第1話 推しが推しと仲良しすぎて私は空気
「きょうもまた、推しが推しと仲良しで私は名もなき空気。さあ、仕事だ。」
市原あやめ――名門市原財閥の令嬢に生まれ変わった少女は、そうぼやきながら屋敷の窓から庭を見下ろしていた。
そこには――異世界乙女ゲーム界の“攻略対象”と呼ばれるイケメンズが、夕陽のなか笑い合っている。そう、みんな私の「推し」だ。
アーサー、美形で頭脳明晰、冷静沈着。
レイム、才気あふれる若き魔法使いでユーモア担当。
セフィロス、無愛想だが圧倒的な実力者。
彼らは仲良しすぎて、まるで私の存在に気づかない。いや、気づいているのに「空気」扱い――。
「……これが本当の異世界転生チートの“使えなさ”ってやつか?」
この世界に転生したとき、私は魔法どころかチートすら何もなかった。前世の知識も、現代のビジネス常識も役立たずかと思いきや、ふと決意が湧いた。
「ならば、私は推したちに振り向いてもらうためじゃない。自分の居場所を作るために、この世界で一番の会社を作る!!」
あやめは背筋を伸ばし、屋敷の書斎の重厚な机に向き直った。
「攻略対象たちの視線の先、人気ゼロの私からの逆襲。異世界のイケメンたちにはまだ見えないけど、私は経営の才能で圧倒的に無双するのだから」
「まずは資金――いや、ここは地味に市原家の財産管理から始めるべきか」
あやめは軽妙な口調で独白しながら、書類の山をかき分けた。これが異世界の財閥令嬢のリアルな日常だ。
「魔法はなくてもOK。発明も、経営も前世の知識がある。マーケティング? SWOT分析? ワークシェアリング?ふふ、誰も知らない言葉で頭を撹乱してやるわ」
壁には、古今東西のビジネス書に加え、攻略対象イケメンズの写真が無造作に貼られている。そこに彼女の推し活愛がにじむ。
「誰かに振り向かれないからって、推し活自体をやめるわけじゃない。そう、私はアドバンテージを“経営”に置くんだ」
その日の午後、市原財閥の次期事業戦略会議にあやめは秘密裏に参加していた。
「次期物産拡大だが、魔法系の進化は遅れている。ゆえに市場も微増に留まる」
重役たちの声は硬い。
「ですが、市原令嬢。弊社の資産を活用し、魔法以外の分野での新規産業開拓はいかがでしょうか?」
あやめは、自分の席でさりげなく手を挙げた。
「はい。異世界に持ち込める前世の知識を活用して、工業製品の開発や物流システムの整備。これこそが新たな市場を生む鍵です」
一瞬、ざわつく役員たち。
「令嬢のご提案、具体的にお聞かせください」
「はい。例えば、この異世界にはまだまだ効率的な農業技術や、輸送手段の革新が遅れております。私は第一次産業の効率化を図り、その利益を次に回していく経営スキームを設計しています」
会議室の空気が徐々に変わった。
「具体案をまとめた企画書を近日中に提出します。異世界の古典『農地改革』や前世の『ジャストインタイム生産』を参考にした応用案です」
あやめは胸の中に密かに燃え上がる野心を抱いた。
(これが、私の“空気キャラ”脱却の第一歩――)
会議終了後、あやめは仲の良い従者・美咲と話した。
「推し男子たちは今日も推し男子だけの世界だったけど、私にはやるべきことができた。私はトップの企業を作り、必ず認めさせてみせる」
「令嬢、それじゃあまるでドラマみたいですね」
美咲が笑う。
「それでいいの。私の人生はこの異世界でのビジネス無双劇なんだもの――。」
その夜、あやめはベッドに寝転びながら独りごちた。
「推しと推しは仲良しすぎて自分は空気?そんな推し活推し活してる暇に、私は経営改革で『世界を変える女』になってやるから」
「――あ、それに、『空気キャラ』も卒業宣言ね」