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京極高次は静かに暮らしたい  作者: 双鶴


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10/11

第10話 静けさの中で見つけた光

若狭へ移ってからの京極高次は、

戦乱のただ中にいた頃とは

まるで別人のように穏やかだった。


小浜城の築城は進み、

城下町も整えられ、

海から吹く風が

新しい町の匂いを運んでくる。


その空気の中で、

高次の心はゆっくりとほどけていった。


慶長六年(1601)。

イエズス会の宣教師が若狭を訪れた。


高次は、

その静かな語り口と、

争いを避け、

人を赦し、

心の平安を求める教えに

深く心を動かされた。


正室・初もまた、

その教えに耳を傾けた。


ある夜、

二人は灯火の下で

静かに祈りの言葉を聞いた。


「……この教えは、

 心を静かにしてくれるな」


高次が呟くと、

初は柔らかく微笑んだ。


「戦のない世に、

 ようやく相応しいものを

 見つけた気がいたします」


その夜、

二人は受洗した。


洗礼名は――

高次=サイショウ殿(Saixodono)

初=マリア(Maria)


その事実は、

イエズス会の年報に

静かに記されることになる。


だが、

家康は慶長七年(1602)に

「貴人の入信禁止」を宣言した。


表向きは厳しい禁令。

だが、家康自身が

ルソン貿易を進めるため

宣教師を必要としていたため、

禁令は徹底されなかった。


京極家の改宗は、

公にはされなかった。


「公方様を怒らせるのではないか」

――そうした不安が

京極家の家中にもあった。


だが、高次は静かに言った。


「信仰とは、

 人に見せるものではない。

 心の内にあればよい」


その言葉に、

初は深く頷いた。


「ええ。

 私たちは、

 ただ静かに祈ればよいのです」


若狭の海辺に立つ二人の姿は、

戦乱の世を生き抜いた者とは思えぬほど

穏やかで、柔らかかった。


若狭の統治は、

驚くほど平和だった。


高次は、

城下の人々の声に耳を傾け、

争いを避け、

無理を強いず、

ただ静かに町を整えていった。


「殿は、

 まるで海のようなお方だ」


そう言われることもあった。


荒れ狂うことなく、

ただ寄せては返す波のように

穏やかで、

しかし確かな力を持っていた。


伊豆守は、

そんな主君を見て

しばしば微笑んだ。


「殿は、

 ようやく望んでいた暮らしを

 手に入れられましたな」


高次は、

海を眺めながら答えた。


「……ああ。

 ようやく、だ」


その声には、

深い安堵が滲んでいた。


慶長十四年(1609)。

高次は、

静かに床についた。


病というより、

長い戦乱を生き抜いた身体が

ゆっくりと休息を求めたようだった。


初は、

その手を握りながら言った。


「あなたは、

 よく生きられました」


高次は、

穏やかに微笑んだ。


「静かに暮らしたいと願い続けて……

 ようやく叶った。

 それで十分だ」


窓の外では、

若狭の海が

ゆるやかに波を寄せていた。


その音を聞きながら、

高次は静かに目を閉じた。


享年四十七。


その死は、

戦国の荒波を越えた者が

最後に辿り着いた

“静けさの岸辺”のようだった。


跡を継いだのは、

長男・忠高。


京極家は、

高次が築いた穏やかな土台の上で

新しい時代を歩み始める。


若狭の海は、

今日も静かに波を寄せている。


その音は、

まるで高次の祈りのように

柔らかく、

深く、

そしてどこまでも静かだった。


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