第七章 魔人サルバロス現る
流れる噂と、消える国
カイト農場の朝は早い。
だが、今朝はいつもと違う騒がしさが漂っていた。
「カイト殿! 少しよろしいですか!」
農場のゲートから、魔族宰相ルーベンスが血相を変えて走ってきた。
その後ろには、数百人規模の人間たちが列をなして倒れ込んでいるのが見える。
「どうしたのルーベンスさん? お客さん?」
カイトが畑の手を止めて首を傾げる。
「客ではありません。……難民です。北の小国『サンドリア』が、昨夜一夜にして消滅したそうです」
「えっ、国が消滅!?」
カイトは驚き、すぐに指示を出した。
「大変だ! みんなお腹空いてるよね。炊き出しの準備をしよう! 倉庫の野菜を使っていいから!」
†
数時間後。
農場の広場には急造のテントが張られ、温かい野菜スープとパンが振る舞われていた。
難民たちは涙を流しながら食事を貪っている。
奇妙なのは、彼らの服装だった。
ボロボロに汚れてはいるが、着ている服自体は上質なシルクや、金糸の刺繍が入った豪奢なものなのだ。
まるで、ついさっきまで貴族のような暮らしをしていたかのように。
「……美味い、美味すぎる……」
難民の代表である老人が、カイトの手を握りしめて泣いた。
「ありがとう、農場主様……。まさか、また『本物の野菜』が食べられるなんて……」
「本物の野菜? どういうことですか?」
カイトが尋ねると、老人は震える声で語り始めた。
「……現れたのです。『救世主』様が」
「救世主?」
「はい。我が国は貧しい砂漠の国でした。しかし、ある日突然、光り輝く御方が空から降りてきて……指先一つで奇跡を起こしたのです」
老人の話は、おとぎ話のようだった。
その救世主は、枯れた大地を一瞬で緑に変え、黄金の城を出現させ、病人を撫でるだけで完治させたという。
国は瞬く間に繁栄し、民は働かずとも豊かな暮らしを手に入れた。
「すごい! 魔法使いなのかな? いい人だね!」
カイトは純粋に感心した。
すごい力で人を幸せにするなんて、素晴らしいことだと思ったからだ。
だが、老人の顔が絶望に歪んだ。
「……いいえ。あれは悪夢でした」
昨日の夜。
国が繁栄の頂点に達し、国民全員で救世主を讃える祭りをしていた時。
玉座に座っていた救世主は、ふと飽きたように言ったそうだ。
『――あーあ、完成しちゃった。じゃあ、バイバイ』
その瞬間、救世主は光となって消えた。
同時に、魔法で作られた黄金の城も、豊かな大地も、全てがサラサラと砂になって崩れ落ちた。
後に残ったのは、魔法の防壁が消えて雪崩れ込んできた魔物の群れと、楽な生活に慣れて戦う術を忘れた国民たちの悲鳴だけ。
「夢だったのです……。全ては、砂上の楼閣……」
老人はガックリと項垂れた。
†
「……なるほどね」
話を聞いていた魔王ラスティアが、不快そうに扇子を閉じた。
彼女の隣には、鬼神龍魔呂とルーベンスも控えている。
「へぇ、すごい人がいるんだねぇ。そんな一瞬で国を作れるなんて、僕も見習いたいな」
カイトはまだ、事の重大さを「技術的な凄さ」として捉えていた。
悪意がないゆえに、相手の悪意を想像できないのだ。
「おやめなさい、カイト。……これは『善行』なんかじゃないわ」
ラスティアの瞳が赤く光る。
「圧倒的な力で民を依存させ、自立心を奪い、幸せの絶頂で突き落とす……。この胸糞悪い手口、心当たりがあるわ」
「誰か知ってるの?」
「ええ。魔界でも異端とされた、最悪の愉悦犯。魔人サルバロスよ」
ラスティアは吐き捨てるように言った。
「あいつは『ヒーローごっこ』が趣味なのよ。助けを乞う人間を救い、感謝され、崇められるのが大好きなの。
……そして、その信者たちが絶望に顔を歪ませて死んでいくのを見るのが、もっと大好きなのよ」
「……悪趣味な野郎だな」
龍魔呂がボソリと呟く。その目には、静かな殺気が宿り始めていた。
自分で客を育てて、自分で店を燃やすようなものだ。料理人として、その在り方は許容できない。
「気をつけて、カイト。あいつは国を一つ潰したばかり。……次のおもちゃ(ターゲット)を探しているはずよ」
ラスティアの警告。
その時だった。
ピカーーーーーッ!!
農場の上空が、真昼のように輝いた。
雲が割れ、神々しいファンファーレと共に、七色の光が降り注ぐ。
「やあ、迷える子羊たちよ! もう大丈夫だ! 私が来た!」
空からゆっくりと降下してくる、白銀の鎧を纏った美青年。
背中には光の翼。顔には慈愛に満ちた(胡散臭い)微笑み。
「わあ、綺麗だね!」
カイトが手を叩く。
「……チッ。噂をすれば何とやらね」
ラスティアが舌打ちをする。
偽りの救世主が、カイト農場に降り立った。
それは、地道な「育成」と、一瞬の「奇跡」の対決の始まりだった。
次回、カイトとサルバロスの初対面!
「光の勇者(?)、農場に降臨」へ続く!




