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ロツオン記  作者: オルデン・ハルト


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第45話 冬の帆と黒金の港

 イシュトヴァーン・ザードルフィ皇帝の御世三十一年十二月。


 翌日、ロツオンの河口に近い桟橋を離れたのは、マルトンの所有する中型船であった。


 ティサ川の河口を抜けると、海風が増した。


 船にはシグルド、ジョフィア、フェレンツの三人が乗り、逆風を切り返しつつ、東を目指した。


 その一日あまりの先、腕を折り曲げたように突き出した半島の根元――そこに、カールドヴァールはあった。



「エインの言い遺した抜け道があるはずだ」

 シグルドは呟いた。その目は黒金の鷲獅子を掲げる船が停泊する桟橋のあたりを計るように睨んでいた。


 やがて船は港へ滑り込む。妨げられることもなかったが、油断は許されなかった。

 桟橋には槍を持つ衛兵が並び、行き交う視線が船を射抜いていた。


 ◇◇◇


 カールドヴァール城の謁見の間に通された。


 彩色の天蓋と金の装飾が鈍い光を宿し、磨かれた床に蝋燭の炎が揺れた。


 玉座に凭れていたのは、バリント・アルマーディ伯爵。


 イムレ・アルマーディ公爵と髪色こそ異なるが、たしかに同じ血を引いたとわかる顔立ち。それでいて、漂う印象はまるで違っていた。

 その眼差しは気怠く、病的な光を帯びていた。


「拝謁の栄、痛み入ります。そして……遅ればせながら、叙任祝の礼を申し上げます」

 シグルドは形式を保ち、頭を下げる。応じたのは隣に立つアンドラーシュ・フォルガーチだった。


「三千人分の食料と防寒具――これを求めての訪問と伺いました」

「そうです」

「ロツオンの人口を、はるかに上回る数字ですな。……なるほど。ロツオン卿は、聖者でおられる」

 アンドラーシュは笑みだけを残し、次の一語を待った。蝋燭の炎が、わずかに震えた。


 アンドラーシュの視線が揺らぐ。


 しばしの沈黙ののち、バリント伯が片手を上げ、無言のまま退出した。

 それが承認か拒絶か、判断のつかぬ仕草だった。



 残されたアンドラーシュが言った。

「……食料一月分と、毛布を五百枚ほど、手配しましょう。これからも良き付き合いを」


 代金は金貨三千枚を要求された。臨時の大量買付とすれば、足元を見た値ではない。


 ◇◇◇


 それから三日後。


 カールドヴァールからの大船がロツオンへ到着した。

 舟を接岸させる人々の背で、空は重く曇っている。



 倉庫に運ばれる穀物袋の列を、一つひとつ、シグルドが〈魔法感知〉で、ヘレナが〈毒疫感知〉で確かめていく。


「……いくつか、混ざっていました」

 ヘレナの声は、小さくも確かだった。


 シグルドは頷き、毒の混ざった袋を指で示す。バリント伯やアンドラーシュにとっては、児戯の一つであろう。被害に遭う方にはたまったものではないが。


「廃棄してくれ。誰にも、口外するな」


 命じるその声には、怒りも、焦りもなかった。


 カールドヴァールの畑で奴隷として働かされるヴィンダル人の影も、今は視界に入れなかった。


 ただ、冬を越えるための計算だけが、その目に宿っていた。


 ◇◇◇


 その日から、ロツオンから船が川へ、そして海へと出た。


 毛布を重ね、穀物を積み、少しずつ、川沿いと海沿いの集落へと物資を届けていく。


 その船の帆には、黒竜の旗が掲げられていた。旗が風を裂く音とともに、岸辺で篝火がひとつ、またひとつと灯った。


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