表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロツオン記  作者: オルデン・ハルト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/53

第40話 問われた声

 イシュトヴァーン・ザードルフィ皇帝の御世三十一年十一月。


 ロツオンの空は重く曇り、嵐の残り香が街に留まっていた。


 鎖から解放されたばかりの男が不審な死を遂げていた――その調査報告をメルタが携えてきた。

「殺人だった。犠牲になったのは、カールドヴァールの船から解放されたヴィンダル人の一人……名前はエイン。外傷はなく、脇の下に針で刺された痕があった。使われたのは〈灰舌〉の毒ね」


 シグルドは黙って報告を受ける。右手側でフェレンツが腕を組み、視線を床に落としていた。エリクは少し身を乗り出し、メルタの口元から目を離さない。メルタはさらに言葉を継いだ。

「……アンドラーシュの護衛の一人が、事件の晩、死んだ男、エインについて聞き回ってた。現場に残されたしっかりしたブーツ痕はその特徴に合致すると思う」

 フェレンツが眉を寄せた。報告は続く。

「目撃者はいない。〈透明〉の魔法か何かを使ったのかもしれない。事前に何か聞いていた者もいなかったわ」

 その声には揺らぎがなかった。彼女が断じたことが誤りだったためしは、これまで一度もなかった。


 シグルドは悩んでいた。この殺人の犯人がアンドラーシュだとして、果たして目的は何だったのか掴みかねていた。

 恫喝目的であるならば、例えば何故もっと多くの者を害さなかったのか。


 シグルドはしばらくの沈黙ののち、口を開いた。

「……ヘレナに頼んで〈問霊〉を使う。死者の言葉を、引き出すしかない」



 人は死ねば、言葉を持たぬ。だが魂がこの世に名残を留めているうち、術者の祈りがそれを呼び戻すことがある。


 〈問霊〉――それは、死者の影に三つの問いを許す、交信の術。


 死後十日を越えてはならず、口が失われた死体や、怨霊と化した者には通じない。

 術者ができる問いの数は三つに限られるが、必ずしも明瞭な答えが返ってくるとは限らない。

 その一言一句が貴重であり、使い方を誤れば、何も得られぬまま術は終わる。


 ◇◇◇


 その日の午後、仮設された礼拝所で、ヘレナが清めの詞を唱えていた。

 捧げられた土器には香が焚かれ、木棺にはエインの遺体が安置されている。死に顔から痛みの痕跡は消えており、表情は穏やかだった。


 ヘレナが震える指で、銀製の聖印を掲げる。彼女の声は微かだったが、言葉の一つ一つが空間に吸い込まれていくような力を持っていた。


 魔法が発動し、かつて人であったものの口がぎこちなく開いた。


 ヘレナは小さく息を吐き、問いを投げる。

「あなたは、なぜバリント伯に殺されたのですか?」

 ここで「お前はバリント伯の手の者に殺されたのか?」などと問うてはすぐ三回という数字が尽きてしまう。


 沈黙が一度、場を支配したのち、声が返ってきた。喉を震わせないで発せられた声は人の声のようでいて、どこか空洞を震わせるような響きだった。

「……城で、排水路を整備していた。……でも、完成した時、誰にも言うな……そう、言われた」


「排水工事……それにしては、妙だな」フェレンツの声には疑念がにじんでいた。

「城ってのはカールドヴァールの城だよな。ゼレニカの城じゃないよな」エリクが恐る恐る仲間に確認する。


 ジョフィアが次の問いをヘレナに伝えた。

「そのカールドヴァールの作業場で、普通の排水工事と違うと感じた点はあったか、聞いて欲しい」


 問いに死者の口が、震えるように動いた。

「……清潔すぎた……土も水も、匂いが消えていた。地面が……なめらかすぎた」


「最後の問い……どうしましょうか」ヘレナの指がわずかに震えた。彼女は目を伏せ、皆に視線を送る。

 メルタが顎に手を当て、息を潜めるように考える。

「……あたしから、ひとつ。行き先を知りたい。どこに繋がってたのか、少しでも心当たりがあるなら」


 シグルドが頷き、ヘレナが最後の問いを発した。

「その通路の先が、どこに繋がっていたか、心当たりはありますか?」


 死者の胸が、突如として糸を引かれる人形のように跳ねた。やがて収まり、空洞を震わせる声が、不気味に反響した。

「行く手から、潮風が吹いた。……港か……海、かも……」


 その言葉と共に、魂の光は霧のように消え、その肉体は再び沈黙へと戻った。


「カールドヴァールの城から外へ繋がる抜け道……」


 もし救えていれば――だが手掛かりは、死者とともに闇の奥に消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ