EP 9
三巨頭の秘密協定
農場での騒動から数時間後。
事後処理のために呼び出されたゴルド商会の支店長ガラムは、目の前の光景に現実逃避しかけていた。
「バブー!」「オギャー!」
「ブヒブヒ(よしよし、高い高いー)」
畑の真ん中で、マッチョなオークたちが50人の赤ん坊をあやしている。
その赤ん坊たちが身につけているのは、ブカブカになったルミナス帝国の兵装だ。
「……カイト様。これは一体?」
「いやあ、ちょっと山賊まがいの連中が来てね。ポチが追い払ってくれたんだけど、気づいたらみんな赤ちゃんになっててさ」
カイトは困ったように頭をかいた。
ガラムは地面に落ちている「ゼガン男爵家の紋章が入った馬車の破片」を見て、全てを察した。
(消したな……。この御仁、男爵の私兵団を『存在ごと』リセットしやがった……!)
恐怖で膝が笑う。だが、商機も逃さない。
「承知しました。この子達は、当商会が責任を持って隣国の孤児院へ預けましょう。教会へ多額の寄付を積めば、大切に育ててくれるはずです」
「本当ですか! 助かります。これ、少ないですけど費用にしてください」
カイトが渡そうとしたのは、無造作に袋詰めされた**『ポチの脱皮した皮(国宝級)』**だった。
ガラムは卒倒しそうになるのを堪え、震える手でそれを受け取った。
「じ、十分すぎます……!!」
†
赤ん坊たちがドナドナされていき、農場に静けさが戻った夕暮れ時。
カイトの家の納屋(という名のVIPルーム)に、三人の客が集まっていた。
魔王ラスティア。
竜王ドラグラス。
そして、「野菜の匂いがしたから来ちゃった☆」と現れた女神ルチアナ(人間モード:ルナ)である。
「カイト君、私たちちょっと積もる話があるから、納屋を借りていいかしら?」
「もちろん。じゃあ俺、おつまみ作ってくるね」
カイトが母屋へ戻ったのを見計らい、ルチアナが指をパチンと鳴らした。
『絶対遮断結界』。
神の権能による防音・防壁が展開される。
納屋の中の空気が、一瞬で張り詰めた。
「……さて、緊急サミットを始めるわよ」
ルチアナが低い声で切り出した。
普段のふざけた態度は消え、そこには「管理者」としての顔があった。
「議題は一つ。『ここ(カイトの農場)』をどう扱うか、よ」
ドラグラスが重々しく頷く。
「今日の『幼児化』の件、肝が冷えたぞ。始祖様の力は我々の想像を超えている。『時の支配』など、神話の中だけの話だと思っていたが……」
「ええ。もしあのトカゲ(ポチ)が機嫌を損ねて『世界そのもの』を巻き戻したら、私たちの文明なんて一瞬で消えるわ」
ラスティアが青ざめた顔で言った。
最強の魔王である彼女ですら、今日の件はトラウマになっていた。
「そこで、協定を結びましょう」
ルチアナが三本の指を立てた。
【アナステシア・ファーム協定】
第一条:カイトの農場は『永世中立・絶対不可侵領域』とする。
いかなる国、軍隊、組織も、この地での戦闘行為を禁ずる。ここを戦場にした瞬間、ポチのブレスで大陸が消えるからだ。
第二条:正体の徹底秘匿。
カイトには、我々の正体(女神・魔王・竜王)を絶対に明かさない。
彼にとって我々は「ただの友人」でなければならない。もし彼が畏縮したり、逆に権力を利用しようという邪念を持てば、ポチの精神状態に悪影響を及ぼす可能性がある。
「のんきな農家」でい続けてもらうことが、世界の安定装置となる。
第三条:定期的ガス抜き(飲み会)。
我々三人は定期的にここへ集まり、ポチとカイトの機嫌を取りつつ、世界のパワーバランスを調整する。
「……異存はないわね?」
「なかろう。ここには極上の野菜と、胃痛を癒やす空気がある。守るべき場所だ」
「私も賛成よ。カイト……いえ、あの場所は私の『美』の源泉でもあるもの」
ドラグラスとラスティアが同意した。
ここに、歴史的な秘密協定が結ばれた。
表向きは敵対する三勢力のトップが、一人の農家を守るために手を組んだのだ。
その時、コンコンとノックの音がした。
「おーい、入るよー」
カイトが盆を持って入ってきた。
ルチアナは瞬時に結界を解除し、三人は「和やかな談笑」の演技に入った。
「あらカイトさん! お待ちしてましたー!」
「わっはっは、いやあ面白い冗談だ!」
(……演技が下手すぎる)
カイトは苦笑しながら、盆をテーブルに置いた。
そこには、茹でたての枝豆、冷やしトマト、そしてオークたちが作った自家製ベーコンが並んでいる。
「みんな、随分と真剣な顔で話してたけど、仕事の悩み?」
カイトの問いに、三人はドキリとした。
「え、ええ! まあ、部下の管理とか、派閥争いとか……ね?」
「そうそう! 中間管理職は辛いよ、うん!」
しどろもどろに答える世界の支配者たち。
カイトは「やっぱりみんな大変なんだな」と勝手に納得し、ジョッキに麦酒を注いだ。
「ここは無礼講だ。身分も仕事も忘れて、今は飲もう。乾杯!」
カイトがジョッキを掲げる。
三人は顔を見合わせ、安堵の笑みを浮かべてグラスを合わせた。
「「「乾杯!!」」」
カチン、と心地よい音が納屋に響く。
カイトは思っていた。
(ルナちゃんも、ラスティアさんも、ドラグラスさんも、種族は違うけどいい友達だなぁ)
三巨頭は思っていた。
(((この男の機嫌だけは、死んでも守り抜かねば……!)))
認識のズレは埋まらないまま、夜は更けていく。
だが、この平和な農場に、次なるトラブルメーカーが接近していることを、女神ルチアナですらまだ予知できていなかった。
――上空から迫る、ピンク色の小さな影。
「キュルッ☆ ここ、すっごくイイ匂いがする~!」
最強の迷惑妖精、来襲まであとわずか。




