第2話 空気キャラ令嬢、異世界で農業改革に乗り出す
「推しが推しと仲良しすぎて私は空気。けれど、この世界の市場は動いている。次の一手は農業革命だ。」
市原あやめは日課のように書斎に籠もり、異世界の古典農業書と前世の経営や物流の資料を重ねていた。その眼差しは真剣そのもの。
「魔法チートを持たないからって、諦めるわけにはいかない。それが私の転生令嬢道!」
財閥の財産管理はまだまだ旧態依然。あやめは魔法に依存する貴族階級の常識を「それならそれで」と打ち破ろうとしていた。
「もちろん、直接的な魔法開発じゃ成長の伸びしろは限定的。でも、畑や物流の自動化や効率化なら未来は明るい――。」
あやめの推し、才気に溢れた魔法使いレイムが会議で言っていた。
「農業ってつまり、土地開発だ。魔法と経営、どちらも使いこなせば最強ってことか」
そう、推しが推しと仲良しで放置されがちなあやめだったが、経営アイデアだけは誰にも負けない。
市原家の広大な田畑に向けて、あやめは従者の美咲と足並みを揃えた。
「令嬢、ここがあの……弊社が管理する主要農地ですね!」
「そうよ。ここを最新技術で変える。無論、農具も輸送手段も前世の知恵の応用だわ」
畑には年配の農夫たちが働いている。
「ご意見伺いましょうか?」
「……あら?令嬢が出てくるとはどういうことだ?」
皆の目には疑問も不安も混ざっていたけれど、あやめはにこやかに一歩踏み出す。
「私たちの目標は、農作物の収穫量を飛躍的に伸ばすこと。あなたたちの知恵と、私の新しいやり方、両方を生かしましょう」
農夫の一人がぽつりと言った。
「俺たちの畑が機械に変えられるのは嫌だが、収穫が増える話なら聞いてやらんこともないな」
あやめは軽口と真剣味のバランスで返す。
「機械じゃない、発明の先にある進化よ!人間の温もりと効率の融合。ま、少なくとも私より推し男子の方が畑仕事より得意じゃないでしょう?」
その場に一瞬、和んだ空気。美咲がそっと微笑む。
翌日、あやめは財閥の工房に足を運んだ。
「試作農具の改良に取りかかっているそうね。」
若き技術者が製造中の耕運機を見せる。
「前世のバイクエンジンを応用し、燃費と出力を極限まで高めました」
あやめは自信たっぷりにうなずく。
「この機械があれば周囲の農地を効率的に耕せる。魔法力を必要としないから人手不足も解決できるの」
技術者も目を輝かせて、
「令嬢のおかげです!今はまだ試作ですが、量産すれば異世界でも農業革命が起きますよ!」
その夜、市原家のリビングに推し男子の一人、無愛想なセフィロスがふらりと現れた。
「あやめ、何やら面白いことをしているらしいな」
「ええ、推し男子とは別の形でこの世界の“可能性”を広げているのよ」
あやめは笑いながら軽く話す。
「そうか、……俺にはよくわからないが、好きにやればいい。だが推し活の話はどうなった?」
セフィロスの目は何か言いたげだったが言葉を飲んだ。
「推し活?それだって、私の世界の一部よ。でも推し男子の中だけで盛り上がっても仕方ない。私は私のやり方で輝くの」
セフィロスは黙って頷き、そのまま去っていった。
寝室に戻ったあやめは天井を見つめる。
「推しと推しは相変わらず仲良し。けど、空気だった私の声は少しずつ届き始めているはず――。」
(前世の経営小ネタ、異世界の現状分析、推し追っかけるだけの私じゃない。)
「――空気卒業第2幕、始まるわ。」