表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/140

EP 19

正歴史の語り部と、勘違い

 スタンピード(という名の大収穫祭)が終わり、カイト農場には静かな夜が訪れていた。

 戦いの後の心地よい疲労感と、満腹感。

 そして、夜風に乗って漂うのは、屋台『龍神軒』から香る豚骨スープの匂いだ。

「へいお待ち。戦いの後のラーメンは格別だぞ」

 ねじり鉢巻姿の竜神デュークが、湯切りをした麺を丼に放り込む。

 今日の具材は特別製だ。昼間に倒した「カトブレパスのチャーシュー」と、カイトが育てた「聖なる白ネギ」が山盛りになっている。

「いただきまーす!」

 カイト、ラスティア、フレア、フェンリル、ルチアナ、そしてドラグラス。

 世界の支配者たちが、屋台の長椅子に肩を並べて座り、ズルズルと麺を啜っている。

「ん~っ! このスープ、深みが違うわね!」

「魔獣の骨髄まで煮込んだからな。コラーゲンたっぷりで肌に良さそうだ」

 神々が舌鼓を打つ中、店主のデュークは葉巻をふかし、遠い目をして夜空を見上げた。

「……ふむ。こうして皆で飯を食っていると、昔を思い出すな」

「昔?」

 カイトがレンゲを止めて尋ねると、デュークはニヤリと笑った。

「ああ。貴様ら人間が生まれるずっと前、神話の時代の話だ」

 デュークは語り始めた。

 それは、今の平和な農場からは想像もつかない、血塗られた『正歴史』だった。

「創世の昔、我ら調停者は女神ルチアナと共に、邪神デュアダロスと戦った。まあ、あの時は大変だったが……それ以上に厄介だったのが、その後の『古代大戦』だ」

 デュークの視線が、カイトの膝の上で丸くなっているポチ(始祖竜)に向けられる。

「天使、魔族、竜人族が覇権を争っていた時代。竜人族の中に、とんでもない『暴れん坊』が現れてな。そいつは時を操り、万物を消し飛ばすブレスを吐き、世界をあと一歩で征服するところだった」

 デュークはポチの鼻先を指で小突いた。

「なぁ? そこのチビ助」

「……え?」

 カイトは目を丸くした。

 チビ助って、ポチのことか?

「ポチが……世界征服?」

「そうだ。我とフレア、フェンリル、それに当時の天使と魔族が手を組んで、ようやく止めたんだ。いやぁ、あの時のこやつの暴れっぷりは凄まじかったぞ。大陸を二つほど海に沈めおったからな」

 デュークは「懐かしい武勇伝」のように笑って話した。

 だが、それを聞いたカイトの脳内変換は、全く別の方向へ作動していた。

(なるほど……。ポチにも『やんちゃな時期』があったんだな)

 カイトは納得した。

 犬や猫にも、家の柱をかじったり、障子を破ったりする時期がある。

 体が大きくて力のあるポチの場合、それがちょっと「大陸規模」だっただけなのだろう。

「そっかぁ。ポチ、お前も昔はワルだったんだな」

 カイトはポチの頭を優しく撫でた。

「でも、今はこんなに大人しいもんな。きっと、若気の至りってやつだろ?」

「きゅぅ……(昔の話は時効だ)」

 ポチはバツが悪そうに顔を背け、カイトの服に顔を埋めた。

 その仕草は、昔の悪行をバラされて恥ずかしがる子供そのものだ。

「ははは! 反省してるみたいだし、許してやってよデュークさん」

 カイトが笑うと、デュークも肩をすくめた。

「まあな。今は貴様の作ったネギを美味そうに食っておる。牙が抜けた……いや、丸くなったと言うべきか」

 和やかな空気が流れる。

 かつて殺し合った仇敵同士が、一つの屋台で、同じラーメンを食べて笑い合っている。

 その光景を見て、震えている男が一人いた。

 竜王ドラグラスである。

「う……うぅ……っ」

 彼は丼を抱えたまま、ボロボロと大粒の涙を流していた。

「ど、どうしたのドラグラスさん!? ネギが辛かった!?」

 カイトが驚いて背中をさする。

 ドラグラスは首を振った。違うのだ。

 彼は、竜人族の長として、一族の悲しい歴史を背負ってきた。

 覇権争いに敗れ、世界中から憎まれ、辺境に追いやられた竜人族。

 「いつか復讐を」「覇権を取り戻せ」と叫ぶ保守派の声に、ずっと心を痛めてきた。

 だが今、目の前にあるのは何か。

 かつて一族を倒した宿敵(調停者デューク)と、一族が崇めた始祖ポチが、憎しみを乗り越えて並んでいる。

 そこには、復讐も差別もない。あるのは、美味いラーメンと、カイトという青年の屈託のない笑顔だけだ。

「……長かった……。本当に、長かった……」

 ドラグラスは男泣きした。

 この一杯のラーメンが、数千年の怨恨を溶かしていく気がした。

「こんな日が来るとは……。竜人族の未来は、ここにあったのだな……」

「ドラグラスさん……?」

 カイトは困惑した。

 やっぱり仕事(中間管理職)が辛いんだろうか。酔って昔を思い出して泣き上戸になるおじさんは、日本にもよくいた。

「よし、分かった。ドラグラスさん、これ持って帰んな」

 カイトはタッパーに、余ったチャーシューと煮玉子をたっぷり詰めて渡した。

「家に帰って、息子さんたちと一緒に食べるといいよ。美味いもん食えば、悩みなんて吹っ飛ぶからさ」

「カイト殿……!」

 ドラグラスはタッパーを聖杯のように掲げ持った。

 これだ。これを里の若者たちに食わせよう。

 「世界征服」などという虚しい夢よりも、もっと素晴らしい「幸せ」がここにあると教えるために。

「ありがとう……! いただきますッ!!」

 ドラグラスはスープまで飲み干し、深々と頭を下げた。

 その夜。

 竜人族の里では、族長が持ち帰った「伝説のチャーシュー」を巡り、保守派も若者も一緒になって舌鼓を打ち、「人間界にはこんなに凄い宝があるのか!」と大騒ぎになったという。

 カイトは知らない。

 自分の作った煮玉子が、大陸最強の戦闘種族を「親人間派(ラーメン派)」に転向させ、新たな世界平和の礎となったことを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>かつて一族を倒した宿敵(調停者デューク)と、一族が崇めた始祖ポチが、憎しみを乗り越えて並んでいる。 これ、EP14だとデュークさんを崇めていてポチが禁忌になってるのでひっくり返っちゃってるみたいで…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ