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EP 11

納屋がダンジョンになったので、冷蔵庫として使うことにした

 その日、カイトの農場から「物理法則」が家出した。

「キュルッ☆ 完成だよー!」

 ピンク色の迷惑妖精キュルリンがVサインをした背後で、俺の愛用していた木造の納屋が、見るも無残な姿に変わっていた。

 入り口は、黒曜石を削り出したかのような禍々しいアーチ状になり、その奥には底知れぬ闇が広がっている。

 地下から吹き上げてくるのは、真冬の北風よりも冷たい、死の冷気。

「……俺の納屋」

 俺は膝から崩れ落ちた。

 あそこには、明日出荷予定のキャベツや、予備の農具が入っていたのだ。それが今や、RPGのラストダンジョンの入り口みたいになっている。

「えへへ、すごいでしょ? 地下100階層まであるんだよ! 最下層には『絶対零度の守護者』を配置しといたから、攻略しがいがあるよぉ!」

 キュルリンが無邪気に笑う。

 笑い事じゃない。これは不法改造だ。リフォーム詐欺だ。

 その時だった。

 暗い穴の奥から、ズズズ……という不気味な音が響いてきたのは。

「グルルァァァ……」

「カチ……カチチ……(骨の音)」

 這い出してきたのは、腐った肉を纏った巨大なドラゴンゾンビと、剣を持った骸骨スケルトンの軍団だった。

 ダンジョンが活性化し、内部の魔物が溢れ出す現象――「スタンピード(魔物の氾濫)」である。

 普通なら、国が滅ぶレベルの緊急事態だ。

 だが、カイトの反応は違った。

「うわあああっ!! 害獣だーーッ!!」

 俺は近くにあった万能鍬くわを構えた。

 農家にとって、ネズミや害虫は天敵だ。ましてや、あんな不衛生そうな連中に畑を歩き回られたら、丹精込めて作った野菜が台無しになる!

「シッ! あっち行け! 畑に入るな!」

 俺は必死に鍬を振り回した。

 ドラゴンゾンビ(推定レベル80)が、腐った眼球で俺を見下ろす。

 その口から、致死性の毒ガスと瘴気が漏れ出す――寸前だった。

 『――――(お座り)』

 音のない圧力が、農場全体を叩き潰した。

 声の主は、縁側で寝ていたポチだ。

 ポチは半目を開け、面倒くさそうにドラゴンゾンビを一瞥しただけ。

 たったそれだけで、世界が凍りついた。

「ギャッ!?」

 ドラゴンゾンビは悲鳴を上げ、その巨大な体を地面に叩きつけて平伏ドゲザした。

 後ろに続いていたスケルトンたちも、カシャカシャと音を立てて整列し、直立不動の姿勢をとる。

 彼らは死してなお本能で理解したのだ。

 目の前にいる小さな黒いトカゲこそが、自分たちの魂の根源を握る「冥府の王」よりも上位の存在であると。

「……え?」

 鍬を構えたまま固まる俺。

 目の前には、綺麗に整列して震えている魔物の群れ。

 ポチは「ふん、しつけのなってない雑種どもめ」と鼻を鳴らし、再び昼寝に戻った。

「す、すげえなポチ。お前、魔獣使いの才能もあるのか?」

 俺はおそるおそるドラゴンゾンビに近づいた。

 近くで見ると、やはり不気味だ。だが、不思議と敵意は感じない。むしろ「命令を待っています! 何でもします!」という社畜のような哀愁を感じる。

 その時、俺はふと気づいた。

 ダンジョンの入り口から吹き出す「冷気」に。

(……待てよ? この冷たさ……)

 俺はドラゴンゾンビの体に触れてみた。腐っているが、ひんやりと冷たい。

 スケルトンたちも、骨の隙間から冷気を纏っている。

 そしてキュルリンは言っていた。「最下層には絶対零度の守護者がいる」と。

(これ、使えるんじゃないか?)

 俺の脳内で、閃きが走った。

 最近の悩み。それは「野菜が採れすぎて保存場所に困っている」こと。

 常温だとすぐに傷んでしまうトマトやレタスも、この冷気があれば……。

「よし、決めた」

 俺はドラゴンゾンビの鼻先(腐ってるけど)をポンと叩いた。

「お前ら、ここで働いてもらうぞ」

「グルゥ?(ハタラク?)」

「そうだ。俺の野菜を、この涼しい地下室に運んでくれ。温度管理は任せるぞ」

 俺の提案に、ドラゴンゾンビは呆気にとられたように口を開けた。

 人類を恐怖に陥れるSランク魔獣に対し、「野菜の倉庫番をしろ」という命令。

 だが、逆らうという選択肢はない。後ろでは始祖竜ポチが、尻尾でリズムを刻みながら監視しているのだから。

「グルルッ!(イエス・ボス!)」

 ドラゴンゾンビは敬礼(のような仕草)をした。

 †

 一時間後。

 そこには、奇妙だが効率的な「物流システム」が完成していた。

 スケルトンたちが、骨だけの体で器用に野菜のコンテナをリレーしていく。

 ドラゴンゾンビは、その巨体と冷気を活かし、地下深層の「天然冷蔵庫(ボス部屋)」へと大量の在庫を輸送するトラック役だ。

「オーライ、オーライ! そこ、トマトだから優しくな!」

「カチカチッ!(了解ッス!)」

 俺は現場監督として指示を飛ばす。

 地下から戻ってきた野菜は、ひんやりと冷やされ、鮮度が抜群に保たれていた。

 これなら、真夏の出荷でも最高品質を維持できる。

「すごいよカイト! ボクのダンジョンを活用してくれるなんて!」

 キュルリンが嬉しそうに飛び回る。

 俺はため息をつきつつも、まあ結果オーライかと苦笑した。

「ああ、助かったよ。これなら巨大な冷蔵庫を買わなくて済む」

 こうして、世界最難関クラスのダンジョン「始まりの農場迷宮」は、設立初日にして「カイト農場・第1地下貯蔵庫」へと用途変更された。

 だが、問題は解決したわけではない。

 地下に潜った魔物たちが「とんでもなく美味しい野菜」を守っているという噂は、風に乗って、あるいは魔力に乗って、世界中の冒険者ギルドへと拡散され始めていたのだ。

「次は……このダンジョンの入り口、ちょっと目立ちすぎるから看板でも立てるか」

 俺がベニヤ板に『関係者以外立入禁止(倉庫)』と書いている頃。

 ゴルド商会の情報網は、既にこの「新たな資源ダンジョン」の発生を嗅ぎつけ、動き出していた。

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