、

 これしかない」


高次の声は、

静かだが揺るぎなかった。


「西軍に与すれば、

 豊臣の縁者として迎えられよう。

 だが、三成殿の戦は長く続かぬ。

 家康殿の勝ちは、いずれ明らかになる」


「……殿は、最初から東軍に?」


「そうだ。

 だが、家中には西軍を望む者もいる。

 彼らを無理に押さえつければ、

 家が割れる」


高次は、机の上の書状を指で軽く叩いた。


「だからこそ、

 “揺れているように見せる”必要がある」


伊豆守は、深く頭を垂れた。


「殿……お見事にございます」


七月。

東軍諸将の間では、

「京極高次は東軍についた」

という情報が広く共有されていた。


だが――

西軍は気づかなかった。


豊臣一門との縁。

浅井家の血。

妹・竜子の存在。

初の出自。


それらが、

高次を“西軍に違いない”と三成に思い込ませた。


そして――

大津城が籠城を始めるその瞬間まで、

三成は高次の真意を知らなかった。


高次は、城の高台から琵琶湖を見下ろした。


湖面は穏やかで、

その静けさが、

これから訪れる嵐を逆に際立たせていた。


「……ここからが、本当の勝負だ」


伊豆守が隣で言った。


「殿、京極家の命運は、

 殿の判断にかかっております」


高次は、わずかに微笑んだ。


「命運など、

 いつの時代も揺れているものだ。

 だが――

 揺れる世にあって、

 揺れぬ心だけは持っていたい」


その言葉は、

戦国の終わりを告げる鐘のように、

静かに、しかし確かに響いた。


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