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EP 5

龍と鬼、そしてラーメン

 カイト農場に、二つの「食の聖地」が誕生してから数日。

 昼は竜神デュークの屋台『龍神軒』。

 夜は鬼神龍魔呂の『BAR 煉獄』。

 どちらも連日大盛況だったが、その店主同士の仲は、水と油のように混ざり合っていなかった。

 ある日の午後。仕込みの時間。

 屋台で豚骨を割っていたデュークが、鼻を鳴らした。

「フン……。軟弱な匂いだ。男ならガツンとニンニクの効いた豚骨を食らわんか」

 その視線の先、ログハウスのテラスでは、龍魔呂がハーブの葉を丁寧に選別していた。

 龍魔呂は手を止めず、涼しい顔で返す。

「……野暮な出汁だな。脂でギトギトのスープなど、味覚が麻痺するだけだ。俺の客には、もっと繊細な芸術カクテルを提供する」

 ピキキッ。

 二人の間に、目に見えない火花が散った。

 神気と闘気。世界を二分しかねないプレッシャーが衝突し、近くにいたスズメが気絶して落ちた。

「ほう……。若造が、我の『至高のスープ』を愚弄するか」

 デュークが寸胴鍋の蓋を叩きつけた。

 彼は調停者としてのプライド以上に、ラーメン職人としてのプライドが高い。

「面白い。ならば貴様のその『芸術』とやらが、我のラーメンより上か試してやろうではないか!」

「望むところだ。……アンタの舌を、俺の角砂糖よりも甘くとろけさせてやる」

 龍魔呂が不敵に笑い、シェイカーを手に取った。

 カイト農場名物、**「第一回・最強料理対決」**の開幕である。

 †

 審査員席には、カイトが座らされていた。

 ギャラリーにはポチ、フェンリル、フレア、ラスティアなど、いつものメンツが揃っている。

「えーと……。二人とも、仲良くやろうよ?」

 カイトが困り顔で言うが、二人の料理人は聞く耳を持たない。

「カイト! まずは我のラーメンを食え!」

 デュークが咆哮した。

 『アルティメット・バースト(火力調整版)』。

 黄金のブレスで寸胴を一気に加熱し、旨味を極限まで凝縮させる。

 湯切りは音速。麺が空中で舞い、美しく丼に着地する。

「食らえ! 『特製・竜神豚骨ドラゴン・トンコツDX』だ!」

 ドンッ!

 出されたのは、背脂が輝く濃厚な一杯。巨大なチャーシューが丼からはみ出している。

 カイトは箸を割り、麺を啜った。

 ズゾゾッ……!

「――っ! くぅ~っ! 美味い!」

 カイトが声を上げた。

 ガツンとくる動物系の旨味。ニンニクのパンチ。それがモチモチの麺に絡みつく。農作業で汗をかいた体に、塩分と脂質が染み渡る。

「やっぱりデュークさんのラーメンは最高だ! 元気が出るよ!」

「グワハハハ! そうだろう! これぞ男の飯よ!」

 デュークが高笑いし、龍魔呂を見下ろした。

 龍魔呂は静かにフンと鼻を鳴らし、カイトの前に美しいグラスと小皿を置いた。

「次は俺だ。……口直しをしてくれ」

 龍魔呂が差し出したのは、宝石のように美しい『彩り野菜のテリーヌ』と、淡いピンク色のノンアルコールカクテルだった。

 彼は調理に包丁を使わなかった。

 ただ、赤黒い闘気を指先に纏わせ、野菜の細胞を壊さぬよう瞬時に切断したのだ。

「どうぞ」

 カイトはテリーヌを口に運んだ。

 ……パクッ。

「…………あぁ」

 カイトから、ため息のような声が漏れた。

 優しい。

 野菜本来の甘味と、出汁のジュレが口の中で解けていく。ラーメンの脂っこさが洗い流され、五感が研ぎ澄まされるようだ。

 そしてカクテルを飲むと、サトウキビ由来の自然な甘さが、疲れを癒やしてくれる。

「すごい……。龍魔呂さんの料理は、心が落ち着くよ。まるでお母さんに抱っこされてるみたいだ」

「……ふっ。悪くない感想だ」

 龍魔呂が口元を緩めた。

 審査員のカイトは、二人の料理を交互に見て、ニコニコと笑った。

「どっちも凄すぎて選べないよ! 昼はラーメンで力をつけて、夜はテリーヌで癒やされる。これが最高の贅沢じゃないかな?」

 その言葉に、デュークと龍魔呂は顔を見合わせた。

「……ふん。まあ、貴様の酒も、口直しには悪くないかもしれん」

「……アンタのスープも、労働の後なら悪くない」

 二人は不器用に認め合った。

 それを見ていたギャラリーたちが歓声を上げる。

「よーし! 引き分けなら宴会だー!」

「ラーメンとカクテル、両方持ってこい!」

 ポチがチャーシューを頬張り、フェンリルがテリーヌを丸呑みし、ラスティアがカクテルで顔を赤らめる。

 農場は一瞬にしてどんちゃん騒ぎになった。

 その喧騒の中。

 龍魔呂はカウンターの奥で、グラスを拭きながら静かに微笑んでいた。

(……うるさい奴らだ)

 かつて、地下闘技場の冷たい檻の中で、弟のユウと二人、寒さに震えていた夜があった。

 あの頃の自分が見たら、今のこの暖かさを何と言うだろうか。

『にいちゃん、みんなわらってるね』

 幻聴かもしれない。だが、龍魔呂には確かに弟の声が聞こえた気がした。

 彼は胸ポケットから角砂糖を一つ取り出し、口に含んだ。

「……ああ。悪くない騒ぎだ」

 甘さが広がる。

 鬼神の表情は、ただの穏やかなバーテンダーのものになっていた。

 カイト農場の食卓は、今日も最強で、最高に騒がしい。

 だが、この幸せな時間の裏で、地下深くの「黒い泥」は、着実にその量を増していた。

 カイトがそれを「温泉」と勘違いする瞬間まで、あとわずかである。

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