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ロツオン記  作者: オルデン・ハルト


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第34話 ジョフィア②―川浚い

 イシュトヴァーン・ザードルフィ皇帝の御世三十一年九月。


 ロツオンの地に、槌音が絶える日はなかった。

 石を削り、木を組み、土を耕し、水を引く。人々は、手にしたものすべてを道具に変えながら、自らの未来を築いていた。


 この新しい街に住まう者の数はすでに六百に迫っていた。荷船の貨物に混じってやって来るのは穀物や木材ばかりではない。居場所を追われた人々も川を遡って来た。

 最近では、色を売る女たちの姿も加わった。眉をひそめる者もあったが、シグルドは短く言った。


「生き方を変えたい者は助けるが、生きるために選んだ手段を、否定はしない。ここで生きると決めた以上、支える者がいてしかるべきだ」


 ◇◇◇


 ストーンゴーレムは、湿地の干拓から浚渫へと仕事場を移されていた。

 ぬかるみに足を取られ、転倒した拍子に作業員を押し潰しかけたのをきっかけに、ジョフィアは制御の限界を悟った。それ以来、ゴーレムは人と離れ、水底の泥を掻き上げる役割を担っている。


 ティサ川の河口に立つのはシグルド、ジョフィア、そして測量士タマシュ・ディボシュであった。

 水面に差し込む陽の中でもなお、ゴーレムの首に掛けられた〈常光〉の飾りは白く輝きを放っている。


「目印か」シグルドの問いに、ジョフィアが頷く。

「そう。陽が高くても、水底はすぐに濁る。あの光がなければ、川底での動きは追えないわ」


 合図とともに、ゴーレムが川へ踏み込んだ。

 水がざわめき、重い足音が沈んでいく。胸に抱えた網状の板が水を押し分け、泡がはじける音が岸辺まで伝わった。やがて光は水底に揺らぎ、深みに沈んでいく。


 タマシュが地図に指を走らせる。

「大船が入るには、五メルテークの水深が要る。残っとるのはこの三箇所じゃ。これをそれぞれ一メルテークほど掘れば、港として形になるじゃろうて」


 ジョフィアが補う。

「その三箇所に限らず、出入りに余裕を持たせるため、さらにいくつか掘り下げる予定よ」


 シグルドは視線をジョフィアに向けた。

 近ごろは学び舎に通っているばかりと聞いていた。なのに、ゴーレムへの指示も怠らず、浚渫の計画まで進めているとは。


 ◇◇◇


「よく相談にのってもらっておる。子らの興味をどう引くか、何を備えるか、あの娘は細やかに気を配れる」とオロフに聞いたとき、シグルドは誰の話かと思ったものだ。

 聞けば、時には教師として、時には客人として、子らの前に立つという。語るのは、この国の地理、外国の話――。


 ある夜、学び舎の窓辺に子どもたちを集め、星座を指差して語ることもあった。

「この星は旅人を導く灯。天の釘、夜の瞳、さまざまな言葉で呼ばれる真北から決して動かない星……」

 子どもたちは息を呑み、瞳に星を映した。星々の物語を語る彼女の声が、夜の空気に響いた。


「“ジョフィア先生”の話は、子どもたちに評判じゃぞい」そう笑った老翁の言葉にシグルドは思わず息を止めた。



 彼女の横顔を見ていると、やがてジョフィアが気づき、「何よ」と訝しげに見返す。


 抑えきれず、好奇心を言葉にした。「子どもに教えることが、楽しそうだな」


 一瞬ためらい、それでも率直にジョフィアは言葉を紡いだ。

「人に教えるのは面白いの。思いのほかね。自分の当たり前が、相手には違う形で映るから」



「おっ、上がってきた」タマシュが川面に浮かんだ飛沫を指す。

 やがてストーンゴーレムが泥を抱えて水面へ姿を現す。

 白い岩肌に水が滴り、淡い煌めきが首元に揺れている。



 川辺では、泥に膝まで沈みつつ杭を打つ男たちがいた。木槌の低い響きが川のざわめきと重なり合い、岸辺に反響する。


 泥を載せた一輪車を押す少年、縄を肩にかけ指示を飛ばす女。そうした乱雑に見える動きが、次第に一つの波をなしていくように見えた。



 シグルドは目を細め、その先にある光景を思い描いた。

 川に並ぶ船、荷を積む人々、倉庫の屋根、交わされる言葉。

 ロツオンに船が停泊し、往来が始まる未来を。


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