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ロツオン記  作者: オルデン・ハルト


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第4話 この地に火を熾して(前篇)

 ゼレニカを発った帆船は、春の風を帆に受け、東の海岸線をなぞるように進んだ。

 三日目の朝、靄がほどけると、その先に、いくつもの小島が浮かぶ河口地帯が現れた。


「このあたりから海図が頼りにならん。錨を下ろせ」

 船長の号令に、船員たちが素早く動き出す。やがて錨が水中へ沈んだ。


 通常なら小舟で上陸するところだが、今回は違う。

 〈魔法の鞄〉から鮮やかな紋の布が現れた。幾何模様が風をはらみ、波間を離れて宙へと浮かび上がる――〈空飛ぶ絨毯〉だ。風と波に縛られず、まっすぐ岸へ舞い降りることができる。一度に全員は乗れないため、数度に分けての上陸となる。荷はすべて〈魔法の鞄〉に収まっている。

「わしは最後で構わん。シグルドの旦那も最後だ。上から一回り、眺めておきたい」

 測量士タマシュ・ディボシュの言葉に、シグルドが頷く。


「メルタも同行してくれ。地形を見る目が要る。ジョフィア、今日は〈飛行〉の魔法は覚えているか?一つでも多くの目が欲しい」


 船長には、自分たちが飛び立った後は、ゼレニカへ戻るよう告げ、シグルドたちは絨毯で空へ舞い上がった。



 河口近くの小さな丘陵地に、地図に記されぬ集落が見えた。


 丘の向こうに、かつて黒竜が巣くった山並みが影のように連なっている。

 その姿を目にした瞬間、シグルドの胸裏に、剣戟と咆哮の残響がよみがえった。だが今、そこにあるのは切るように吹く風音だけ。山影は在りし日を封じたように、沈黙していた。


 眼下のティサ川は雪解け水で満ち、蛇のようにくねりながら濁流を海へ注いでいる。その先の沖には、三つの小島が白波を受けていた。

 川辺では若草が萌え始めていたが、風を遮る森のようなものはなかった。

 上空から見える人の営みは、寄り添うように並んだ三十軒ほどの小屋と、わずかな畑だけ。いくつかの屋根からは、湿った薪の煙が細く立ち上り、焦げた匂いを風が運んできた。


「あれは――ヴィンダル人だね」

 ジョフィアが目を凝らす。


「ああ」シグルドは短く応じる。

 ヴィンダルの民とは、そういうものだ。少数で部族をなし、先祖伝来の土地に住まう。


「あそこ、島の近くでも海の色が違う。深いんじゃない?」

 メルタの呟きに、タマシュは皺を深めて笑った。

「よく見とるな。うまくいけば、大きな船も入れられるだろうて」


 地上では、集落の人々が空を見上げ、こちらを指さしている。


 シグルドたちは視線を交わし、絨毯の高度を下げた。



 竜退治を終えた時、この地との縁は絶たれたはずだった。だが大地が近づくにつれ、胸の奥で何かが形を取っていくのを感じた。


 着陸の瞬間、湿った土と潮の匂いが鼻を打つ。

 その一歩が、ロツオンでの始まりとなった。


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