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ロツオン記  作者: オルデン・ハルト


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第43話 剣よりも守るもの(後篇)

 ゼレニカの一角に、制服と装備を展示する場が設けられた。


 真新しい短剣や長剣、皮鎧、それに身分を示す制服が整然と並べられる。

 それらが支給されると約束しつつ、シグルドが兵士兼衛兵の募集の声を上げる。

 実際に、制服に身を固めたニルスとイングリッドも勧誘に努める。


 興味を示した者たちが、品々の周囲をぐるりと巡り、前から後ろから目を走らせた。



 ふと、その視線の端に、小さな人影がいくつも揺れた。

 場の隅で、ぼろ布をまとった子どもたちが、じっと様子をうかがっていた。


 孤児だとひと目でわかった。


 その姿にかつての自分を重ねたシグルドは、一人の少年に歩み寄り、懐から金貨を一枚差し出した。

「食べ物でも買え」


 だが少年は、強く唇を結び、首を振った。誇りか、警戒か、その瞳は街の喧噪の中でひどく澄んでいた。



 シグルドが、展示の列に戻ると、ざわめきが起きていた。

 募集先のリーダーがニルスとイングリッドと知れると、不満の声が上がったのだ。

 その声を正面から受け止めたのは、ニルスだった。


「そんなら、ちょっと付き合ってくれませんかね」

 笑みを浮かべ、軽く手招きする。数名との模擬戦が始まり、終わった時には、不満を唱えた男たちが地に倒れて喘いでいた。


「俺たちは、ただの看板じゃないっす。これでも、訓練は積んでるんでね」

 ニルスの言葉に、転がった男たちは、土埃の中で互いに気まずげな目を向け合った。



 そのやり取りを、先ほどの孤児たちが、物陰から食い入るように視線を注いでいた。

 制服や剣、防具の列、そしてそれらを纏った大人たちの、凛とした立ち姿。


 怯えと憧れの入り混じった目を、互いに確かめ合うように見交わしていた。



 募集の声に応える者が次々と名乗りを上げ、賑わいが徐々に落ち着いていく。

 孤児たちは変わらず路地の端にいた。


 もう募集も締め切ろうかという時だった。その陰の中から声が上がった。――施しを断ったあの少年のものだった。

 その声には切実な真剣さが込められていた。


「俺たち……そっちで、生きていけたり……しますか?」

 いつしか、その背後には十にも満たぬ子から、働き盛り前の若者まで、三十余の影が控えていた。


 大人たちに頼らずに生きてきた集団。人々が気づいていながらも、見て見ぬふりをしてきた存在だった。


 シグルドは黙ってその眼差しを受け止めた。師に拾われなければ、自分もあの影の中に並んでいたかもしれない。

 だからこそ、その声を置き去りにすることはできなかった。


 短く、だが明確に首を縦に振った。


「――来い。共に生きよう。ただし、剣を握る日は、まだ先でいい」


 その幼い彼らこそ、守るべき命だとシグルドは知っていた。


 ◇◇◇


 そうして、五十名の兵と、三十五人の孤児が新たにロツオンへと向かうことになった。


 ロツオンに戻ったシグルドは、孤児たちの受け入れ先を探して歩いた。

「三人……預かります。少しでも、お役に立てるなら」

 ヘレナがそう言い、ジョフィアも頷く。

「私も三人、面倒みるよ。弟子を育てるのも魔法使いの義務」


 他の者たちも一人、また一人と、名乗りを上げていった。

 シグルドは頭を下げ、受け入れてくれる者たちに養育費を渡していった。



 ――その夜、月が高くなるころ、シグルドは一人、腰の剣帯から鞘を外し、そこから長剣をすらりと抜いた。

 刀身には古代の文字が刻まれている。自身の十文字槍やフェレンツの長剣、エリクの戦斧ほどではないが、これもまた魔法の剣だった。

 この長剣に命を救われたことも数度あった。


 それを手放すと決めるのに、迷いはなかった。


 ◇◇◇


 マルトン・バラシャの船が去った後――。


 シグルドの佩く長剣が変わったことに、仲間たちはすぐさま気づいた。


「それ……、売っちゃったんだね?」

 メルタが首を傾げるように言った。


 シグルドは短く頷いた。

「兵士の装備、孤児たちの養育費、それに干拓……。必要だった」

 少し間を置いて、彼は代わりの長剣に手を添えた。出来は良いが、魔法はかかっていない。


「あれには、幾度となく命を助けられた。だが今は、命を守るために手放した」



 仲間たちは言葉を失い、ただ彼を見つめていた。その沈黙を破ったのは、エリクだった。


「……言ってくれ。背負い切れないなら、分けてくれ。俺ら、仲間だぞ」


「皆には、もう充分に力をもらっている」


 フェレンツは厳しい顔でじっとシグルドに視線を合わせていたが、やがて緩めてその胸を叩いた。

「そうだな。いよいよとなったら――また一緒に竜でも斃して財宝を稼ぐとしよう」


 陽気な言葉に、ふっと場の空気がやわらぐ。

「良いですね」「その時は私も行くわ」口々に声が重なる。


 シグルドは夜の空気に身を浸しながら、静かに祈りを捧げた。

 彼の胸を満たしていたのは、共に在る仲間たちへの、言葉では尽くせぬ感謝だった。


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