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ロツオン記  作者: オルデン・ハルト


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第8話 街の輪郭(後篇)

 ロツオンの建設開始の決断に至る前。


 新緑の季節、シグルドは先住のヴィンダルの族長ベングト、測量士タマシュ・ディボシュとともに、〈空飛ぶ絨毯〉に乗ってティサ川を北上していた。ジョフィアは〈飛行〉の魔法でその傍らを飛んでいた。

 目的はただ一つ――春の増水がこの地に遺した爪痕を、その眼で確かめること。


「なるほど、これが春の氾濫、か」

 幾筋もの小川が大地を這い、濁流にえぐられた岸辺には、泥に埋もれた枝葉が絡みついていた。

 遠くの林は半ば水に沈み、近くの低木は根こそぎ倒れ、流れ去った水の跡が大地に深い溝を刻んでいた。


「一番ひどかった年は、あちらからそちらまで水が溢れた」

 ベングトが川沿いの遠近を指し示しながら説明する。


「これでは街が毎年流されることになる……」

「水が来るなら、来ぬ場所に建てるほかあるまいて」


 タマシュが指さしたのは、先ほどベングトが示した先にある小高い丘だった。

「あの高台じゃ。居住地はあそこに据える。余裕があれば上流と下流に堤防も築く。――年を重ねりゃ、水も落ち着いて良い耕作地になるはずじゃ」

「街をあそこに据えるとなると、港を作るには少し川を遡ることになりそうだな」

「致し方あるまい。港は後回しじゃな。立派な港ができても、寝床が水びたしでは洒落にもならんわい」



 ベングトたちと協議を重ねた後、ロツオンの建設地は川を少し遡った丘と定められた。


 今のベングトたちの集落がある丘は、低く狭すぎるとして、都市を建てるには不向きと判断された。

 しかし、わずかな距離とはいえ、先祖伝来の地を離れることになる。

 だが洪水と魔物から逃れられるならばと、ベングトは移転を受け入れた。

 墓は残すとし、祭儀を行い祖霊に断りを入れる。若者たちは新しい土地を語り合い、老人たちは悲しげに目を伏せた。その表情には、未来へのわずかな光と、過去への惜別とが同時に宿っていた。

 ベングトは火に酒を注ぎ、祖先に誓うように低く言葉を紡いだ。「我らの血脈は絶やさぬ」と。


 ◇◇◇


 ある日、竜殺しの一行全員が顔を揃えたところで、シグルドが口を開いた。

「街づくりがようやく動き出したばかりだが、街道を敷きたい。ゼレニカからロツオンまでだ。でなければ、ここは陸の孤島のままだ」


「良いと思う。小さな商人たちも来やすくなるだろうし」真っ先にメルタが賛意を示す。

「必要な金額と期間は、街そのもの以上。慎重に計画した方がいい」ジョフィアが慎重な調子で口を挟む。

 フェレンツは腕を組み、首を傾げた。「そもそも、街道の敷設なんて、一領主が勝手にやっていいのか?そこはきちんと筋を通すべきだ」

「時間がかかるなら、なおさら早く始めないとな」エリクが言い放った。


 シグルドは頷くと、言葉を選びながら話し出す。

「一度ゼレニカに戻って、公爵閣下と話をしてみようと思う。街道整備は、公国の事業として扱ってもらうしかない。それに……教会の建設に先立ち、ヴィンダルとオルカスト、両教会にも正式に承認を得ておくべきだろう」

「では私も同行します」ヘレナが静かに応じる。


「それと、例のストーンゴーレムの件だ。ジョフィア、材料の手配を頼めるか」

「もちろん。任せて」


「街の建設費の見積もりも、物資や建材の調達も必要だ。信用できる商人を一人知っている。タマシュ、君にも同行してもらいたい」

「良かろう。そろそろ酒も補充しておかねばならぬからな」

「タマシュさん、最近飲みすぎじゃありませんか?体が心配です」

「そうだぞタマシュ、街を作る前に自分の足元フラついてちゃ笑えねえからな」

「ふん!」



 水の道は交易を支えるが、波と風に翻弄される道は、軍を支えるには脆すぎるとシグルドは判断した。何より、ゼレニカとロツオンを結ぶ街道は、公国の背骨を貫くものとなるはずだ。


 そして都市の建設が始まったとはいえ、掘り起こされた岩石や伐採された木がうず高く積まれ、耕す土地は未だ定めを欠いていた。ゴーレムはきっと役立つ。


「術者組と測量士が抜けるのか。残された者で街づくりを進めねばならないな」

「住民には、耕作予定地の開墾と、城壁内の住居建設を頼んである。フェレンツたちには、引き続き外周の調査と警備をお願いしたい」

「承知した」


 ◇◇◇


 夜、月光に照らされるロツオンの石壁を見上げながら、シグルドは一人呟いた。

「これでベングトたちも、少しは安心して夜を越せるだろう」


 しかしすぐに、その表情は曇った。


「――だが、本当に“街”になるのは、これからだな」

 上下水道と壁だけでは、民を養えはしない。


 建築は手つかずで、人手も時間も追いつかぬ。帳簿は潤って見えても、街を築き民を養う費用は果てが見えぬ。

 一つ難題を解けば、三つの壁が立ちはだかる――終わりなき迷宮をさまよっている心地だった。



「ゼレニカか……」

 ゼレニカで自分は試され、この街も大きく変わるだろう。いや変えるために赴くのだ。

 そのはやる気持ちを抑えるように、彼は月をしばし見上げ、やがてテントの中へと姿を消していった。


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