EP 8
農場の防衛戦(一方的な虐殺)
世界が白く染まった直後。
カイトの農場を支配したのは、純粋な絶望だった。
「ひ、ひぎぃっ……!?」
最初に悲鳴を上げたのは、畑に踏み入っていた兵士たちだった。
ラスティアが指先をクイクイと動かしただけで、彼らの周囲の重力が百倍に跳ね上がったのだ。
「体が……重いッ! 地面に沈むぅぅ!」
「鎧が潰れる! 助けてくれぇぇ!」
兵士たちは蜘蛛のように地面に這いつくばり、そのままズブズブと土の中へめり込んでいく。
それはまるで、畑に種を植えるかのようなスムーズさだった(ただし植えられているのは武装したおっさんだが)。
「あら、いい肥料になりそうね。そこで反省なさい」
パックが剥がれたラスティアは、冷酷な笑みを浮かべて見下ろしている。
一方、ドラグラスの方も容赦がなかった。
「ワシの枝豆の恨み……思い知るがいい!」
彼が大きく息を吸い込み、吠える。
「『消し飛べぇぇぇぇッ!!!』」
それは魔法ですらない。竜王の肺活量が生み出す、純粋な衝撃波の塊だった。
バゴォォォォンッ!!!
暴風が吹き荒れ、兵士たちの持っていた剣や槍、盾が、飴細工のように粉々に砕け散った。
さらに衝撃波はゼガン男爵の乗ってきた豪華な馬車にも直撃し、バラバラの木片へと変えてしまった。
「ひぃぃッ!? 馬車が! 私の高級馬車がぁぁ!」
腰を抜かしたゼガン男爵は、瓦礫の中でガタガタと震えていた。
状況が理解できない。
なぜ、たかが農家の軒先に、宮廷魔導師級の魔法使いと、城壁を吹き飛ばすような怪力男がいるのか?
「き、貴様ら何者だ!? 私は男爵だぞ! こんなことをしてタダで済むと……」
「黙れ。男爵風情が、どの口で我に意見する?」
ラスティアが宙に浮きながら、氷のような視線を向ける。
その背後には、禍々しい闇のオーラが渦巻いていた。
「ひっ……!」
男爵は失禁した。本能が告げている。この女は「人間」の枠に収まる存在ではないと。
このままでは全滅する。
そう誰もが思った瞬間、農場の主の声が響いた。
「ちょ、ちょっとストップ!! 二人ともやりすぎだって!!」
カイトが慌てて二人の間に割って入った。
「ラスティアさん、重力弱めて! 埋まっちゃうから! ドラグラスさんも大声出さないで! 鼓膜破れるよ!」
カイトの必死の説得に、二人はハッと我に返った。
「む……すまぬカイト殿。枝豆の仇だと思うと、つい力が……」
「私としたことが……すっぴんを見られた恥ずかしさで、理性が外れてしまったわ」
二人が攻撃を止めると、重力から解放された兵士たちが、ゼーゼーと息をしながら泥だらけで這い出してきた。
全員、戦意喪失状態だ。
「た、助かった……」
「ママ……帰りたい……」
だが、安堵するのはまだ早かった。
この場には、もう一匹。
昼寝を邪魔されて機嫌最悪の「王」が残っていることを、彼らは忘れていた。
「きゅぅ……(じろり)」
縁側から、ポチがのっそりと降りてきた。
その尻尾が、不機嫌そうに地面を叩く。
ラスティアとドラグラスが、顔色を変えてサッと飛び退いた。
「ま、まずい! 始祖様がお怒りだ!」
「総員退避! 巻き込まれるぞ!」
何も知らない男爵は、ポチを見て嘲笑った。
「な、なんだそのトカゲは! そんなペットで私が怯むとでも……」
ポチが大きく息を吸い込んだ。
カイトが叫ぶ。
「あ、ポチ! ブレスはダメだぞ! 山が消えちゃうから!」
主人の言いつけを守り、ポチはブレス(破壊)を止めた。
その代わり、別の「鳴き声」を選んだ。
「――『きゅいッ!』」
それは、甲高く、不思議な響きを持つ鳴き声だった。
空間に波紋が広がり、男爵と兵士たちを包み込む。
カッ!
再び光が弾けた。
「な、なんだ!? 体が熱い……!」
「縮んでいく!? 視界が低く……!」
光の中で、髭面の兵士たちの体がみるみる小さくなっていく。
シワだらけの男爵の顔からシミが消え、肌にハリが戻り、髪が増えていく。
そして光が収まった時。
そこには――。
「オギャー! オギャー!」
「バブー!」
お揃いの兵士服に埋もれた、50人の「赤ん坊」たちが転がっていた。
「……え?」
カイトは目を丸くした。
さっきまで殺気立っていたおっさん集団が、全員オムツが必要な年齢に若返っている。
「す、すげえ……。ポチ、お前そんなことできたのか?」
カイトはポチを抱き上げた。
ポチは「やったったぞ」とドヤ顔で鼻を鳴らす。
「時間を戻したのか? いや、これは……究極のアンチエイジング!?」
カイトの中で、凄まじい勘違いが成立した。
ポチの能力は破壊だけじゃない。美肌・若返りのヒーラー能力もあったのだと。
「ラスティアさん! 見ました? これ、お肌にいいどころの話じゃないですよ!」
カイトが興奮気味に振り返ると、ラスティアとドラグラスは真っ青な顔で震えていた。
(じ、時間を……巻き戻した……!?)
(対象の存在そのものを過去へ……。これが始祖の権能『時の支配』か。一歩間違えば、我々も卵まで戻されていたかもしれん……)
二人は無言で頷き合った。
絶対に、カイトとポチを怒らせてはいけない。
この農場での掟の第一条に「カイトの機嫌を損ねるべからず」が刻まれた瞬間だった。
「うーん、でも困ったな。こんなに大量の赤ん坊、どうしよう?」
カイトが腕組みをして悩んでいると、畑から戻ってきたオークたちが、嬉々として駆け寄ってきた。
「ブヒィッ!(お任せください!)」
「ブブーッ!(我々オークは子沢山! 育児は大得意です!)」
オークたちは慣れた手つきで赤ん坊(元男爵たち)を抱き上げ、高い高いをしてあやし始めた。
元男爵は「キャッキャッ」と無邪気に笑っている。記憶までリセットされたようだ。
「……まあ、オークたちが面倒見てくれるならいいか。この子達も、一からやり直せて幸せかもな」
カイトはのんきに納得した。
こうして、領地没収の危機は去った。
後に残ったのは、綺麗に耕された畑(重力プレスの跡地)と、新たな入居者である50人の赤ん坊たちだけだった。
「さて、掃除も終わったし、飲み直しますか!」
カイトの提案に、ラスティアとドラグラスは引きつった笑顔で「そ、そうだな……」と答えるのが精一杯だった。




