EP 12
婚活不死鳥、空から墜落
上空八千メートル。成層圏に近い空を、一羽の巨大な赤い鳥がフラフラと飛んでいた。
世界の調停者、不死鳥フレアである。
「あーもう! あのクソジジイ(竜神デューク)! また私に仕事を押し付けてぇぇぇ!!」
フレアの絶叫が空に吸い込まれていく。
彼女はつい先程まで、西方大陸で封印が緩みかけた「邪神の泥」を焼き払う作業をしていたのだ。
本来なら三人いる調停者で分担すべき案件だ。だが、リーダーのデュークは「ラーメンのスープ作りで忙しい」と通信を切断し、もう一人のフェンリルは「強い奴と戦う旅に出る」と蒸発した。
「なんなのよ! 私はあいつらのママじゃないのよ! 不死身だからってコキ使っていいわけ!?」
彼女の美しい羽は煤で汚れ、魔力も底をつきかけていた。
数千年間、休みなし。当然、彼氏いない歴も数千年。
「私だって恋がしたい! 優雅にエステに行きたい! こんな仕事ばっかりじゃ、肌荒れして誰も寄ってこないじゃない!」
その時。限界を迎えた彼女の翼が痙攣した。
「……あ、ガス欠」
ヒュルルルル……。
不死鳥は制御を失い、真っ逆さまに墜落し始めた。
薄れゆく意識の中で、彼女は眼下に「信じられないほど濃密で温かい魔力の光」を見た。
(あそこなら……傷を癒やせるかも……)
彼女は最後の力を振り絞り、その光の中心――カイトの農場へと滑空した。
†
ドスンッ!!
裏の畑で大きな音がした。
カイトは鍬を止め、音のした方へ駆け寄った。
「なんだ? 隕石か?」
そこに落ちていたのは、石ではなく、巨大な赤い鳥だった。
ダチョウよりも大きい。全身の羽が焦げたように黒ずんでおり、ピクリとも動かない。
「うわ、でっかい鳥だな。……七面鳥か?」
カイトは首を傾げた。
クリスマスのローストチキンにしたら百人前はありそうだ。
だが、近づいてみると、鳥が微かに息をしているのが分かった。
「……生きてるな。怪我をしてるのか」
カイトの中で「食材」から「保護対象」へと認識が変わった。
彼は鳥を抱き上げようとした。
重い。だが、異世界転生特典の基礎体力と、日頃の農作業で鍛えた筋肉のおかげで、なんとか持ち上げることができた。
「よし、家に運んで温めてやろう。ポチー! 手伝ってくれー!」
†
カイトの家のリビング。
運び込まれたフレア(鳥形態)は、まだ意識が戻らない。
体が氷のように冷たくなっている。魔力切れによる仮死状態だ。
「これはいけない。もっと温めないと」
カイトは暖炉に薪をくべようとしたが、ふと足元を見た。
そこには、縁側から戻ってきたポチが「なにごと?」という顔で座っている。
「そうだ、ポチ。お前、体温高いよな?」
「きゅ?」
「この鳥さん、寒くて死にそうなんだ。ちょっと温めてやってくれないか?」
ポチは不満げに鼻を鳴らした。
なぜ始祖たる自分が、そこらへんの雑鳥の世話を焼かねばならんのか。
だが、カイトが「あとで高級マスカットあげるから」と手を合わせると、ポチは渋々承諾した。
ポチが鳥の横に寝そべり、その体を鱗に密着させる。
瞬間、ポチの体から**『始祖の聖熱』**が放射された。
それはあらゆる生命エネルギーの根源であり、ただの熱とは次元が違う。死にかけた星すら再生させる奇跡の波動だ。
†
「……んぅ……」
フレアは、包み込まれるような暖かさの中で目を覚ました。
(あったかい……。なにこれ、まるで太陽の核の中にいるような……)
数千年の疲労が、嘘のように溶けていく。
煤で汚れていた羽は、内側から輝くような深紅に変わり、傷ついた魔力回路が瞬時に修復されていく。
「気がついた?」
優しい声が聞こえた。
フレアが目を開けると、そこには優しげな人間の青年――カイトが、湯気の立つカップを持って立っていた。
「あなたは……?」
フレアは無意識のうちに、鳥の姿から人間の姿へと変化した。
真紅のドレスを纏った、炎のような赤髪の美女。
カイトは一瞬目を丸くしたが、すぐに納得したように頷いた。
「ああ、やっぱり獣人族か何かの人だったんだね。怪我が治ってよかったよ」
「え、ええ。助けていただいて……ヒッ!?」
礼を言おうとしたフレアの言葉が凍りついた。
自分の背中。さっきまで「湯たんぽ」代わりに寄り添っていた黒いトカゲと目が合ったからだ。
金色の瞳。底知れぬ覇気。
間違いない。かつて自分たち調停者が束になっても苦戦した、あの『始祖竜』だ。
(な、ななな、なんで始祖がここに!? しかも私、始祖を背もたれにして寝てたの!?)
フレアはパニックで発火しそうになった。
ポチは「チッ、起きたか騒がしい女め」という目で一瞥し、興味なさそうに欠伸をした。
「きゅぅ(マスカットはまだか)」
「よしよし、ポチもお疲れ様。……あ、お姉さん。これ、野菜スープだけど飲む? 体が温まるよ」
カイトがスープを差し出した。
フレアは混乱したまま、震える手でそれを受け取り、一口飲んだ。
ドクンッ!
「――ッ!?」
美味い。
ただのスープではない。中に入っている野菜の一つ一つが、最高級のエリクサー(霊薬)の塊だ。
飲んだ瞬間、肌のキメが整い、髪に天使の輪が生まれ、目の下のクマが消滅したのが自分でも分かった。
「こ、これは……若返りの秘薬!? こんな貴重なものを私に!?」
「ただの自家製野菜だよ。そんなに驚くことじゃないさ」
カイトは笑って、フレアの頬についた煤を指で拭った。
「大変だったね。空から落ちてくるなんて、よほど疲れてたんだろ?」
その言葉と、指先の体温。
そして何より、あの始祖竜を「ポチ」と呼び、手懐けている圧倒的な包容力。
フレアの脳内で、何かが弾けた。
彼女は調停者である。その炎は全てを焼き尽くすため、普通の男は彼女に触れることすらできない。
だが、この男は平然と触れ、しかも最強の暖房(始祖竜)と、最高の美容食(野菜)を提供してくれた。
(この人……私の炎(重すぎる愛)を受け止められる唯一の男なんじゃ……?)
婚活数千年の拗らせた思考回路が、音速で結論を導き出した。
「……好き」
「え?」
「い、いえ! そのスープが好きだなって!」
フレアは顔を真っ赤にして誤魔化した。
だが、その瞳は獲物を狙う肉食獣のそれに変わっていた。
「カイト様……私、行くあてがないんです。ここで働かせていただけませんか?」
「ええ? うちは農家だよ? こんな綺麗なドレスの人がすることなんて……」
「何でもします! 火起こしでも、ゴミ焼却でも、夜の暖房でも!」
フレアが必死に食い下がる。
カイトは少し困った顔をしたが、ポチを見ると、ポチは「まあ、冬場はストーブ代わりに使えるんじゃね?」という顔で頷いた。
「……分かった。部屋は余ってるし、いいよ」
「ありがとうございます!!」
フレアはカイトの手を握りしめた。
こうして、カイトの農場に「超高性能な焼却炉兼ストーブ」……もとい、美しき不死鳥が住み着くことになった。
後に、パックをしに来たラスティア(魔王)と鉢合わせし、
「あらフレア、あんたも落ちたの(恋に)?」
「ラスティアこそ。……ふふ、負けないわよ泥棒猫」
と、火花を散らす女子会が開催されることになるのだが、それはまた別のお話。




