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ロツオン記  作者: オルデン・ハルト


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第49話 火をともに掲げて(後篇)

 新年の朝、かつてヴィンダルもオルカストもともに祝うと約束したその日が来た。


 白く冴えた空が、ロツオンの上に広がっていた。

 陽は昇り、広場には澄んだ光が差していた。


 だが、その場に集った人々の笑顔はどこか固く、目は互いを測るように動いていた。



 静けさは、薄い紙を裂くようにあっけなく破れた。



 一つの怒声がきっかけだった。

 群衆は、いつのまにか自然に左右に分かれていた。ヴィンダルとオルカスト。

 交わされる視線が、言葉より先に火を孕む。


 石がひとつ、宙を裂いた。

 地に当たり、乾いた音を立てて跳ねる。


 つづけて、もう一つの石が飛び、人の肩を打った。呻きが上がる。

 誰かが駆け寄り、子どもが泣き、怒号が巻き起こる。



「止めよ!」

 今日の日のために礼服に身を包んだシグルドが、広場の中央に踏み出した。足は地を鳴らし、右手を高く掲げる。


 魔力が地を這うように走り、〈石壁〉の魔法が発動された。

 土が裂け、隆起する岩が長い壁となって石畳を真っ二つに裂く。

 幾つかの石が壁に当たり、砕けて宙を舞った。


 しばし、誰もが言葉を失った。

 ただ、ぶつかった石の音だけが、耳の奥に響いていた。


 ◇◇◇


 壁の両側で、大人たちは動けなかった。


 投げたはずの石の感触が、まだ指先にまとわりついているように思えた。

 胸をかすめた罪の影は、すぐに相手への非難と「自分は悪くない」という思いに押し流されていった。



 その時だった。


「クララー!」

 少年の声が、石壁の向こうへ跳ねた。


 大人たちは、声も出せず立ちすくんでいた。その中で、名を呼ばれた女の子の母が、娘の肩を押さえてそっと呟く。


「……あんたの名を、呼んでくれたよ」


 女の子は、大きく息を吸い込み、力いっぱい少年の名を呼び返す。

「ステンー!」


 声の主たちは、互いに壁を見上げたまま動かない。

 周囲の大人たちは、ただ沈黙で見守るしかなかった。


「いくぞー!」


 ヴィンダルの少年が布玉を構え、弧を描いて投げた。

 それは石壁を越え、見えない向こうへと消えていく。


 数拍ののち、返ってきた布玉が再び宙を舞い、少年の胸元に落ちた。

 驚きと安堵に目を見開き、彼は小さく笑った。


 大人たちは、無言のまま、その光景に釘付けになっていた。

 その目は、恥ずかしさを漂わせつつ、それでも希望を求めていた。


 続いて、別の子どもが布玉を放る。

 また返ってくる。笑い声が生まれる。


「……ごめん!」

「もう、怒ってないよ!」


 子どもたちの声は次々に重なり、互いを呼ぶ名はいつしか歌のように響いた。その響きに、大人たちの頬からも少しずつ固さが溶けていった。



 やがて、布玉のひとつが地に落ちた。


 袋の結び目に、くしゃくしゃになった羊皮紙が差し込まれている。


 拾い上げた少年が、震える指でそれを開いた。



 そこには、オルカスト語で、ただ一言――。


 『すまなかった』


 少年は読めず、紙をヘレナに渡す。ヘレナが小さく頷き、その一語をヴィンダルの言葉に置き換え、広場に響く声で読み上げた。


「誰かに届くことを願って、玉に忍ばせたのでしょう。――これは祈りそのものです」


 その響きに、大人たちの肩から力が抜けていった。

 広場に短い沈黙が落ち、しばらくして、最後の一人が息を吐き、そっと拳を下ろす。



 子どもたちは再び布玉を投げ合い、「ごめんね」「ありがとう」と、小さな声で呼びかけあう。

 大人たちの声も次第に重なる。

 誰かが叫ぶ。


「新しい年を――ともに祝おう!」


 次の瞬間、その声は唱和した。



 その声があたりを包んだとき、シグルドはふたたび歩を進めた。

 石壁に掌を添え、〈岩成術〉の魔法を唱える。

 石は崩れ、壁は音を立てて地へと戻っていく。


 そして、〈陣癒〉の魔法を唱える。光が淡く輝く。

 やわらかな光が、傷口の熱を鎮めた。人々の目に、わずかな安堵が宿り、息づかいが、ひとつ穏やかになる。


 ◇◇◇


「火を灯しましょう」


 ラズローが皆に言った。

 両教会の信徒たちが、それぞれの聖火を手に進み出る。


 一つ、またひとつと火が集まり、やがて一本の灯に重なった。

 その灯を、布玉を投げた少年と、それを返した少女がともに掲げ、広場をゆっくりと巡る。


 石畳には、〈石壁〉によって裂かれた痕が残っていた。でも、また元通りになる。今はそう思えた。


 風に揺れる火は、子どもたちの声を映すように周囲を照らした。



 火のぬくもりと、子どもたちの笑い声の中で。ロツオンに、新しい一年が訪れた。


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