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ロツオン記  作者: オルデン・ハルト


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第29話 黒金の鷲獅子(前篇)

 イシュトヴァーン・ザードルフィ皇帝の御世三十一年の八月。


 午後、潮の満ち引きがロツオンの風景をゆるやかに変えていくなか、ティサ川の河口に、ひときわ異彩を放つ船影が現れた。

 船は小型ながらも側面に金の意匠を施し、船首には鷲獅子を模した紋が掲げられている。黒地に白の斜め十字、その中央に黄金の鷲獅子。

 所謂、黒金の鷲獅子――カールドヴァールを領するバリント・アルマーディ伯爵の紋章である。


 やがて船より数名の男が降り立ち、ラッパを掲げた者が砂地に足を踏み入れる。息を整え、大音声で口上を放った。

「アルマーディ伯爵閣下の名代、アンドラーシュ・フォルガーチ卿、ただ今より上陸なされる!」


 その声に、ロツオンの者たちが顔を上げる。何人かは手を止め、川辺に目を向けた。作業着のままの者、桶を抱えたままの者。その先で、楽師が旋律を奏で始める。陽気で軽妙な音色だったが、誰一人として笑みは浮かべなかった。


 豪奢な金刺繍の上衣をまとった青年が、片手に白いハンカチを握り、舷側に姿を見せた。白布は口元に軽く当てられている。まるで、この地の空気を自らの肺に取り込むことを拒むかのように。


「予想以上にひなびた地ですな」

 従者が小さく咳払いすると、彼は笑みを浮かべた。


「ああ、気を悪くしてはなりませんよ。人には、その土地に合った暮らしがあるものですから」

 その声には、憐憫と嘲弄の色を帯びていた。


 ゆっくりと街へ進む一行を、住民は遠巻きに眺める。少し離れた場所で石を運んでいた若いオルカスト人が、その一団を睨みつけた。

「なんだよ、あのお高くとまったハンカチは!俺たちが糞でも撒き散らしてるみたいに……」


 傍らで作業していた年嵩のヴィンダル人が肩をすくめる。

「坊主、ああいうのが“上”ってもんさ。覚えておきな」


 若者は首を振り、石を地面に下ろした。

「上とか下とかじゃねぇよ。ロツオンは……、俺たちは、そんなんじゃないんだよ!」


 男は、面白そうに若者を見やった。その言葉が、この街に芽吹き始めた何かの前触れのように響いた。



 報を受けたシグルドは一行を迎えようと外へ出た。彼の眼には、その一行が凶兆を告げる風とともに迫り来るように映った。


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