表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ロツオン記  作者: オルデン・ハルト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/53

第12話 ゼレニカにて――三百の決意

 イシュトヴァーン・ザードルフィ皇帝の御世三十一年の六月。


 その日、ゼレニカの職人街は、槌音と鋸の音の代わりに、人々のざわめきに満ちていた。


 先触れの者が昨日から喧伝していた。

 曰く「ロツオン卿シグルドは新たな入植者を破格の条件で求める」と。



 道の中央、用意された台に立ったシグルドは、群衆を見渡した。


「ロツオンはまだ白紙の地図だ。そこに壁を描き、屋根を記す。炉に火を入れ、人の暮らしを始めよう。その仕事を、私と一緒にやって欲しい」

 その声は、石壁に反響して広場の隅々まで届いた。


「遍歴修行を終え、腕を持ちながら席を得られなかった者よ。血も名も問わない。石を削り、木を組み、鉄を打つ音を、川辺に響かせよう」

 人々の表情がわずかに変わる。


「一年分の食糧と住まい、道具を与える。二年間の免税も約束する。新しい街は、ただの仕事場ではない――家族が笑い、子が遊び、仲間と酒を酌み交わせる場所になる。私はその先頭で、君たちと同じ泥を踏み、同じ風にさらされる」



 シグルドはこうした演説を数箇所で行った。


 港では潮風と荷車の軋みの中、日雇いの男たちが額の汗を拭きつつ足を止め、市門では旅人と商人が混じり合って聴衆の輪が広がった。

 隣の者と顔を見合わせる者、拳を握り何度も大きく頷く者の姿がどの場でもあった。

 それでも、入植は人生を変える大きな決断だ。

 視線の先には、腕を組み目を伏せる者の姿もあった。やがて一人が小さく首を振ると、輪の外へと立ち去った。


 ◇◇◇


 それから数日。

 最初は仕事場の隅でひそやかに交わされていた話が、職人街から市場へ、港へ、教会前へと波紋のように広がっていった。

 早くも荷をまとめる者や、周囲との別れを済ます者まで現れていた。



 そして七月一日、志願者が集うよう告げられた日。

 志願者は、果たして三百名を超え、マルトン・バラシャの店先にひしめいていた。若者や働き盛りの者が中心で、女性の姿も三割を占めた。


 列を成した志願者の前に、シグルドが立つ。

 マルトンや古参の職人たちが横に並び、一人ひとりの顔を確かめた。

「あれは去年、港で揉め事を起こした」「あの男は借金を踏み倒している」――耳打ちが飛び交い、十八名が名を呼ばれた。

 シグルドは短く事情を告げ、立ち去るよう求めた。


 反発の声が上がり、何人かが「騙された!」「俺はそんなことしていない!」などと叫んだ。だが銀貨一枚を手渡すと、大半は口を噤み、肩を怒らせながらも去っていった。

 どうしても従わぬ数名も、瞬く間にシグルドによって地面に組み伏せられた。

 日頃の素行を思えば当然だと、周囲も黙して見送った。



 最終的に残ったのは、職人証や修了証を持つ職人が五十名、うち、オルカスト人が二十名、ヴィンダル人が三十名。

 そうでない者たちは二百五十名、その七割がヴィンダル人であった。


「騒がせてすまない。ここに、ロツオンは君たちを心から歓迎する」

 シグルドは、その数と姿に息を呑んだ。彼らの目には一様に熱いものが浮かんでいた。その希望と信頼とが自分の心を急き立ててくる。

「約束は守る。食糧も住まいも道具も、そして二年間の免税も、君たちの門出を支えるために。ロツオンへの出発は、六日後だ!」

 歓声が上がり、名簿への記帳が始まった。

 記名を終えた者には、支度金として一人ずつ銀貨五枚を手渡し、それぞれが新天地への準備へと取り掛かっていく。



 残る課題は船の確保。もっとも、それは既に手配済みであった。


「マルトン殿、出港の備えを頼む。新たな地を目指すこの旅立ちを、万全に整えて欲しい」


 交易商は、舞台に上がった役者かのように恭しく礼をした。

「承知しました。良質な船を三隻手配し、必要な糧食と資材を積み込んでおきましょう」


 こうして、ロツオン入植者第一陣の旅立ちは、盛夏の陽射しの下に定められた。



 三百の命――親を残してゆく者もあれば、家族を伴う者もいる。それぞれが背負うものを胸に、これからの道を歩もうとしていた。


 川面の向こうを、商船の白い帆が風を孕んで外海へと進んでいった。

 シグルドは己が背負う責任を噛みしめながら、その船影を無言で見送った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ