第三章 勇者と聖女、パシリにされる
ピザが食べたいので、窯(ダンジョン産)を作った
秋の気配が近づくカイト農場。
黄金色に輝く小麦畑で、俺、カイトは収穫の喜びを噛み締めていた。
「うん、いい出来だ! 今年は粒が大きくて香りがいいぞ」
この小麦は、元魔王軍のオークたちが丹精込めて育てた「特製強力粉」になる予定だ。
パンにするのもいい。うどんもいい。
だが、この香ばしい小麦の匂いを嗅いでいると、俺の脳裏にある強烈な衝動が走った。
「……ピザだ」
無性に、ピザが食べたい。
カリッと焼けた生地。とろりと溶けるチーズ。甘酸っぱいトマトソース。
日本にいた頃、残業中の深夜に頼んだデリバリーピザの味が、鮮烈に蘇る。
「よし、今日の昼飯はピザパーティーだ!」
そうと決まれば善は急げだ。
だが、問題が一つある。
美味しいピザを焼くには、高温をキープできる本格的な「石窯」が必要なのだ。
「普通のレンガじゃ、火力が足りないかもしれないな……。誰か、耐熱性の石とか持ってないかな?」
俺が独り言を呟くと、庭で花壇の手入れをしていた妖精キュルリンが飛んできた。
「キュルッ☆ カイト、石が欲しいの? ボクに任せて!」
「お、キュルリン。いい石ある?」
「あるよあるよ! ダンジョンの最下層を掘ってたら、すっごく硬くて熱に強い石が出てきたの! 加工してあげるね!」
キュルリンは杖を振った。
【ダンジョンクリエイト・窯モード】。
ズズズズズ……。
地面から漆黒のブロックがせり出し、瞬く間にドーム状の窯が組み上がっていく。
表面は黒曜石のように滑らかで、内側は紅蓮に輝く鉱石が使われているようだ。
「完成~っ! 名付けて『灼熱の魔窯』!」
「おおっ、かっこいい! 黒くてシックなデザインだね!」
俺は完成したピザ窯を撫で回した。ひんやりとしていて、手触りがいい。
これなら最高のピザが焼けそうだ。
――その様子を、屋台の準備をしていた竜神デュークが見て、腰を抜かしかけていた。
「お、おい……。嘘だろう?」
デュークは葉巻を落とし、震える指でその窯を指差した。
「あれは……ダンジョン深層にのみ存在する幻の金属『ヒヒイロカネ』と、炎竜王の住処にある『耐火竜岩』ではないか!?」
どちらも、伝説の剣や最強の盾を作るための国宝級素材だ。
それが惜しげもなく、「ピザを焼くためだけ」の窯に使われている。
「あの窯なら、ドラゴンのブレスすら閉じ込めて熱循環させることができるぞ……。カイトめ、一体何を焼くつもりだ? 世界を焼き尽くす業火か?」
デュークの戦慄をよそに、カイトは食材集めに走っていた。
†
「おーい、ルナちゃーん! トマトちょうだい!」
「はーい! 任せてくださいな!」
農業顧問補佐のルナが、杖を一振りする。
畑のトマトがボンッと弾け、真っ赤なペースト状のソースになってボウルに溜まった。
【完熟トマトソース(魔力充填率120%)】。
「ヴァルキュリアさーん! バジルある?」
「ありますよ、オーナー! 天界の種から育てた最高傑作です!」
天使長ヴァルキュリアが摘んできたのは、葉脈が黄金に光るバジルだった。
【聖なるバジル(状態異常無効化・呪い解除効果付き)】。
「オーク君たち! チーズ頼む!」
「ブヒィッ!(熟成完了です!)」
オークたちが運んできたのは、農場のミルクで作ったモッツァレラチーズ。
【ハイオーク・チーズ(滋養強壮・体力全回復)】。
カイトはそれらの具材を、薄く伸ばした小麦生地の上にたっぷりと乗せた。
「よし、準備完了! あとは焼くだけだ!」
カイトはピザパーラー(長いヘラ)に生地を乗せ、黒い窯の前へ立った。
薪はどうしようか。普通の木だと火力が弱いかもしれない。
「ポチー! ちょっと火を貸してくれー!」
縁側で寝ていたポチ(始祖竜)が、のっそりと起き上がって近づいてきた。
カイトが窯の中を指差すと、ポチは「あーん」と口を開けた。
ボッ……!
ポチの口から吐き出されたのは、薪の火ではない。
あらゆる物質を原子分解する『始祖の獄炎』の種火だった。
窯の中に黒い炎が渦巻く。
「なっ……!? 始祖のブレスを熱源にするだと!?」
見物していたデュークが叫んだ。
しかし、キュルリンが作った『ヒヒイロカネ製の窯』は、その超高温を完璧に遮断し、内部で熱を循環させていた。
「いい温度だ! いくぞ!」
カイトはピザを投入した。
ジュウウウウウウッ……!
香ばしい音と共に、小麦とチーズの焼ける匂いが爆発的に広がる。
それはただの料理の匂いではない。
「食欲」という本能を直接殴りつけるような、暴力的なまでの芳香だった。
†
「……やけた」
数分後。
カイトが取り出したピザを見て、全員が息を呑んだ。
黄金色に焦げた生地。
グツグツと沸騰するトマトソース。
とろりと溶けて糸を引く純白のチーズ。
そして、鮮やかな緑のバジル。
【究極のマルゲリータ(神話級)】
「さあ、みんなで食べよう!」
カイトがピザカッターで切り分け、一切れを持ち上げた。
チーズが、ビヨォォォォンとどこまでも伸びる。
「「「いただきます!!」」」
神々も、魔王も、天使も、我慢できずに齧りついた。
カリッ、モチッ、ジュワッ!
「――んんっ!!!」
全員の動きが止まった。
思考が吹き飛ぶ美味さ。
生地の香ばしさが鼻を抜け、トマトの酸味とチーズのコクが舌の上で踊る。そして、ポチの炎が閉じ込めた「熱」が、全身の細胞を活性化させる。
「う、美味すぎる……! なんだこれは! ラーメンとは違うベクトルで完成されている!」
「チーズが……チーズが濃厚すぎて、天界のネクタールより美味しいですぅ!」
「あらやだ、お肌がプルプルになるわ!」
デューク、ヴァルキュリア、ラスティアが絶叫する。
ポチも一切れを丸呑みし、「きゅるる!(おかわり!)」と尻尾を振っている。
「よかった、大成功だね!」
カイトは自分の分のピザを頬張りながら、満足げに笑った。
このピザ窯があれば、パンも焼けるし、グラタンも作れる。食生活がさらに豊かになるぞ。
平和なランチタイム。
だが、この時カイトたちは気づいていなかった。
このピザ窯から立ち昇った「神聖なる香り」と「強大な魔力」が風に乗って流れ、遠く離れた「聖教国ルミナリス」の礼拝堂まで届いてしまったことに。
「……む? なんだ、この邪悪な(ほど美味しそうな)気配は?」
強欲な枢機卿が、東の空を睨みつけた。
それは、カイト農場に対する「異端審問」という名の、理不尽な侵略の狼煙となるのであった。




