EP 2
オーダーは「私に似合う一杯」
地下3階、『BAR 煉獄』。
カウンターには、世界の支配者クラスの美女たちがずらりと並んでいた。
空気は重い。香水の香りと、女たちの火花散るマウント合戦の気配が充満している。
その中心で、鬼神龍魔呂は静かに氷を砕いていた。
アイスピックを扱う手つきは、かつてナイフで敵を屠った時と同じくらい鋭く、しかし繊細だ。
「さて、龍魔呂」
沈黙を破ったのは、魔王ラスティアだった。
彼女は妖艶に足を組み、扇子で口元を隠しながら、上目遣いで龍魔呂を見つめた。
「メニューにあるお酒なんて飲みたくないわ。……今の私の気分に合わせて、最高の一杯を作ってくださる?」
面倒くさいオーダーである。
だが、龍魔呂は眉一つ動かさず、低く答えた。
「……承知した。今の気分とは?」
「フフ……。そうね、『燃えるような情熱』と、『隠しきれない独占欲』かしら?」
ラスティアは隣のルチアナをチラリと挑発しながら言った。
龍魔呂は一瞬だけ思考し、すぐにバックバーから赤いボトルを取り出した。
シャカシャカシャカッ……。
リズミカルなシェイク音。
彼がカクテルグラスに注いだのは、鮮血のように美しい深紅の液体だった。縁には、氷細工で作られた一輪の薔薇が添えられている。
「……『クリムゾン・ローズ(深紅の薔薇)』だ。ベースはローズ・リキュール。口当たりは甘いが、度数は高い」
龍魔呂がグラスを滑らせる。
「……アンタに似合う色だ」
ドクンッ。
ラスティアの心臓が跳ねた。
「ば、薔薇……? それに『私に似合う』ですって……?」
(これって……薔薇の花言葉は『愛』! つまり、これはプロポーズ!? 私の独占欲ごと受け入れるっていう愛の告白なの!?)
ラスティアの顔が、カクテル以上に赤く染まった。
「も、もう……龍魔呂ったら、情熱的すぎるわ……♡」
ラスティアはふにゃふにゃになってグラスを抱きしめた。
龍魔呂は単に「赤いドレス着てるから赤でいいか」と選んだだけなのだが、効果は抜群だった。
†
「ちょっと! ラスティアだけズルいわよ!」
黙っていないのは女神ルチアナだ。
彼女は身を乗り出し、カウンターをバンと叩いた。
「私にも作りなさいよ! 私のオーダーはねぇ……『頂点に立つ者の孤独』と『甘えたい本音』よ! さあ、これに応えられる!?」
さらに面倒なオーダーだ。
だが、龍魔呂は「やれやれ」と小さく吐息を漏らすと、今度は透明なボトルと、カイト農場のハチミツを取り出した。
ステア(撹拌)。
静かに、しかし力強くマドラーを回す。
出されたのは、氷が入ったロックグラス。液体は無色透明だが、とろりとした粘度がある。
「……『堕天使の涙』。ベースはスピリタス(度数96%)だ」
「ス、スピリタス!? そんなの飲んだら喉が焼けるわよ!」
「……だが、たっぷりのハチミツとレモンで中和してある。最初はキツいが、後味はどこまでも甘い」
龍魔呂はルチアナの目を真っ直ぐに見た。
「……強がってばかりでは疲れるだろう。たまには甘えればいい」
ズキューンッ!!
ルチアナの胸を何かが貫いた。
(嘘……。私の「キツい性格」を、「優しさ(ハチミツ)」で包み込んでくれるっていうの……? 私の全てを理解してくれてるのね……!)
「龍魔呂ぉぉ……! あんたって奴はぁぁ……!」
ルチアナはグラスを煽り、その強烈なアルコールと甘美な優しさに酔いしれ、カウンターに突っ伏した。
龍魔呂は「強い酒を飲ませて黙らせる作戦」が成功したと思い、満足げに頷いた。
†
「次は私ですわ!」
「私も!」
不死鳥フレアと天使長ヴァルキュリアも続く。
フレアには、燃え上がる炎をイメージした『ボルケーノ・ショット』。
「……火遊びはほどほどにな」と囁かれ、フレアは「火傷させられたい……♡」と悶絶。
ヴァルキュリアには、純白のミルクカクテル『スノー・ホワイト』。
「……純白だが、中には強いジンが隠れている。お前と同じだ」と言われ、ヴァルキュリアは「私の隠れた欲望を見抜いているのですか……!?」と顔を覆った。
†
数分後。
カウンターの美女たちは、全員がとろんとした目で龍魔呂を見つめていた。
店内はピンク色の吐息で充満している。
(……ふむ。全員、静かになったな)
龍魔呂はグラスを拭きながら、心の中で安堵していた。
面倒なオーダーを適当に(プロの技術で)あしらった結果、なぜか全員が乙女モードに入ってしまったことには、微塵も気づいていない。
「……ルナ。おかわりはどうだ?」
龍魔呂は、端っこでメロンソーダを飲んでいたルナに声をかけた。
「いりませんわ! 皆さんズルいです! 私も『大人な一杯』が欲しいです!」
ルナが頬を膨らませる。
そこへ、カランカランとドアベルが鳴った。
現れたのは、疲れ切った顔をした聖女セーラだった。
「あら……混んでるのね。……ごめんなさい、出直すわ」
勇者リュウの借金と育児に疲弊した人妻の登場。
龍魔呂はすかさず動いた。
「……待て。席ならある」
龍魔呂はスッと椅子を引き、温かいおしぼりを手渡した。
「……顔色が悪いぞ。無理をしているな」
その一言と包容力が、お疲れ人妻の心に火をつけるとは知らずに。
次回、聖女セーラ、人妻のときめき!
「聖女セーラ、人妻のときめき」へ続く!




