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EP 4

最強の男、角砂糖に泣く

 農場の畑で、カイトと龍魔呂は並んでサトウキビの収穫をしていた。

「……手際がいいな」

 龍魔呂が感心したように呟く。

 カイトはくわを置き、汗を拭った。

「そう? 龍魔呂さんこそ、鎌の使い方が達人級だよ。まるで、長年その道で生きてきたみたいだ」

「……人を刈るのと、草を刈るのは似たようなものだからな」

 龍魔呂はボソリと呟いたが、カイトには聞こえなかったようだ。

 カイトは収穫したサトウキビを束ねながら、嬉しそうに言った。

「実はさ、このサトウキビを使って、新しい調味料を作ってみたんだ。よかったら味見してくれる?」

 カイトはポケットから小さなガラス瓶を取り出した。

 中に入っているのは、精製したばかりの純白の結晶。

 一辺1センチほどの、綺麗な**「角砂糖」**だった。

「角砂糖……」

 龍魔呂の目が、わずかに見開かれた。

 それは、彼が元の世界(日本)で最も愛し、そして最も辛い記憶と結びついている食べ物だったからだ。

「どうぞ。自信作なんだ」

 カイトが瓶から一つ取り出し、手のひらに乗せて差し出す。

 龍魔呂は震える指でそれを摘み上げた。

 太陽の光を浴びて、キラキラと輝く白い塊。

 彼はそれを口に放り込んだ。

 カリッ……。

 前歯で砕いた瞬間、濃厚で、それでいて優しい甘みが口いっぱいに広がった。

 疲れた脳髄に染み渡る、強烈な糖分。

 そして、その味は――鮮烈なフラッシュバックを引き起こした。

 『にいちゃん、あまいね!』

 弟のユウの声が聞こえた気がした。

 ゴミ捨て場のような貧民街で、盗んだ本で必死に勉強し、なけなしの金で買った角砂糖を二人で分け合った日々。

 ユウを守るために地下闘技場で血に塗れ、鬼となり、多くの命を奪ってきた日々。

 その果てに、守りたかった弟すら失い、復讐の鬼と化した孤独な夜。

 ずっと、口の中は血の味しかしなかった。

 世界は赤と黒の憎悪で塗り潰されていた。

 なのに、どうだ。

 この角砂糖は、あまりにも白く、甘く、温かい。

「――――」

 龍魔呂の冷酷な瞳から、一筋の雫が零れ落ちた。

 ポタリ、と足元の土を濡らす。

 自分でも気づかないうちに、涙が止まらなくなっていた。

「あ、あれ? 龍魔呂さん? もしかして虫歯だった!?」

 カイトが慌てて顔を覗き込む。

 最強の男が、たかが砂糖菓子一つで泣いているのだ。普通なら驚くだろう。

 だが、カイトは違った。彼は龍魔呂の涙を見て、優しく微笑んだ。

「……そっか。懐かしい味がしたんだね」

 その言葉に、龍魔呂はハッとした。

 この男には、見えているのか。俺の背負っている業や、血塗られた過去ではなく、ただの「ホームシックにかかった男」としての姿が。

「……ああ。懐かしいな。昔、弟と一緒に食べた味だ」

 龍魔呂は袖で乱暴に涙を拭った。

 憑き物が落ちたような顔だった。

 カイトは何も聞かず、ただ頷いた。

「龍魔呂さん。もし行くあてがないなら、ここにいない?」

「……俺にか?」

「うん。龍魔呂さん、料理も上手そうだし。実は、夜に大人がお酒を飲める場所がなくて困ってたんだ。龍魔呂さんが店を出してくれたら、みんな喜ぶと思うよ」

 店。

 昼は小料理屋、夜はBAR。かつて自分が日本で営んでいた、つかの間の安息の場所。

「……悪くない提案だ」

 龍魔呂はフッと笑った。

 その笑顔には、もう殺気はなかった。

「だが、俺の料理は高いぞ? それに、俺はカタギじゃない客も呼び寄せるかもしれん」

「ははは、うちは魔王とかドラゴンとか変な客ばっかりだから大丈夫だよ! それに、美味しいものには対価を払うのが当然でしょ?」

 カイトの能天気な言葉に、龍魔呂は肩の力を抜いた。

「分かった。雇われてやろう。……ただし、報酬は金じゃない」

 龍魔呂は空になったガラス瓶を指差した。

「この角砂糖だ。これを毎日、俺に寄越せ」

「え? そんなのでいいの?」

「ああ。それが今の俺には、どんな宝石よりも価値がある」

 †

 その夜。

 カイト農場の片隅にある、使われていなかったログハウスに、赤提灯ならぬシックな看板が掲げられた。

 【BAR 煉獄(Purgatory)】

 カウンターの中には、黒いベストに赤いネクタイを締めた龍魔呂が立っていた。

 シェイカーを振るその姿は、昼間の農夫とは別人のように洗練されている。

「いらっしゃいませ。……迷える子羊たちよ」

 ドアが開く。

 最初の客は、昼間の騒ぎを聞きつけた女性陣だった。

「あら、本当に新しいお店ができてるわ! ……って、マスター、すっごいイケメンじゃない!?」

 魔王ラスティアが目を輝かせる。

 隣には不死鳥フレアと、天使ヴァルキュリアもいる。

「な、なによその憂いを帯びた瞳は……! 私の『不死鳥の眼』で見ても、底が見えないわ!」

「黒と赤のオーラ……堕天使のような危険な香りがします……(トゥンク)」

 龍魔呂は無表情でカクテルグラスを磨き、静かに言った。

「注文は? ……俺のおすすめは、血のように赤い『ブラッディ・マリー』だが」

「そ、それでお願いしますぅぅ!!」

 黄色い悲鳴が上がる。

 龍魔呂は心の中で苦笑した。

 平和だ。あまりにも平和すぎて、拍子抜けする。

 だが、悪くない。

 カウンターの隅では、カイトがホットミルク(角砂糖入り)を飲みながら、ニコニコと笑っていた。

 龍魔呂はカイトに目配せをし、小さく呟いた。

(……礼を言うぞ、カイト。この場所は、俺が命に代えても守ってやる)

 鬼神龍魔呂。

 最強の処刑人は今宵、カイト農場の「影の守護者バーテンダー」として生まれ変わったのである。

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