EP 3
農場包囲網と、カイトの勘違い
カイト農場に、金属の波が押し寄せていた。
聖教国ルミナリスが誇る「聖騎士団」、総勢500名。
白銀の鎧に身を包み、長槍を掲げた彼らは、整然とした隊列で農場の周囲を完全に包囲していた。
先頭に立つのは、豪華な法衣を纏ったボルジア枢機卿。
その左右には、聖剣(雷霆)を構えた勇者カイルと、杖を持った聖女アリアが控えている。
「聞け! 邪悪なる農場の住人どもよ!」
ボルジアが風魔法の拡声器を使って叫んだ。
その声はビリビリと空気を振るわせ、農場の隅々まで響き渡る。
「我らは神の代行者、聖教国軍である! 貴様らが禁忌の魔術で死者を蘇らせ、悪魔と通じていることは明白だ! 直ちに武装を解除し、出てくるがいい! さもなくば、聖なる炎でこの土地ごと浄化してくれる!」
殺気と威圧感。
普通の村なら、この宣告だけでパニックに陥り、降伏するだろう。
――しかし。
ピザ窯の前で生地をこねていたカイトの反応は、斜め上だった。
「ん? なんだか賑やかだな」
カイトは顔を上げ、農場の入り口を見た。
そこには、キラキラと輝く鎧を着た数百人の集団がいる。
「うわぁ、すごい人数だ! それにあの鎧、ピカピカしてて本格的だなぁ。……もしかして、**『中世騎士コスプレツアー』**の団体さんか?」
カイトの中で、「特区(観光地)になったから、変わったお客さんが増えた」という認識が成立した。
先頭のお爺さん(枢機卿)がマイクパフォーマンスをしているのも、きっとツアーガイドの余興だろう。
「ちょうどよかった! ピザがたくさん焼けすぎて困ってたんだよな。あんなに人数がいれば、試食会にはもってこいだ!」
カイトは焼き上がったばかりの巨大なピザを数枚、お盆に乗せた。
「よーし、焼きたてを配りに行くぞー! みんなー、手伝ってくれー!」
†
一方。カイトの背後では、全く別の空気が流れていた。
ログハウスの影。
魔族宰相ルーベンスと、鬼神龍魔呂が並んで立っていた。
二人の目は笑っていなかった。
「……フン。聖教国のハイエナどもか。嗅覚だけは一人前だな」
ルーベンスが眼鏡を押し上げる。その指先からは、漆黒の影が触手のように伸び、地面を這って騎士団の方へ向かっていた。
「どうする、宰相。……俺が全員、ミンチにするか?」
龍魔呂が静かに問いかける。
彼の手には、いつものペティナイフではなく、赤黒い闘気を纏った**『処刑鎌』**が握られていた。
彼にとって、この農場の平穏を乱す者は全て「悪」であり、処刑対象だ。
「そうですね。カイト殿の目に触れる前に、影の中へ引きずり込んで肥料に……」
二人が殺害プランを実行に移そうとした、その時。
「おーい! ルーベンスさーん! 龍魔呂さーん!」
カイトがピザの乗ったお盆を持って、元気よく走ってきた。
「お客さんがいっぱい来たよ! せっかくだから、ピザを振る舞ってあげようよ!」
ピタリ。
ルーベンスと龍魔呂が凍りついた。
「お、お客さん……ですか?」
「そうそう! 騎士の格好をした団体さんだよ。きっとお腹空かせてるはずさ!」
カイトの屈託のない笑顔。
二人は瞬時に悟った。
(カイト殿は、あれを敵だと認識していない……!)
もしここで、自分たちが騎士団を虐殺すればどうなるか。
カイトの「楽しい観光農園」という夢を壊し、彼にトラウマを与えてしまうかもしれない。
それは、この農場の守護者として絶対にあってはならないことだ。
ルーベンスと龍魔呂は目配せをした。
『(殺気、収納!)』
『(接客モードへ移行!)』
「……は、はい! そうですねカイト殿! 実に……いいお客さんたちです(ギリリ)」
ルーベンスが引きつった笑顔を作る。
「ああ。……俺も手伝おう。ピザのカットなら任せろ」
龍魔呂が処刑鎌を亜空間にしまい、ピザカッターを取り出した。
「ありがとう! じゃあ行こう!」
カイトを先頭に、二人は騎士団の方へと歩き出した。
ルーベンスは心の中で誓った。
(カイト殿が気づかないように、裏でこっそり社会的・経済的に抹殺してやる……!)
†
農場の入り口。
ボルジア枢機卿は苛立っていた。
「ええい、遅い! 異端者どもめ、怖気づいて出てこれないのか!」
「フン、所詮は農民だ。俺の聖剣にビビってるんだろうよ」
勇者カイルが聖剣(雷霆)を掲げてイキっていると、農場の奥からエプロン姿の青年が走ってきた。
「お待たせしましたー!」
カイトだ。
彼は武装した500人の騎士団の前に、丸腰で飛び出した。
「貴様がここの主か! 神妙に……」
カイルが剣を突きつけようとしたが、カイトはそれを無視して、お盆を差し出した。
「いらっしゃいませ! 遠いところをようこそ! これ、焼きたてのピザです! よかったら食べてください!」
「……は?」
カイル、アリア、ボルジア、そして500人の騎士たちの思考が停止した。
命乞いでもなく、反撃でもなく。
ピザ?
「な、何を言っている! 貴様、状況が分かっているのか! 我々は……」
「あ、団体割引とかありますか? うちはまだ始めたばかりで制度がないんですけど……おまけならしますよ!」
カイトは話が通じない。
そして、彼が持っているピザから漂う、「神話級の香り」が騎士たちの鼻腔を直撃した。
ぐぅぅぅぅ……。
騎士団の誰かのお腹が鳴った。
トマトの酸味、バジルの清涼感、そして焦げたチーズの暴力的な旨味の香り。
薄味の教会食しか食べていない彼らにとって、それは拷問に近い誘惑だった。
「な、なんだこの匂いは……! 毒か!? 魅了の魔術か!?」
聖女アリアがハンカチで口を覆うが、その目はピザに釘付けだ。
「さあ、冷めないうちにどうぞ!」
カイトが一歩踏み出す。
それに対し、勇者カイルは反射的に聖剣を抜こうとした。
「ええい、怪しい奴め! その毒入り料理ごと切り伏せてやる!」
カイルの手が、背中の『雷霆』の柄にかかった。
――その時。
カイトの後ろに控えていたルーベンスと龍魔呂、そして縁側からこちらを見ていたポチ(始祖竜)の殺気が、カイル一点に集中した。
さらに、カイルが握った『雷霆』自身も、目の前のカイトを見て、何かを感じ取っていた。
『(……ほう?)』
意思を持つ伝説の武具が、カイトの魂に興味を示した瞬間である。
次回、聖剣が勇者を拒絶し、カイトにデレる!?
「聖剣、ポチを見て金属疲労を起こす」へ続く!




