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EP 4

聖女セーラ、人妻のときめき

 地下3階、『BAR 煉獄』。

 店内は、ルナの「頭ポンポン自慢」により、独身美女たちの嫉妬の渦に飲み込まれていた。

「キーッ! 龍魔呂! 私にもしなさいよ!」

「私の頭の方が撫で心地がいいわよ!」

 ルチアナとラスティアが騒ぐ中、カウンターの端に座る聖女セーラだけが、深い溜息をついていた。

「はぁ……。どいつもこいつも、色気より食い気、落ち着きより騒ぎ……。見てるだけで疲れるわ」

 彼女の疲労は深刻だった。

 夫である勇者リュウは、天魔窟に来てからというもの、少年のように遊び呆けている。

 さっきも、「セーラ! コンビニで『週刊少年○ャンプ(異世界版)』が売ってた! 全巻買うから金くれ!」とねだられ、拳骨を食らわせてきたところだ。

(あのアホ勇者……。借金もあるのに、いつになったら大人になるのかしら)

 セーラがこめかみを揉んでいると、コトッ、と静かな音がした。

 目の前に、湯気を立てるマグカップが置かれたのだ。

「……え?」

「……メニューにはないが、今のアンタにはこれがいいだろう」

 鬼神龍魔呂が差し出したのは、黄金色に輝く温かいカクテル。

 『ホット・バタード・ラム』。

 ダークラムにお湯と砂糖、そして上質なバターを溶かし、シナモンスティックを添えた一杯だ。

「冷房が効きすぎている。……体を冷やすな」

 龍魔呂は短く言うと、セーラの肩にブランケットをかけた。

「あ……」

 セーラの胸が、トクンと鳴った。

 完璧なタイミング。

 完璧な温度。

 そして、何も言わなくても「寒くて疲れている」ことを察してくれる観察眼。

「……いただくわ」

 セーラはマグカップを口に運んだ。

 ふわりと香るバターとスパイスの香り。

 一口飲むと、ラムの芳醇な香りと共に、熱い液体が冷えた体に染み渡っていく。

「んっ……。美味しい……」

 思わず声が漏れた。

 甘い。温かい。そして、優しい。

 コンビニのおにぎりを頬張る夫とは違う、洗練された大人の味。

「……リュウ殿は、まだゲーセンか?」

 龍魔呂がグラスを拭きながら尋ねる。

「ええ。息子のアレンと一緒に、ロボットに夢中よ。……家に帰れば、洗濯物は出しっぱなし、ゴミは捨てない、料理もしない……。あーあ、世界を救った勇者が聞いて呆れるわ」

 セーラは愚痴をこぼした。

 普段は気丈な聖女も、ここでは一人の女性だ。

「……男というのは、いくつになっても子供だからな」

 龍魔呂は苦笑しながら、小皿に載せた自家製の生チョコ(ラム酒入り)をサービスで出した。

「だが、あいつが馬鹿みたいに笑っていられるのは、アンタが家を守っているからだ。……アンタはよくやっている」

 ズキューンッ!!

 セーラの瞳孔が開いた。

 「よくやっている」。

 その一言が、どれほど欲しかったか。

 家事も育児も「やって当たり前」と思われがちな日々の中で、この強面の男だけが、自分の苦労を認めてくれた。

「龍魔呂さん……」

 セーラは熱っぽい瞳で龍魔呂を見つめた。

 黒いベストに包まれた厚い胸板。

 無骨だが、繊細な指先。

 そして、全てを包み込むような低い声。

(……もし。もしも私が独身で、リュウと出会う前にこの人と出会っていたら……?)

 禁断の「if」が脳裏をよぎる。

 セーラは無意識のうちに、カウンター越しに龍魔呂の手に自分の手を重ねていた。

「ねえ、龍魔呂さん。……私、リュウより龍魔呂さんのような、落ち着いた男性の方が……」

 ピキィィィィンッ!!!!

 店内の空気が、絶対零度まで凍りついた。

 騒いでいたルチアナたちが、鬼のような形相で振り返った。

「ちょっ……! 人妻ァァッ!?」

「泥棒猫ーッ! ドサクサに紛れて手を握ってるわよあいつ!」

「不倫!? 昼ドラ展開なのですか!?」

 独身連合軍が殺気立つ。

 「所帯じみた色気」と「不幸な身の上」を武器に、龍魔呂を口説き落とそうとするセーラは、彼女たちにとってラスボス級の脅威だった。

「……セーラ様。酔いが回っているようだ」

 しかし、龍魔呂は動じなかった。

 彼は優しく、だが断固としてセーラの手を外し、新しいお冷を出した。

「リュウ殿が泣くぞ。……それに、俺はただのバーテンダーだ。英雄の代わりにはなれん」

 その突き放し方すらも、誠実でカッコいい。

 セーラは頬を赤らめ、ハッと我に返った。

「い、いけない! 私ったら何を……!」

 彼女は慌ててお冷を飲み干した。

「ご、ごめんなさい! このカクテルが美味しすぎて、ちょっと夢を見ちゃったみたい!」

「……構わん。ここは夢を見る場所だ」

 龍魔呂はニヒルに笑った。

 セーラは胸を押さえながら、(危なかった……あと少しで「来世で会いましょう」って言うところだったわ)と冷や汗をかいた。

 店内は、龍魔呂を巡る女たちの嫉妬と羨望で、爆発寸前の臨界点に達していた。

 そんなピンク色の修羅場に、空気を読まない「本当の修羅場」が乱入してくる。

 ドガァァァァンッ!!

 店の扉が蹴破られた。

 入ってきたのは、黒装束に身を包んだ覆面の集団。

 かつて龍魔呂が所属していた暗殺組織『黒き牙』の刺客たちである。

「見つけたぞ、裏切り者『DEATH4』! 組織の掟により、死んでもらう!」

 最悪のタイミングでの登場。

 彼らはまだ知らない。

 ここには、鬼神以上に恐ろしい、「機嫌の悪い女たち」が待ち構えていることを。

 次回、暗殺者フルボッコ!

 「刺客襲来? いえ、邪魔者排除です」へ続く!

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