EP 3
奇跡の安売り
翌朝。
カイト農場の畑では、いつものようにオークやゴブリン、そして新入りの難民たちが汗を流して鍬を振るっていた。
「よいしょ、よいしょ。……土作りは大事だからね」
カイトが笑顔で指導する。
しかし、その平和な光景を、農場の柵に腰掛けたサルバロスが鼻で笑って見ていた。
「ハッ。相変わらず原始的だねぇ。泥にまみれて、汗をかいて……。そんな非効率なことをして、何が楽しいんだい?」
サルバロスは髪をかき上げ、大げさに溜息をついた。
「見ていられないな。私が『正解』を教えてあげよう」
彼は畑の中央へと歩み出た。
「みんな、手を止めろ! このサルバロス様の奇跡を見るがいい!」
パチンッ。
彼が高らかに指を鳴らした瞬間。
ゴゴゴゴゴゴッ……!
植えたばかりの種が、一瞬にして芽吹き、茎を伸ばし、実を結んだ。
わずか数秒で、畑一面に巨大なトマトやカボチャが出現したのだ。
「おおぉぉぉっ!?」
「すげぇ! 一瞬で育ったぞ!」
難民たちがどよめく。
水やりも、草むしりも、肥料もいらない。魔法一つで収穫できる。
かつて砂漠の国で見た光景と同じだ。
「どうだい? これが私の力だ。苦労なんて必要ない。私に祈れば、食料なんて無限に湧いてくるんだよ」
サルバロスは両手を広げ、称賛の嵐を待った。
難民の一部は「サルバロス様万歳!」とひれ伏しかけた。
だが。
農場の古株メンバーたちの反応は、冷ややかだった。
「……見た目は立派ですね」
魔族宰相ルーベンスが歩み寄り、巨大化したトマトをもぎ取った。
そして、懐からナイフを取り出し、スパッと切断した。
「……スカスカだ」
断面を見せつける。
中は空洞だらけで、水分も香りもない。ただ形を成しているだけの「トマトのような何か」だった。
「土壌の魔力を無理やり吸い上げ、細胞分裂を暴走させただけ。……これでは栄養価もゼロ。味もゴムのようでしょう」
「なっ……!?」
サルバロスが言葉に詰まる。
「それに、土を見てみなさい」
ルーベンスが地面を指差す。
急激に栄養を吸われた土は、白く乾き、ひび割れていた。
「一回の収穫のために、土地を殺す気ですか? これでは来年はペンペン草も生えませんよ」
論理的な完全論破。
サルバロスは顔を引きつらせた。
「だ、黙れ! 味など二の次だ! 飢えを凌げればいいだろう!」
彼はターゲットを変えた。
今度は、農具の手入れをしていたドワーフ王ガンテツの元へ向かった。
「おい老人! そんな錆びた鍬を叩いて何になる! 私の錬金術を見よ!」
キラァァァンッ!
サルバロスが触れた鉄クズが、一瞬で光り輝く剣へと変化した。
「すごいだろう! 黄金の剣だ!」
「……ふん」
ガンテツは鼻を鳴らし、その剣を指でピンと弾いた。
パキンッ。
黄金の剣は、ガラス細工のように粉々に砕け散った。
「なっ、何をする!」
「見た目だけのガラクタじゃ。分子構造がデタラメじゃわい。こんなもんで土を掘ったら、破片が散らばって畑が台無しになる」
ガンテツは唾を吐き捨てた。
「ワシらの道具には魂がこもっとる。お前の魔法には、愛がねぇんだよ」
†
「くっ……くそっ……! どいつもこいつも!」
サルバロスは焦った。
今までなら、この程度の奇跡で愚民どもは泣いて喜んだはずだ。
なぜだ。なぜこの農場の連中は、誰も驚かない。
彼は最後の頼みの綱、この農場の主であるカイトを見た。
あの純朴そうな青年なら、きっと騙せるはずだ。
「カイト君! 見てくれ! 私が天候を操って、雨を降らせてあげよう!」
サルバロスが空に魔法を放つ。
ざあっと雨が降り始めた。
「どうだい! これで水やりも不要だ!」
しかし、カイトは悲しそうな顔で空を見上げた。
「……ダメだよ、サルバロスさん」
「え?」
「今の時期、野菜たちは日光を浴びて甘くなるんだ。今、雨を降らせたら、根腐れしちゃうよ」
カイトは、濡れたトマトの葉を優しく拭った。
「野菜にはリズムがあるんだ。無理やり起こしたり、無理やり水を飲ませたりしちゃかわいそうだよ」
「かわいそう」。
その言葉が、サルバロスのプライドを深々と刺した。
効率化してやったのに。
楽にしてやったのに。
なぜ感謝しない。なぜ崇めない。
「……愚かな。貴様らは愚かだ!」
サルバロスは雨を止め、苛立ちを隠さずに吐き捨てた。
「いいだろう。私の高尚な考えが理解できないなら、それでいい。……だが、後悔することになるぞ」
彼はマントを翻して去っていった。
その背中からは、隠しきれないどす黒いオーラが漏れ出していた。
カイト農場の「プロ意識」と「自然への敬意」の前に、偽りの奇跡は通用しなかった。
だが、プライドを傷つけられた愉悦犯ほど、厄介なものはない。
彼は次の手段――農場内部からの「分断工作」へと切り替える。




