EP 2
経済を破壊する善意(VS ルーベンス)
カイト農場に、エルフの巫女ルナが加わってから数日が経った。
彼女は【農業顧問補佐】という肩書をもらい、張り切っていた。
「さあ、お野菜さんたち! 今日も元気に育つのですよ~!」
ルナが杖を振ると、カボチャが馬車サイズに膨れ上がり、ナスが光り輝き始めた。
その横で、経理担当の魔族宰相ルーベンスが、頭を抱えてうずくまっていた。
「……まただ。また規格外品を作りおった……。こんなデカいカボチャ、どうやって流通させるんだ。箱に入らんぞ……」
ルーベンスは、カイト農場の経営を一手に引き受けていた。
彼の緻密な計算のおかげで、農場の収益は右肩上がりだったが、ルナという「乱数」のせいで、彼の胃壁は限界を迎えていた。
「ルナ! 魔法を使うなと言っただろう! 貴様が動くと市場価格が乱高下するんだ!」
「えぇ~? でもぉ、大きく育ったほうがみんな嬉しいですわよ?」
ルナはキョトンとしている。
エルフの森(世界樹による全自動供給社会)で育った彼女には、「需要と供給」や「物流コスト」という概念が存在しないのだ。
「はぁ……。貴様には社会勉強が必要だ。今日は街へ買い出しに行くぞ」
ルーベンスは決断した。
この世間知らずの姫様に、お金の重みを教え込む必要があると。
†
国境の街ベルン。
活気あふれる市場に、奇妙な三人組が現れた。
のんきにキョロキョロするカイト。
目を輝かせるルナ。
そして、胃薬を片手に監視の目を光らせるルーベンスだ。
「わぁ……! 人がいっぱいですわ! あのお肉、美味しそうです!」
「ははは、ルナちゃんは街に来るの初めて? 今日は日用品を買うついでに、好きなものを買っていいよ」
カイトが言うと、ルーベンスが釘を刺した。
「カイト殿、甘やかさないでください。予算は決まっています。ルナ、貴様も勝手な行動は慎めよ」
「は~い」
ルナは返事だけは良かった。
だが、ルーベンスが金物屋で農具の値段交渉をしている、ほんの数分の隙だった。
「あら? あの方、困っているようですわ」
ルナの目に入ったのは、路地裏でうなだれている一人の行商人だった。
彼の荷車には、売れ残った大量の「鉄くず」が積まれている。
「はぁ……。今年の鉄相場は大暴落だ。これじゃあ娘に土産も買えねぇ……」
商人の独り言を聞いたルナの心に、慈愛の炎(善意100%)が点火した。
(まあ、可哀想に! 鉄の価値が下がったのなら、もっと価値のあるものに変えてあげればいいのですわ!)
ルナは商人に歩み寄った。
「こんにちは、おじ様。その鉄くず、私が買い取りますわ!」
「え? じょ、嬢ちゃん、こんなゴミ買ってどうするんだい? それに、金はあるのか?」
商人が怪訝な顔をする。
ルナはニコリと笑った。
「お金? あいにく持ち合わせがありませんの。……でも、これならどうかしら?」
ルナは道端に落ちていた手頃な「砂利」を一つまみ拾い上げた。
そして、杖を一振り。
彼女の固有スキル【擬似錬金術】が発動する。
「――『輝きよ、宿れ(ゴールド・ラッシュ)』☆」
カッッッ!!!!
まばゆい光が路地裏を包んだ。
ルナの手のひらにあった砂利が、分子レベルで組み替えられ、純度99.9%の「金塊」へと変貌したのだ。
しかも、一つではない。彼女の「サービス精神」により、砂利の山がすべて金塊に変わった。
「ひぃっ!? き、金!? 全部、金かぁぁぁ!?」
商人が腰を抜かす。
ルナは無邪気に金塊の山を差し出した。
「これでお支払いしますわ。お釣りはいりませんから、娘さんに美味しいものでも買ってあげてね!」
「あ、ありがとうごぜぇます女神様ぁぁぁ!!」
商人が狂喜乱舞し、金塊に飛びつこうとした――その時。
「――待てェェェェェェイッ!!!!」
疾風のごとく現れた黒い影が、商人の手を掴んで止めた。
血走った目で現れたのは、ルーベンスだ。
「ルナァァァ!! 貴様、何をした!!」
「あら、ルーベンスさん。お買い物をしていましたの。お金がなかったから、石で作りましたのよ」
ルナは「褒めて」と言わんばかりのドヤ顔だ。
ルーベンスは泡を吹いて倒れそうになった。
「ば、馬鹿者ぉぉぉ!! 貴様の錬金術は『3日で元に戻る』だろうが!!」
「ええ。そうですけど?」
「それを渡したらどうなる!? 3日後に金塊がただの砂利に戻るんだぞ! この商人はぬか喜びした挙げ句、詐欺被害で破産だ! いや、それ以前にこんな大量の金を市場に流したら、この街の経済が崩壊する!」
ルーベンスの怒号が響く。
商人は「えっ、石に戻る……?」と青ざめ、ルナは「あら、3日あれば使えますでしょ?」と首を傾げている。
「そういう問題ではないッ! これは通貨偽造だ! 国家反逆罪レベルの大犯罪だぞ!!」
ルーベンスは頭を抱えた。
このエルフ、悪気がない分タチが悪い。善意で犯罪(詐欺・通貨偽造)を働いている。
「回収だ! 今すぐ元に戻せ!」
「えぇ~? せっかく綺麗にできましたのに……」
ルナが不満そうに頬を膨らませた時、カイトが追いついてきた。
「おーい、二人とも。何してるんだ?」
カイトは路地裏に積まれた「金塊の山」を見た。
普通の人間なら、目が眩む光景だ。
だが、カイトの認識フィルターは正常に(異常に)作動した。
「ん? なんだこの黄色い石。……ああ、ルナちゃんが魔法で色を塗ったのか?」
「カイト様……?」
「綺麗な金色だね。図工の作品かな? でも、お店の人に迷惑かけちゃダメだよ」
カイトは金塊を「金色のペンキを塗ったただの石」だと認識した。
なぜなら、まさか道端で本物の金を錬成する馬鹿がいるとは思わないからだ。
「これ、重くて邪魔だろうし、俺が引き取るよ」
カイトは金塊(推定数億円分)を軽々と持ち上げた。
「ちょうど漬物石が足りなかったんだ。形もいいし、家の樽に使わせてもらうね」
「あ、はい……」
商人は、あまりにも自然なカイトの振る舞いに、何も言えなかった。
ルーベンスだけが、深く安堵の息を吐いた。
(助かった……。カイト殿が『価値のない石』として扱ってくれたおかげで、経済崩壊は免れた……)
†
帰り道。
ルーベンスは、ルナの首根っこを掴んで説教をしていた。
「いいか、ルナ。今日から貴様の財布は私が管理する。一円たりとも勝手に使うな。魔法で物を増やすのも禁止だ。分かったな!」
「ぶぅ……。ルーベンスさんはケチですわ。おじ様を助けてあげたかっただけなのに」
「助けるどころか地獄に落とすところだったんだよ!」
前を歩くカイトは、背中の籠に入った金塊(漬物石)の重みを感じながら苦笑した。
「ははは、賑やかでいいなぁ。ルナちゃんも、今度はちゃんとしたプレゼントを買おうね」
「はい! カイト様!」
ルナはすぐに機嫌を直した。
こうして、ベルンの街の経済危機は未然に防がれた。
後日、カイトの家の漬物樽を開けると、中に入っていた石が3日後にただの砂利に戻っていたのを見て、カイトは「あれ? 色が落ちちゃった。やっぱり安いペンキだったのかな」と首を傾げることになる。
ルーベンスの胃痛の日々は、まだまだ続く。




