EP 17
神々の喧嘩と、カイトの雷
カイト農場の午後。
平和なはずのティータイムが、一触即発の修羅場と化していた。
ことの発端は、テレビ電話(魔法通信)で送られてきた、天界からの業務催促だった。
「――おい、ルチアナ。貴様、いつまでサボっているつもりだ」
屋台『龍神軒』の仕込みをしていた竜神デュークが、ビールを飲んでいる女神ルチアナを睨みつけた。
「邪神の封印監視システムからエラーが出ているぞ。管理者権限を持つ貴様が承認印を押さんと、現場が動かんのだ。仕事をしろ」
正論である。
だが、ジャージ姿ですでにジョッキ3杯目を空けているルチアナは、鼻で笑った。
「はぁ? あんた何言ってんの? あんたが働くべきよ」
ルチアナは唐揚げをフォークで突き刺し、堂々と言い放った。
「私は今、有給休暇中なの。オフなの。今の私は女神じゃなくて、昼間っから唐揚げを食べてビールを飲む、ただの『いい女』ですぅーだ!」
「貴様……ッ! 創造主としての責任感はないのか!」
デュークのこめかみに青筋が浮かぶ。
そこへ、洗濯物を畳んでいた不死鳥フレアが横から口を挟んだ。
「まあまあ。ルチアナがダメなら、デュークが働けばいいじゃない?」
「なに?」
「邪神の封印の上書きとか、増えすぎた魔物の間引きとか。あんたの得意分野でしょ? さっさと行ってきなさいよ」
フレアは「私は忙しいのよ(カイトのシャツの匂いを嗅ぐのに)」という顔をしている。
デュークは持っていた湯切りザルを床に叩きつけた。
「バカを言うな! そんな面倒な事を我がするか! 我は今、スープの『あく取り』という重大な仕込みの最中なのだ! ここを離れられるか!」
「スープと世界の危機、どっちが大事なのよ!」
「スープに決まっておろうが!!」
神々の会話レベルが低すぎる。
すると、庭で寝転がっていた狼王フェンリルが、ガバッと起き上がった。
「あー、うっせえな。じゃあ俺が行ってやるよ」
フェンリルはボキボキと指を鳴らし、狂犬の笑みを浮かべた。
「魔族や人間達の小競り合いを止めればいいんだろ? 全員『絶対零度』で氷像にしてやりゃあ、静かになるぜぇ?」
それを聞いて、パック中だった魔王ラスティアが飛び起きた。
「ちょっと! あんたは加減しないから勘弁してよ! 私の国の兵士まで全滅させる気!?」
「知らねえよ! 弱え奴が悪いんだろ!」
「なんですってェ!?」
ゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!
四柱の神気が衝突した。
大気が悲鳴を上げ、空が割れ、農場の地面が激しく揺れる。
カイトの家がきしみ、干していた布団が吹き飛びそうになる。
世界を滅ぼしかねないエネルギーの奔流。
もはや言葉による解決は不可能。神話大戦の再来かと思われた――その時。
ダンッ!!!!
激しい音が響いた。
カイトが、テーブルを両手で叩いた音だった。
「――いい加減にしろおおおおおおおッ!!!!」
カイトの怒号が、神々の魔力を切り裂いて轟いた。
デューク、ルチアナ、フレア、フェンリル、ラスティアが、ビクッとして動きを止める。
「カ、カイト……?」
「カイト様……?」
カイトは鬼の形相で立ち上がっていた。
その背中には、怒りのオーラ(農家の威圧)が揺らめいている。
「お前ら……農業をなめんなよ! 神様だか王様だか知らないけどな、ウチの敷地で喧嘩して、畑に被害が出たらどうするんだ!」
カイトは人差し指をビシッと突きつけた。
「それに! 毎日毎日、ゴロゴロして飯ばっかり食いやがって! ここは孤児院じゃないんだぞ! 『働かざる者食うべからず』だ! 働けぇぇぇッ!!」
正論の暴力。
世界の支配者たちは、ただの人間(家主)に説教され、縮こまった。
だが、まだ反論の余地があると思っていた彼らに、トドメの一撃が放たれる。
カイトの足元にいたポチ(始祖竜)が、冷ややかな目で見上げ、低く唸ったのだ。
「ぐるるるる……」
その意思(翻訳)が、神々の脳内に直接響き渡る。
『(おいおい、見苦しいぞお前ら。俺を見ろ。まだ生まれて数ヶ月の赤子だが、ちゃんと庭の害虫駆除(ドラゴンイーターの捕食)をして働いているぞ? それに比べてお前らは……まさか、俺以下のニートか?)』
「「「「「…………ッ!!!!」」」」」
全員の心が折れる音がした。
始祖竜に、「ニート」扱いされた。
これ以上の屈辱と敗北感は、数億年の歴史の中でも存在しない。
「うぅ……ごめんなさい……」
最初に陥落したのはルチアナだった。彼女はジョッキを置き、涙目で立ち上がった。
「じゃ、じゃあ……私、皿洗いをしますぅ……」
「わ、私は洗濯物の取り込みを!」
フレアも慌ててベランダへ走る。
フェンリルは「お、俺は畑の警備に行ってくる!」と逃げ出した。
「ふん、我はちゃんと働いているぞ。ほら、ラーメンがある」
デュークだけは強がったが、カイトに「じゃあ今夜の従業員のまかない、50人前頼みますね」と言われ、「ぐぬぬ……」と寸胴に向き直った。
残されたのはラスティアだ。
彼女は家事が壊滅的にできない。
「え、えぇ~? 私、何をすれば……? 重力魔法で漬物石とか?」
「ラスティアさんは、そこの庭の草むしりをお願いします。一本でも残ってたら夕飯抜きです」
カイトの無慈悲な宣告。
魔王たるもの、地べたを這いつくばって草むしりなどプライドが許さない。
そこで彼女は、禁断の奥の手を使った。
「で、出でよ! 冥界の番犬、ケルベロス!!」
ズオオオッ!
黒い霧と共に、三つの首を持つ巨大な魔犬が現れた。
本来なら勇者を食い殺すS級魔獣だ。
「グルァッ!(魔王様、敵ですか!)」
ケルベロスがやる気満々で吠える。
ラスティアは冷徹に命じた。
「ケルベロス、草むしりを手伝いなさい。一本たりとも残すんじゃないわよ」
「……あ?」
ケルベロスの三つの首が同時に固まった。
聞き間違いだろうか? 地獄の番犬に、園芸をやれと?
「聞こえないの? やらないなら……ポチのエサにするわよ?」
ラスティアが指差した先には、ヨダレを垂らしてこちらを見ている始祖竜がいた。
「ギャ、ギャウンッ!?(やります! やらせてください!)」
ケルベロスは情けない声を上げ、猛烈な勢いで庭の雑草をむしり始めた。
三つの口を器用に使って、ブチブチと草を抜いていく姿は涙を誘う。
「よし、みんな真面目にやってるな」
カイトは満足げに頷き、お茶を啜った。
こうして、神々の喧嘩は収束し、農場の労働力はさらに強化された。
その様子を、物陰から見ていた魔族宰相ルーベンスと天使長ヴァルキュリアは、手を取り合って震えていた。
「……見たか、天使よ。あの男、神々を顎で使っていやがる」
「ええ、悪魔よ……。カイト様こそ、真の創造主なのかもしれません」
カイト農場のヒエラルキーが完全に確定した瞬間だった。
1位:カイト & ポチ
2位:農作物
3位:神々(ニート脱却中)




