EP 9
誰が一番? 龍魔呂の答え
深夜の『BAR 煉獄』。
アルコールとフェロモン、そして行き場のない恋心で充満した店内で、ついに限界を迎えた者がいた。
バンッ!!
創造神ルチアナが、カウンターを思い切り叩いて立ち上がった。
「もう我慢できないわ! はっきりしなさいよ龍魔呂!」
彼女は潤んだ瞳で、バーテンダーに詰め寄った。
「料理も完璧、忠誠心も完璧、筋肉も最高……。あんたみたいな男、数億年探してもいなかったわ! だから答えなさい!」
ルチアナが指を突きつける。
「貴方の本命は誰なの!? 私!? それとも他の泥棒猫たち!?」
その直球の問いに、店内の空気が張り詰めた。
全員の視線が龍魔呂に集中する。
だが、龍魔呂が口を開く前に、他のヒロインたちが雪崩を打って動き出した。
「龍魔呂! 私を選びなさい!」
魔王ラスティアが、懐から羊皮紙の束(権利書)を取り出し、カウンターに叩きつけた。
「私の全財産! 魔王城! 領土! 私の持っているもの、全部あげるわ! だから私だけのものになりなさい!」
「い、いえ! お金じゃありません!」
次に動いたのは、聖女セーラだ。彼女は左手の薬指の指輪に手をかけ、妖しく微笑んだ。
「私……禁断の扉を開けます! 勇者の妻という立場も、世間体も捨てて……貴方の背中を追いかけたいの!」
「ま、待ってください! 覚悟なら私だって!」
天使長ヴァルキュリアが背中の翼を広げた。
「私は聖騎士の座を! 天使族族長の座を投げ打っても構いません! 貴方の横で、一生お皿を洗わせて!」
「わ、私は若さをあげますわー!」
ルナも叫ぶ。
「私はトップアイドルの座を!」
リーザも続く。
地位、名誉、家庭、未来。
世界のすべてを持つ美女たちが、そのすべてを投げ出して一人の男に求婚している。
まさに史上最大のモテ期。
しかし。
龍魔呂は、彼女たちが差し出した権利書や勲章を、そっと手で押し戻した。
「……そんな物は要らない」
静かな、だが力強い拒絶。
店内が静まり返る。
「……た、龍魔呂?」
ラスティアが震える声で呼ぶ。
龍魔呂は、使い込まれた愛用の包丁とシェイカーを愛おしそうに眺め、そしてゆっくりと顔を上げた。
「俺は、ただの料理人であり、バーテンダーだ」
彼はカウンターの向こうにいる彼女たち一人一人の顔を見た。
「俺は……こうやって料理をして、酒を作って、それをお前らに食べて貰えて、喜んで貰えれば、それだけで嬉しい」
飾らない本音。
裏社会で生きてきた彼にとって、誰かが自分の作ったもので笑顔になる、その平和な日常こそが宝物なのだ。
「地位も名誉も、俺には重すぎる。……俺が欲しいものは、たった一つだ」
龍魔呂は、今日一番の優しい、蕩けるような笑顔を見せた。
「……強いて言うなら、客の笑顔が欲しい」
ドッキュゥゥゥゥゥゥゥンッ!!!!
全員の心臓が撃ち抜かれた。
(きゃああああ! 『客』って言った! つまり私のことよ!)
(私の笑顔だけでいいですって!? なんて無欲で……なんて大きな愛なの!)
(一生笑って過ごさせるってこと!? 実質プロポーズよ!)
彼女たちの脳内で、龍魔呂の言葉が「超好意的」に変換される。
次の瞬間。
「「「キャアアアアアアアアアッ!!!!」」」
黄色い悲鳴が店を揺らした。
ラスティアは鼻血を出して倒れ、ルチアナは尊さで灰になり、セーラは「もう戻れない!」と叫んで悶絶した。
「……?」
龍魔呂はきょとんとして、隣で爆笑しているカイトを見た。
「……おいオーナー。なぜ悲鳴が上がる? 俺はただ、バーテンダーとして『客の笑顔が見たい』と言っただけなんだが……」
「あははは! ダメだよ龍魔呂さん! その天然ジゴロっぷりは罪だよ!」
カイトはお腹を抱えて笑った。
龍魔呂の「客として大切」という言葉は、恋する乙女たちには「君が一番大切」という愛の告白にしか聞こえなかったのだ。
結局、龍魔呂の真意(ただの職人魂)は伝わらず、女性陣の愛はさらに重く、深くなってしまった。
「はぁ……。皆、顔が赤いな。腹でも減ったのか?」
勘違いした龍魔呂が、気を利かせて提案した。
「……よし。洒落たカクテルはもう終わりだ。腹に溜まるものでも食って、頭を冷やそう」
龍魔呂はベストのボタンを少し緩め、暖簾を取り出した。
「これより、『BAR 煉獄』を閉め……『居酒屋 煉獄』を開店する」




