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EP 10

カイト農場、経済圏を確立する

 地下遊楽施設『天魔窟』がオープンしてから数日が過ぎたある朝。

 B1階のゲームセンターエリアに、絶望のブザー音が響き渡った。

 ブブーーッ!!(残高不足です)

「な、なんですってぇぇぇ!?」

 スロットマシンの前で、魔王ラスティアが悲鳴を上げた。

「回らない……! 私の『確変』がまだ終わっていないのに、なんでリールが回らないのよぉぉ!」

 隣のバッティングセンターでも、竜神デュークが呆然としていた。

「おい、球が出んぞ! あと一発でハイスコア更新なのだ! 早く投げろポンコツ機械!」

 さらに、コンビニ『ダンジョンマート』のレジ前では、勇者リュウが膝から崩れ落ちていた。

「うそだろ……。入荷したばかりの『期間工限定・プレミアム肉まん』が……コイン不足で買えない……!」

 彼らの手持ちの『Kコイン(カイトコイン)』が、底をついたのだ。

 遊びすぎた。あまりにも無計画に、欲望のままに使いすぎた。

 そこへ、管理人の妖精キュルリンが冷酷な笑顔で飛んできた。

「残念でしたー! 『ノーマネー・ノーゲーム』だよ! 遊びたいなら、どうすればいいか分かってるよね?」

 神々と勇者は顔を見合わせた。

 答えは一つ。

 このコインを入手する唯一の手段。

 「「「……働くか」」」

 彼らの目に、かつてないほどの真剣な光(欲望)が宿った。

 †

 数分後。

 地上のカイト農場に、異様な光景が出現した。

 ズガガガガガガッ!!!!

「オラオラオラァ! 雑草ごときが俺の『肉まん』への道を塞ぐなァァッ!」

 勇者リュウが、ユニークスキル【ウェポンズマスター】を発動。

 亜空間から取り出した「聖なる草刈り鎌」を二刀流で振り回し、音速で雑草を刈り取っていく。

 その背中には、「借金返済」と書かれたハチマキが巻かれている。

「フン! 一気に耕してくれるわ! 『アース・ブレイク(耕運ブレス)』!」

 デュークが畑に向かってブレスを吐く。

 精密にコントロールされた衝撃波が、土を瞬時に掘り返し、空気を含ませてフカフカにする。

「水やりなら私に任せて! 『ダーク・レイン(養分入り)』!」

 ラスティアが空に魔法陣を展開し、ミネラルたっぷりの黒い雨を降らせる。

 魔王の魔力を浴びた野菜たちが、みるみるうちに巨大化していく。

 さらに、ドワーフ王ガンテツとアレン少年は、マグナギア(ロボット)を使って収穫作業を行い、リーザとリヴァイアサンは、歌声で植物の成長を促進させる。

「すごい……。みんな、どうしたの?」

 様子を見に来たカイトは、目を丸くした。

 普段はサボりたがる連中が、鬼のような形相で働いている。

「すごい生産効率だよ! いつもの10倍……いや、100倍のスピードで収穫が進んでる!」

 カイトは感動した。

 彼らが「ガチャを回したい」「続きをプレイしたい」という煩悩まみれの動機で動いているとは知らずに。

 †

 その様子を、ログハウスの窓から眺めている男がいた。

 魔族宰相ルーベンスだ。

 彼はコーヒーを啜りながら、帳簿(タブレット端末)を弾いていた。

「……恐ろしい男だ、カイト殿は」

 ルーベンスは眼鏡を光らせた。

「労働の対価としてコインを渡し、そのコインを地下施設で回収する。

 回収されたコイン(魔力)は、ダンジョンの維持エネルギーとなる。

 そして、生産された野菜はフードコートで消費され、さらに彼らの活力となる……」

 完璧なサイクル。

 外部に依存しない、完全自立型の経済圏がここに完成していた。

「遊び(娯楽)を餌に、神や魔王を最底辺の労働力として酷使する……。私のような小者には思いつかない、悪魔的な搾取システムですよ」

 ルーベンスは苦笑し、カイトへの敬意(と畏怖)を新たにした。

 もちろん、カイト本人は「みんな手伝ってくれて嬉しいな!」としか思っていないのだが。

 †

 夕方。

 労働を終えた神々には、大量のKコインと、採れたて野菜の晩御飯が振る舞われた。

「やったー! これでガチャが回せるぞー!」

「今夜こそジャックポットを出してやるわ!」

 リュウもラスティアも、泥だらけの顔で笑い合っている。

 労働の後の飯は美味い。そして、その後のゲームはもっと楽しい。

 カイト農場は、名実ともに「働かざる者食うべからず(遊ぶべからず)」の聖地となったのである。

 宴が盛り上がる中。

 カイトはふと、カウンターの奥に目を向けた。

 そこには、いつもグラスを磨いているはずの鬼神龍魔呂の姿がなかった。

「あれ? 龍魔呂さんは?」

 カイトが首を傾げると、テーブルに一枚の黒い封筒が置かれているのに気づいた。

 『オーナーへ。少し、野暮用を済ませてくる。留守は頼んだ』

 短い書き置き。

 だが、その筆跡からは、隠しきれない殺気が滲んでいた。

「……龍魔呂さん」

 カイトは外に出た。

 満月が照らす夜道を、黒いスーツの男が一人、静かに歩き去っていくのが見えた。

 その背中は、いつもの「優しいマスター」ではなく、かつて裏社会を震え上がらせた「処刑人」のものだった。

「……掃除、か」

 カイトは封筒を強く握りしめた。

 龍魔呂が一人で背負い込もうとしている過去。

 だが、カイト農場に「一人」なんて言葉はない。

「ポチ。……出番だよ」

 カイトの足元で、影が大きく揺らいだ。

 金色の瞳が闇の中で怪しく光る。

 『グルル……(御意。あの男を死なせるわけにはいかんからな)』

 遊びの時間は終わりだ。

 次なる舞台は、欲望と鮮血が渦巻く「闇の地下闘技場アンダーグラウンド」。

 カイト農場の「掃除(物理)」が、幕を開ける。

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