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京極高次は静かに暮らしたい  作者: 双鶴


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第6話 名が昇るとき、影もまた伸びる

文禄四年(1595)。

大津の町に、初夏の光が満ちていた。


その光の下で、高次は新たな知らせを受けた。


――近江大津城六万石。

――従四位・左近衛少将。


文書を読み終えた高次は、しばらく黙したまま天井を見つめた。


「……六万石、か」


数字の大きさよりも、

その背後にある政治の意図が胸に重く落ちてくる。


大津城は、かつて明智光秀の坂本城の後継として、

浅野長政が築いた要衝である。

湖と街道を押さえ、

南西近江の要となる城。


そこを任されるということは、

単なる加増ではない。

豊臣政権の中枢に、

京極家の名を置くという意思表示だった。


「殿、おめでとうございます」


赤尾伊豆守が深く頭を下げた。

浅井家旧臣としての矜持を保ちながら、

京極家の再興を心から願う男である。


高次は文書を机に置き、

静かに息を整えた。


「……ありがたいことだ。

 だが、これは私の力だけではない」


伊豆守は微笑んだ。


「殿はご自身を低く見すぎておられます。

 秀吉公が殿を重んじるのは、

 慎重さと、状況を読む目を買ってのことでしょう」


「それだけではあるまい」


高次は、窓の外に広がる湖を見つめた。

光が水面に散り、

その揺らぎが胸の奥に染み込んでいく。


「妹の竜子、

 そして初……

 家の縁が、私を押し上げている」


伊豆守は否定しなかった。

否定できるはずもない。


竜子は秀吉の側室。

初は浅井長政の娘。

京極家と浅井家の名望は、

北近江を治めるうえで豊臣家にとって欠かせない。


「殿、世の者どもは陰で“蛍大名”と囁いております」


伊豆守は、あえて軽い調子で言った。


高次は目を瞬いた。


「蛍……?」


「妹君や奥方の“光”で照らされている、という意味ですな」


高次は、思わず吹き出した。


「なるほど。

 私自身は光らぬ、というわけか」


「いえ、蛍は自らも光ります。

 ただ……周りが明るすぎるだけで」


伊豆守の言葉に、

高次は肩をすくめた。


「ならば、それでよい。

 光の強さよりも、

 消えぬことのほうが大事だ」


その言葉には、

高次らしい静かな誇りがあった。


翌年。

高次は羽柴の苗字公称を許され、

さらに豊臣姓を下賜された。


従三位・参議(宰相)。


高次は、官位の高さよりも、

その肩書が持つ意味を考えた。


「……宰相、か」


政務に携わる者としての名。

だが、高次は政治の表舞台に立つよりも、

状況を観察し、

最善の一手を選ぶことを好む男だった。


伊豆守が言った。


「殿、豊臣家は北近江を安定させたいのです。

 そのためには、

 代々この地を治めてきた京極家と浅井家の名望が必要なのです」


高次は頷いた。


「……名は、時に力となる。

 使われるのなら、

 使われるだけの価値を示すまでだ」


名門の名は、

ただの飾りではない。

歴史の重みを背負う者にしか扱えぬ武器でもある。


大津城の天守から見下ろす湖は、

季節ごとに色を変え、

そのたびに高次の胸に新しい思いを呼び起こした。


「……ここが、私の城か」


初が隣で微笑んだ。


「高次様は、

 どこへ行かれても、その場を整え、

 人の心を落ち着かせるお方です」


「……褒めすぎだ」


「いいえ。

 蛍は小さくとも、

 闇の中では道を照らします」


高次は、ふっと目を伏せた。


蛍大名――

陰口であっても、

そこに“消えぬ光”の意味があるのなら、

悪くない。


彼はまだ知らない。


この先、

その“蛍の光”が、

戦国最後の大戦で

大きな意味を持つことを。


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