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EP 3

鬼神、農場に立つ~最強のバーテンダーと耕す者~

 それは、ただの偶然ではなかった。

 世界の因果律を管理する女神ルチアナですら制御できない、「強すぎる異物」を呼ぶ強い魔力の波動。

 その因果に引かれ、鬼神龍魔呂きしん たつまろはアナステシア世界へと辿り着いた。

 彼は黒を基調としたジャケットを翻し、農場の入り口に静かに立つ。

 その双眸は冷たく、この地を品定めしていた。

「さて……凶が出るか。邪が出るか。何にせよ、悪が出たら、処刑だ」

 彼の流儀に、カタギの者はいない。だが、この地の平和はあまりにも異様だった。

 龍魔呂は畑を見た。

 一分の隙もないうね。活き活きと実る作物。その土壌からは、神に祝福されたような生命力があふれている。

「ほお……よく育ててある」

 龍魔呂の脳裏に、幼い弟ユウのために、独学で野菜を育てていた貧しい日々が蘇る。

「俺も昔は土いじりをしたものだ」

 †

 だが、その静寂はすぐに破られた。

 庭の警備をしていた狼王フェンリルが、侵入者の凄まじい闘気に気づき、即座に身構えたからだ。

「待ちな! テメェは誰だァ!」

 フェンリルは構える間もなく、瞬時に自己の氷狼分身を五体生成し、周囲を取り囲ませる。

 同時に、縁側で昼寝をしていたポチ(始祖竜)が、ギロッと目を開けた。

「ぐるるる……(生半可な相手じゃねぇな……)」

 ポチの本能が警鐘を鳴らしている。

 目の前の人間は、自分やデューク、ラスティアと同格、あるいはそれを超える「絶対強者」の臭いがする。

 龍魔呂は無表情で、警戒の構えを取る最強の番犬とペットを一瞥した。

「何だ? お前らは」

 その言葉には、一切の感情がなかった。

「このシマは俺の縄張りでね! 侵入者はしつけが必要だぜ!」

 フェンリルは闘志を燃やし、一歩踏み出した。

 ポチは尻尾を叩きつけ、口元に『終焉のブレス』を凝縮し始める。

 龍魔呂はため息をついた。

 (面倒だ。殺気がない分、余計に面倒な奴らだ)

 フェンリルは待てない。

 「遊んでやるよ!」

 狼王は『絶対零度ブレス』を放った。極限の冷気が空間を凍らせながら、龍魔呂へと一直線に襲いかかる。

 同時に、ポチも迎撃として同種の『ゼロ・ブレス』を吐き、空間で激突。冷気同士が相殺され、農場には白い霧が充満した。

 しかし、その霧の中。

 龍魔呂は動じない。

 彼は右手の指に闘気の指輪を装着すると、全身に赤黒い闘気を纏わせた。

 バリバリバリ!!

 闘気は、空間を歪ませながら、ポチとフェンリルのブレスの余波を、たった一発の拳で跳ね飛ばした。

 ドォンッ!

 ブレスは明後日の空へ消える。

 ポチとフェンリルは、その余波で吹き飛ばされそうになったが、なんとか踏みとどまった。

「ぐるるる……(やるなぁ……楽しくなってきた)」

 ポチは殺気を漲らせた。久々に本気で遊べる相手だと。

 フェンリルも興奮で銀色の毛を逆立てた。

「ヒャハハ! マジモンかよ! ガチ勢大好物ぅ!」

 二匹(二柱)が再び突撃しようとした、その瞬間だった。

「――何を、してるの~?」

 のんきで、場違いで、間の抜けた声が響いた。

 畑の中から現れたのは、麦わら帽子を被った農夫――カイトだ。

「僕の畑で、また激しく遊んでるの? 収穫に影響が出ちゃうじゃないか」

 カイトは鍬を担ぎ、不機嫌そうな顔でポチとフェンリルを見た。

 戦闘狂二匹は、主人の(または家主の)言葉に、ビクッと動きを止める。

 そして、龍魔呂の方を見た。

「ん? 何だお前は?」

 龍魔呂は拳を下げた。殺気も闘気も霧散させる。

 この男の気配は、他の神々や王たちとは違う。どこまでも穏やかで、静かだ。

「僕はカイトです。この農園の管理者みたいな者です」

「管理者……」

 龍魔呂はカイトを頭からつま先まで観察した。

 武力E。魔力F。……しかし、その背中には、世界最強の獣たちを従える、揺るぎない「中心軸」が見えた。

「そうか。ここは良い農園だな」

 龍魔呂の視線は、カイトの背後に生えているサトウキビの畑に移った。

「そのサトウキビは特に」

 彼は懐かしむように、サトウキビの茎を一本、無造作に折った。

 そして、冷たい瞳のまま、それを口に含む。

「……頂こう」

「美味しいですか?」

 カイトは緊張など微塵もなく、無邪気に尋ねた。

「まぁまぁ、だな。だが、土の配合を変えるべきだ」

「え?」

 龍魔呂は口の中でサトウキビを噛み砕きながら、静かに指摘を始めた。

「この地は鉄分が不足し、カルシウムが過多。茎が太くなる代わりに、糖度の上昇が頭打ちになっている。本来なら、さらに二割は甘くなるはずだ」

「つ、土の配合……!?」

 カイトは驚愕した。

「肥料はどうしてある?」

「は、はい。トライバードの糞を、牛骨粉と混ぜて……」

「成る程。比率を変えるべきだな。豚骨……いや、牛骨粉の量を減らし、発酵させた木灰を混ぜる。そうすれば、リン酸が不足せず、糖度が上がる」

「!?」

 カイトは目を見開いた。

 この男、素人ではない。まるで熟練の農学者のような口ぶりだ。

「僕より詳しい! あなたは一体……!」

 俺の畑を瞬時に見抜いた、この冷酷な強者は何者なのか。

 龍魔呂は、カイトの驚きを意に介さず、サトウキビをしゃぶり続けた。

「……昔取った杵柄きねづか、というやつだ」

 そう呟いた龍魔呂の横顔は、数分前まで最強の神獣と殺し合いをしていた冷酷な鬼神ではなく、ただの「土を愛する職人」の顔をしていた。

 こうして、龍魔呂の農場への滞在が決定した。

 カイトは彼を「農業に詳しい料理人」だと認識した。

 ポチとフェンリルは「危険だが、最高の遊び相手」だと認識した。

 そして龍魔呂は、この農場を「己の心と体を癒やす唯一の安息の地」だと悟ったのである。

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