第33話 技と名のあいだに(後篇)
イェンスとブロシュのやりとりを、少し離れた場所から見ている者がいた。シグルドだった。
その日の民会で、鍛冶屋のジェルジ・ナダシュディから話を聞いて足を運んだのだった。
街々を巡る中で、石壁や石畳を、誰が積んだのかに思い及んだことはなかった。この街で初めてそれを知った。
だが今、目の前で一人の職人が消え、その技と名が行き場を失いかけている。
シグルドはしばらくその場所から動けなかった。
◇◇◇
イェンスとブロシュのやりとりから十日と少し経った朝。
早朝の広場には、秋風と共に職人たちの声が低く流れていた。
シグルドは民会での議論を胸に、口を開いた。
「他者の手に技を見たなら、それを言葉にして残して欲しい。それが技と共に生きた者の信義だと、私は信じる」
ざわめきが、風に乗って広がる。シグルドは群衆を見渡し、言葉を重ねた。
「この“継技状”は名でも証でもない。だが制度が整うまで、修了証書や職人証書に準ずるものとして扱う」
最前列の若い職人が仲間に目をやり、互いに眉をひそめる。その空気を破るように、シグルドの後ろで腕を組んでいたジェルジが前へ出た。
「修了証書が出せないからって、若い奴らをずっと下働きに置いとくなんざ馬鹿げてる。そんな扱いをすりゃ、腕も心も腐っちまう。――これは成果に報いるためのもんだ。わかったか!」
一瞬、広場が静まる。
次の瞬間、年配職人が無言で頷き、やがてざわめきは肯定のうねりに変わっていった。
その間を割って進み出たのは、ブロシュだった。
視線が集中する中、彼はシグルドにひと言だけ断りを入れ、紙に筆を走らせる。
『右、石工イェンス・エルソン
レリンツ親方の技の一端を継ぐ者と認める
よって修了証書に準ず』
最後に自らの名を記し、紙を差し出す。シグルドが受け取り、力強く署名を添えた。
その紙片を受け取ったイェンスは、しばらく動けずに立ち尽くした。
近くの者が肩を叩くと、彼はゆっくりと顔を上げる。
「……親方が言ってました。“石は黙ってるが、決して嘘はつかねえ”って。……俺、信じています。石と、自分の手を」
シグルド、ブロシュ、多くの職人が、その決意を見届けた。
◇◇◇
三人の助手のうち、継技状に推薦されなかった二人はゼレニカへ戻り、イェンスは残った。
かつて「仕上げが雑だ」と怒鳴ってくれた親方はもういない。
道具袋から、その親方から譲り受けたノミを取り出し掲げる。
ノミの刃は、建設中の石壁の稜線と、空を切り裂くように重なった。
この街もまた、誰かの手に継がれていくのだ。
その刃が刻む先に、己の歩みと、この街の未来を重ねて。




