EP 7
愚かなる貴族の襲撃
ルミナス帝国の辺境を治める領主、ゼガン男爵は、執務室で下卑た笑みを浮かべていた。
「クックック……。本当なのだな? 国境付近の開拓村で、奇跡のような野菜が採れているというのは」
目の前に立つ密偵が頷く。
「ハッ。ベルンの市場で確認しましたが、死にかけの老人すら走り出すほどの効能です。ゴルド商会が独占契約を結んだようですが、生産者はただの若造一人。護衛もオーク程度とのこと」
「ふん、ゴルドの古狸どもめ、抜け駆けしおって」
ゼガンはワイングラスを揺らした。
彼の領地は貧しく、これといった特産品もない。だが、その野菜の利権さえ奪えば、中央の貴族たちにも顔が利くようになるだろう。
「ゴルド商会との契約など知ったことか。そこは我が領土の一部。不法占拠者を追い出し、正当な持ち主である私が管理してやるのが慈悲というものだ」
ゼガンは立ち上がり、私兵団の隊長に命じた。
「兵を50名出せ。抵抗するなら殺しても構わん。あの土地は今日から私のものだ!」
――彼が知らなかったことが二つある。
一つは、ゴルド商会がカイトと契約した際に「国家予算レベルの違約金」と「商会の全力による報復」条項が存在すること。
もう一つは、今日のその農場には、世界で最も怒らせてはいけない客たちが集まっていることだ。
†
一方、カイトの農場。
今日も素晴らしい晴天だった。
縁側には、いつものようにポチが寝転がり、その周りに奇妙なメンバーが集まっていた。
「……んー。やっぱりここの空気は肌にいいわね」
顔に白いパックを貼り付け、優雅に座っているのは魔王ラスティアだ。
彼女は「週に一度のオフ」と称して、カイトの家に入り浸っていた。パックの成分は、もちろんポチの抜け殻を粉末にしたものである。
「うむ。この枝豆と麦酒があれば、長老会の小言も子守唄に聞こえるわい」
その隣で、昼間からジョッキを傾けているのは竜王ドラグラス。
彼はカイトが栽培した「枝豆(魔力増強効果あり)」を摘みながら、至福の時を過ごしていた。胃薬代わりのキャベツも常備している。
「みんな、くつろいでるねえ」
俺、カイトは彼らに冷たいお茶を追加で出した。
ラスティアさんもドラグラスさんも、最初は不思議な客だったが、今ではすっかり飲み友達だ。
ラスティアさんは「田舎の美容マニア」、ドラグラスさんは「中間管理職のおじさん」だと思っている。
「カイト殿、この枝豆は絶品だな。里の若造にも食わせてやりたいが……勿体ないからやめておこう」
「ははは、また収穫したら持たせてあげるよ」
「カイト、私のパックが乾いてきたわ。ミスト(霧吹き)をかけてちょうだい」
「はいはい、女王様」
俺が霧吹きをシュッシュッとかけると、ラスティアは「んっ……悪くないわ」と満更でもなさそうだ。
平和だ。
日本にいた頃には考えられない、スローライフそのものだ。
――その静寂が、無粋な馬蹄の音によって破られた。
†
「開けろォォォォ!! 領主様の御成りだァァ!!」
土煙を上げて現れたのは、武装した騎馬兵と歩兵の一団だった。
その数、およそ50名。
農作業をしていたオークたちが、驚いて手を止める。
「ブヒ?(なんだあの人間たちは?)」
俺は眉をひそめて立ち上がった。
「なんだろう? 役所の検査かな?」
俺が縁側から降りて出迎えに行くと、豪奢な馬車から太った男――ゼガン男爵が降りてきた。
「貴様がこの不法占拠地の主か! 私はこの地を治めるゼガン男爵である!」
「男爵様……ですか。初めまして、カイトです。不法占拠とおっしゃいますが、ここは女神様から……いえ、ちゃんと開拓した土地ですが」
「黙れ下民! 貴様の土地の権利など認めん! 今日この時をもって、この農場と作物は全て我が領地として没収する!」
ゼガン男爵は唾を飛ばして叫んだ。
なるほど、地上げ屋か。異世界にもこういう手合いはいるんだな。
「没収と言われましても……困ります。ここは俺と家族の大事な家なんで」
「交渉などしておらん! おい、その汚いオークどもを排除しろ! 畑も掘り返して構わん、金目のものがないか探せ!」
男爵の命令で、兵士たちがドカドカと畑になだれ込んだ。
「ヒャッハー! 略奪だァ!」
「美味そうな野菜だぜ!」
兵士の一人が、あろうことかドラグラスさんが大事に食べていた「枝豆の苗」を、革靴で踏みつけた。
グシャッ。
無残に潰れる枝豆。
その瞬間。
縁側の空気が、絶対零度まで凍りついた。
†
「……あ?」
最初に反応したのは、ドラグラスだった。
彼が持っていたジョッキに、ピキピキと亀裂が入る。
その瞳孔が縦に裂け、人の姿を保ったまま、背後に巨大な竜の幻影が立ち昇った。
「ワシの……唯一の癒やし(枝豆)を……踏んだな?」
低い、地獄の底から響くような声。
「きゃっ!」
次に反応したのはラスティアだ。
兵士の怒号と土煙のせいで、彼女の顔に乗っていた貴重なパックがずれて落ち、泥がついたのだ。
「……私の美容タイム(ゴールデンタイム)は、一秒あたり白金貨100枚の価値があるのよ」
ラスティアがゆっくりと立ち上がる。
その周囲に、黒い稲妻のような魔力がバチバチと弾けた。美しい顔にはパックの残骸が張り付き、それが余計に鬼神のような迫力を生んでいる。
「騒がしい害虫ね。……潰にしてもいいかしら?」
「構わん。骨も残すな」
世界最強の二人が、同時にキレた。
兵士たちはまだ気づいていない。自分たちが踏み荒らしているのが、ただの農地ではなく、竜王と魔王の「聖域」であることに。
そして。
騒ぎで昼寝を邪魔されたポチが、不機嫌そうに尻尾をバンッ!と叩きつけた。
「きゅるるるる……(激怒)」
俺は青ざめた。男爵たちにではない。
このままだと、男爵ご一行どころか、この一帯の地図が書き換わってしまう!
「ちょ、ちょっと待って! みんな落ち着いて!」
俺の制止の声は、殺意に満ちた二人の耳には届かなかった。
「消え失せろ下等生物。『重力崩壊』」
「灰になれ。『竜王の咆哮』」
カッッッ!!!!
農場が、終末の光に包まれた。




