EP 10
シーフードピザと海中貿易
ライブ会場となったルナミスの海岸は、興奮の熱気が冷めやらぬまま、芳醇な香りに包まれていた。
カイトが持ち込んだ「ヒヒイロカネ製ピザ窯」が、フル稼働しているのだ。
燃料は、もちろんポチ(始祖竜)の獄炎ブレスである。
「さあ、焼けたよ! ルナミス名物、『グランド・クラーケンのシーフードピザ』だ!」
カイトが窯から取り出したピザを見て、観客(オークや神々)から「おおおっ!」と歓声が上がる。
こんがり焼けた生地の上には、とろけるチーズの海。
その中で泳ぐのは、先ほどポチが仕留めたSランク魔獣「グランド・クラーケン」の肉厚な切り身と、プリプリのエビ、ホタテ、そしてルナが育てた色鮮やかなパプリカだ。
「リヴァイアサンさんも、どうぞ!」
カイトは切り分けた焼きたての一切れを、人間に戻った海の女王へ差し出した。
「……いただきますわ」
リヴァイアサンは、少し複雑な表情だった。
彼女にとってクラーケンは、長年海を荒らしてきた憎き害獣であり、同時に畏怖の対象でもあったからだ。それを「具」にするなんて。
彼女は優雅にピザを口に運んだ。
パクッ。……モグモグ。
「…………ッ!?」
女王の碧眼が見開かれた。
弾力のあるイカの食感。噛むほどに溢れ出す濃厚な海の旨味。
それが、太陽の恵みを吸ったトマトソースと、大地のコクを持つチーズと絡み合い、口の中で「海と陸の結婚式」を挙げている。
「な、なんですのこれ……! あの泥臭いクラーケンが、こんなに上品で、力強い味に!?」
リヴァイアサンは震えた。
美味しいだけではない。カイトの野菜とポチの魔力が込められたこのピザは、一口で傷ついた魔力を全回復させるエリクサー以上の効果があった。
「美味しい……! 悔しいけれど、地上の食事に負けましたわ!」
女王はプライドをかなぐり捨て、二切れ目に手を伸ばした。
隣では、娘のリーザも口の周りをソースだらけにして食べている。
「ん~っ! お母様、美味しいですね!」
「ええ、リーザ。貴女が地上から帰りたがらなかった理由が分かりましたわ」
†
宴が盛り上がる中、カイトはリヴァイアサンの隣に座り、ニコニコと話しかけた。
「気に入ってもらえてよかったです! 実は相談があるんですけど……」
「何かしら? これほどの馳走を振る舞ってくれた貴方の頼みなら、大抵のことは聞きますわよ」
リヴァイアサンは上機嫌だ。
カイトは真剣な眼差しで言った。
「これからも、新鮮な魚介類を譲ってくれませんか? 僕の農場の野菜と交換で!」
「え?」
「海には美味しいものがたくさんあるけど、僕たちじゃ深いところまで採りに行けなくて。だから、女王様の力を貸してほしいんです!」
カイトの提案。
それは、実質的な「海中国家シーラン」と「独立特区アナステシア・ファーム」の国交樹立および貿易協定の申し入れだった。
リヴァイアサンは呆気にとられたが、すぐに艶やかに微笑んだ。
「ふふっ。世界征服でも願うかと思えば、魚が欲しいだなんて。……いいですわ。貴方の野菜が食べられるなら、安いものです」
彼女は扇子を閉じて宣言した。
「我らシーランは、貴方の農場に最高級の海産物を献上することを誓いましょう。その代わり……」
彼女はリーザを見た。
「この子のこと、頼みましたわよ。私の目の届かない地上で、ひもじい思いをさせないように」
「もちろんです! リーザちゃんはもう、うちの家族ですから!」
カイトが即答すると、リーザは「カイト様ぁ~!」と感涙して抱きついた。
こうして、カイト農場に新たな供給ルートが確立された。
【海産物ルート:確保】
これにより、カイトの食卓には刺し身、海鮮丼、ブイヤベースなどが並ぶことになり、神々の宴会はさらに豪華さを増すことになる。
†
宴もたけなわとなった深夜。
酔いつぶれた神々やオークたちが砂浜で眠りこける中、一人の男が群れを離れ、波打ち際に立っていた。
鬼神龍魔呂である。
彼は夜風に吹かれながら、暗い海を見つめていた。
その手には、いつもの角砂糖入りのカクテルではなく、冷たいブラックコーヒーが握られている。
「……龍魔呂さん?」
カイトが近づいてきた。
龍魔呂は振り返らず、静かに口を開いた。
「……カイトか。いい宴だったな」
「うん。龍魔呂さんのコロッケも大好評だったよ」
カイトは龍魔呂の隣に並んだ。
いつもなら、ここで「一件落着ですね」と笑い合うところだ。
だが、今夜の龍魔呂の横顔は、どこか険しかった。
「……カイト。俺は、少しの間、店を休むかもしれん」
「え? どうして?」
龍魔呂はサングラスを外し、その鋭い双眸を夜の闇に向けた。
「……匂うんだ」
「匂い? 潮の匂い?」
「いや」
龍魔呂は首を振った。
「血の匂いだ。……それも、俺の過去を知る、腐ったドブネズミどものな」
彼の視線の先には、何も見えない。
だが、最強の処刑人としての勘が告げていた。
この平穏な日々に、かつて自分が捨ててきた「裏社会」の刺客たちが近づいていることを。
「俺がここにいれば、お前やリーザたちに火の粉がかかる。……掃除をしてくる」
龍魔呂はペティナイフを取り出し、月明かりにかざした。
その刃には、冷たい殺意が宿っていた。
カイトは少し考え込み、そして、いつものようにニコッと笑った。
「そっか。大掃除なら手伝うよ、龍魔呂さん」
「……何?」
「だって、ここは龍魔呂さんの家だろ? 家の汚れは、家族みんなで掃除しなきゃ」
カイトは龍魔呂の肩を叩いた。
その手の温かさに、龍魔呂は目を見開き、そして苦笑した。
「……フン。お前には敵わんな、オーナー」
波の音が響く。
楽しかった海辺のバカンスは終わりを告げ、物語は龍魔呂の過去に迫る、新たな戦いへと加速していく。




