EP 6
リーザと制服のほころび
暗殺者騒動が片付き、再び優雅な空気が戻った『BAR 煉獄』。
カランカラン、と軽やかなベルの音と共に、小さな客が現れた。
「お疲れ様ですぅ~……。はらぺこですぅ……」
農場専属アイドル、リーザだ。
彼女は新曲『サビ残なOLのテーゼ』の振り付け練習を終えたばかりで、フリフリのステージ衣装のまま、カウンターの端っこにへたり込んだ。
「いらっしゃい、リーザ。……随分と遅くまで頑張ったな」
龍魔呂の声色が、少しだけ柔らかくなる。
彼はリーザの前に氷入りの水を置くと、すぐにキッチンへと向かった。
「……腹が減っては戦はできん。すぐに出す」
ジュウウウウッ……!
バターの焦げる芳ばしい香りが漂う。
龍魔呂が中華鍋(なぜかBARにある)を振るう音は、リズムカルな音楽のようだ。
卵を片手で割り、空気を含ませるように高速で溶く。
トントン、パカッ。
わずか3分。
目の前に置かれたのは、黄金色に輝く**『特製ふわとろオムライス(デミグラスソースがけ)』**だった。
「わあぁぁ……! 卵がプルプルですわ!」
リーザがスプーンを入れると、半熟の卵が雪崩のようにチキンライスを包み込む。
一口食べれば、バターの風味と濃厚なソース、そして卵の甘みが口いっぱいに広がる。
「ん~っ!! 美味しいぃぃ! 疲れが吹き飛びますわ!」
リーザは満面の笑みで頬張る。
その様子を、龍魔呂は満足げに見守っていたが、ふと彼女の肩口に視線を止めた。
「……む」
激しいダンス練習のせいだろう。
リーザの手作りの衣装、その袖のフリルが少しほつれ、糸が飛び出していた。
「……じっとしていろ」
龍魔呂はカウンターの下から、小さな木箱を取り出した。
中には、色とりどりの糸と針が整然と並んでいる。ソーイングセットだ。
「え? 黒服のおじ様?」
「……動くなよ。針が刺さる」
シュバババッ!
龍魔呂の手が残像を生んだ。
針に糸を通す速度、布を縫い合わせる手つき。それはかつて、自らの傷口を戦場で縫合していた「DEATH4」の神業だ。
ただ、今は傷ではなく、少女の夢(衣装)を繕っている。
パチンッ。
小気味良い音と共に糸が切られる。
「……終わったぞ。補強もしておいた」
リーザが袖を見ると、ほつれは跡形もなく消え、さらに可愛らしい刺繍のワンポイントまで追加されていた。
「す、すごいです……!」
リーザはオムライスのスプーンを落としそうになった。
美味しいご飯が一瞬で出てくる。
壊れた服が一瞬で直る。
そして、この渋くて優しい笑顔。
ドクンッ……!
リーザの中で、アイドルとしての「憧れ」が、明確な「恋心」へと進化した。
「おじ様……」
リーザは龍魔呂の手をギュッと握りしめた。
そして、キラキラした瞳で叫んだ。
「お料理も、お裁縫も完璧……! おじ様、私のお嫁さんになってください!」
†
ピキィィィィィンッ!!!!
店内の空気が、本日二度目の凍結を迎えた。
カウンターの独身美女たち(ルチアナ、ラスティア、フレア、ヴァルキュリア)が、般若のような顔で振り返った。
「ちょぉぉぉっと待ちなさい! この泥棒猫その2ーーッ!!」
女神ルチアナが吠える。
「嫁ですって!? あんた、龍魔呂を家庭に入れる気!? この店は私の憩いの場なのよ!?」
「そうよ! 龍魔呂の才能を独占するなんて許さないわ!」
魔王ラスティアも参戦する。
「えっ? で、でも、こんなに女子力の高い男性、逃したら一生後悔しますわ!」
リーザも引かない。貧乏生活が長かった彼女にとって、生活力のある男は王子様以上の存在なのだ。
「……お嫁さん、か」
当の龍魔呂は、困ったように頬をかいた。
満更でもない……わけではなく、単純に「どう断れば子供を傷つけないか」を考えている顔だ。
「……光栄な申し出だが、俺には帰るべき場所(農場)と、仕えるべき主がいる」
龍魔呂は、リーザの口についたケチャップをナプキンで拭ってやった。
「……それに、俺は嫁には行けん。戸籍がないからな(※異世界転移者なので)」
「そんなぁ~……」
リーザはガックリと項垂れたが、すぐに顔を上げた。
「じゃあ、私がカイト農場に永住します! そうすれば毎日ご飯が食べられますものね!」
「ちゃっかりしてるわね、この子……!」
ルチアナたちが呆れる。
龍魔呂を巡る争奪戦は、若手アイドルの参戦でさらに混沌を極めていた。
そこへ、すべての元凶にして、龍魔呂が唯一「絶対」と定める人物が、のんきに入ってくる。
カランカラン♪
「やっほー! みんな楽しそうだね! 畑でいいイチゴが採れたんだ!」
カイトだ。
彼の手には、真っ赤に熟したカゴいっぱいのイチゴ。
このイチゴが、龍魔呂の忠誠心を見せつけ、女性陣をさらに「尊い……!」と悶えさせることになる。
次回、カイトの無自覚アシスト!
「カイトの無自覚アシスト」へ続く!




