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EP 6

赤ん坊の夜泣きと、殺意の波動

 夜の帳が下りたカイト農場。

 昼間の喧騒が嘘のように静まり返る中、ログハウスの一角にある『BAR 煉獄』だけは、静かな灯りをともしていた。

 カウンターに座るのは、この世界の頂点に立つ三人の美女たち。

 女神ルチアナ、魔王ラスティア、不死鳥フレアだ。

「マスター、何か作って。今日の私は強いのが飲みたい気分なの」

 ラスティアが頬杖をついてオーダーする。

 バーテンダーの鬼神龍魔呂は、無言で頷いた。

「良いだろう。……魔王の喉を焼くには、これくらいがいい」

 龍魔呂の手が流れるように動く。

 氷をステアする音だけが店内に響き、あっという間に美しい透明な液体がグラスに注がれた。カクテルの王様、マティーニだ。

「マスター、私にもお願い!」

「私も!」

 フレアとルチアナも便乗する。龍魔呂は面倒くさそうな顔も見せず、手際よく三人分を用意して差し出した。

「どうぞ」

 彼女たちはグラスを傾け、一口飲んだ。

「……んっ、美味しい」

 ルチアナがため息をつく。

「本当に。キリッとしてて、でも後味は甘い……。昼間のラーメンもいいけど、夜はやっぱりこれね」

「好きな味だわ。マスター、腕がいいのね」

 ラスティアとフレアも絶賛する。

 龍魔呂はグラスを拭きながら、ふっと口元を緩めた。

(平和なものだ……)

 かつて、血と暴力にまみれた世界で生きてきた。

 安らぎなど、死ぬまで訪れないと思っていた。

 だが今、俺はこうしてシェイカーを振り、客の笑顔を見ている。

 悪くない。こんな余生も――。

 その時だった。

 「おぎゃあ! おぎゃあ! うあぁぁぁん!」

 静寂を切り裂く、赤ん坊の泣き声。

 近くの宿舎で、オークたちが育てている元兵士の赤子が、夜泣きをしたのだ。

 ガチャンッ!!

 龍魔呂の手からグラスが落ち、粉々に砕け散った。

「――!?」

 龍魔呂の瞳孔が開く。

 心臓が早鐘を打ち、視界が歪む。

 泣き声。子供の悲鳴。

 それがトリガーとなり、封印していた地獄の記憶がフラッシュバックする。

 『にいちゃん、たすけて!』

 『ははは! 殺せ! 殺さなきゃ弟の命はないぞ!』

 地下闘技場の湿った空気。血の匂い。動かなくなった弟ユウの冷たさ。

「や、やめろ……。ユウ……」

 龍魔呂はカウンターに崩れ落ちた。

 彼の意志とは裏腹に、制御できない力が溢れ出す。

 ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!

 赤黒い闘気。

 それは魔力でも神気でもない、純粋な殺意の塊。

 『DEATH4』と呼ばれた処刑人のオーラが、店内の空気を凍りつかせ、ボトルに亀裂を入れる。

「な、なによこれ……!?」

「マスター!? 落ち着いて!」

 ラスティアたちが青ざめて立ち上がる。

 彼女たちほどの強者でさえ、肌が粟立つほどのプレッシャー。

 このままでは、彼は暴走し、この店ごと全てを破壊してしまう。

(違う……これは……俺は……殺したくない……!)

 龍魔呂は必死に理性を繋ぎ止めようとするが、震えが止まらない。

 誰か、止めてくれ。俺を処刑してくれ。

 そうでなければ俺は――。

 カランコロン♪

 軽やかなドアベルの音が、殺意の渦を断ち切った。

「こんばんはー。龍魔呂さん、ちょっと仕入れの話があるんだけど」

 入ってきたのは、エプロン姿のカイトだった。

 彼は店内に充満する「死の闘気」に気づかないのか、あるいはそれが彼には通用しないのか、普段どおりの足取りでカウンターへ近づいてくる。

「!? カイト、か……」

 龍魔呂は荒い呼吸で顔を上げた。

 カイトは、汗だくで震えている龍魔呂を見て、キョトンとした。

「どうしたの? 顔色が悪いよ」

「……何でも、ない……。少し、目眩がしただけだ」

 龍魔呂は必死に虚勢を張った。

 だが、カイトはカウンター越しに手を伸ばした。

「疲れてるんですか? ……はい」

 カイトの手のひらに乗っていたのは、一粒の白い結晶。

 角砂糖だった。

「これ、食べてください」

「……」

 龍魔呂は震える指でそれをつまみ、口に放り込んだ。

 ガリッ。

 甘い。

 強烈な甘みが脳髄に走り、血の味を洗い流していく。

 過去の悪夢が遠ざかり、目の前にいるカイトの優しい顔が焦点を結ぶ。

「……ふぅ」

 龍魔呂の体から力が抜け、赤黒い闘気が霧散した。

 彼はようやく、いつもの冷静なバーテンダーの顔に戻った。

「旨いな」

「でしょ? 疲れた時は特別ですよね、働いた後とか」

 カイトはニコニコと笑った。

「僕も、夜疲れた時はホットミルクに角砂糖を入れて飲むんです。ホッとするんですよね」

 龍魔呂はカイトを見た。

 この男は、俺の殺気に気づいていなかったのか? いや、気づいた上で、それを「ただの疲れ」として処理し、俺を救ってくれたのか。

 どちらにせよ、この男は俺の「光」だ。

「ふん……。ミルクもいいが、酒の味も覚えろ」

 龍魔呂はフッと笑い、新しいグラスを取り出した。

 氷を入れ、コーヒーリキュールと、カイトの農場で採れた特濃ミルクを注ぐ。

「俺からの奢りだ」

 カイトの前に、二層に分かれた美しいカクテルが置かれた。

「わあ、綺麗! これ、お酒?」

「カルーア・ミルクだ。甘くて飲みやすい。お前のような子供舌には丁度いいだろう」

「子供舌って……僕もう大人だよ!」

 カイトは口を尖らせながら、グラスに口をつけた。

「……ん! 美味しい! コーヒー牛乳みたいだけど、ちゃんと大人の味がする!」

「だろうな」

 龍魔呂は満足げに頷いた。

 カウンターの端では、ラスティアたちが呆然とその様子を見ていた。

(あの一触即発の空気を……角砂糖一個で鎮めた?)

(カイト様……やっぱり只者じゃないわ……)

 店内に、穏やかな時間が戻る。

 遠くでまた赤ん坊が泣いたが、龍魔呂の手はもう震えなかった。

 目の前に、守るべき日常と、甘いカクテルを飲む友人がいる限り、彼は二度と「鬼」には戻らないだろう。

 この夜の出来事は、龍魔呂にとっての誓いとなった。

 そして物語は、店の地下深くから忍び寄る「本当の邪悪」へとシフトしていく。

 ――次回、地下から湧き出る「黒い泥」が、農場をパニックに陥れる!


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