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あなたが落としたのはこの金の斧ですか、銀の斧ですか、それとも、ワ・タ・シ?

作者: 艸葉ヤス

 むかしむかし、ある国の山奥に小さな泉があった。その横に山小屋を建てて生活していた木こりがいた。

 あるとき、木を切っている途中で木こりの手がすべり、鉄製の斧は泉のなかへと落ちてしまった。


 木こりは慌てて池の縁に駆け寄ったが、どうすることもできずオロオロするばかりだった。

 すると、泉の水面が割れ、その真ん中から美しい女性が現れた。


 女性はゆったりとした薄布を身体に巻き付け、水面からすれすれの宙空に浮いていた。一目でただものではないとわかる女性は、右手に金の斧を、左手に銀の斧を握り、木こりに問いかけた。


 「私はこの泉の女神です。あなたが落としたのはこの金の斧ですか、銀の斧ですか、それとも、ワ・タ・シ?」


 女神の言葉に困惑した顔をしてその美しい顔をちらっと見た木こりは、すぐに目を伏せてモゴモゴと口のなかで呟いた。


 「な、なんのことだか、オラわかんねえだ。オラは斧を泉のなかに落としちまって、仕事ができなくて困ってたんだ。おねげえします。普通の鉄の斧を返してくだせえ。」


 その言葉を聞いた女神は笑顔でうなずき、こう言った。


 「あなたは素敵な方です。楽をして金銀財宝を得たいという誘惑に負けず、鉄の斧を落としたと正直に話しました。素晴らしい心がけです。ご褒美にすべての斧と、このワ・タ・シを差し上げましょう。」


 その言葉を聞いた木こりは、女神のプレッシャーに負け、金銀鉄の斧は受け取った。しかし、女神自身にだけは手を伸ばさなかった。不思議そうに小首をかしげる女神に、木こりはおどおどしながらこう答えた。


 「オラのような田舎もんの木こりが女神様に手を出すわけにはいかねえですよ。冗談もほどほどに……」

 「何を言っているのですか。あなたになら私はこの身を差し上げても全然後悔はございませんよ。」


 木こりの言葉に食い気味に答えた女神は、恍惚とした表情を浮かべ続けてこう言った。


 「私はあなたのことをずっと見ていましたよ。毎日毎日休まず黙々と働く誠実な姿を。あなたの木を切る背中のたくましさは、この目に今でも焼き付いておりますわ……」


 神のねばりつくような口調に寒気を覚え、黙り込む木こりをよそに、女神は視線を木こりから離さないまま、輝く目で言葉を紡ぎ出す。


 「あなたがふもとの村から来た商人に木材を売る様子も見ておりましたのよ。普段は寡黙なあなたが、値段交渉では一歩も引かない様子は本当に立派でした。」


 親が子を慈しむように木こりを褒めた女神だったが、「ですが」と口調が一変した。


 「あの商人に金魚の糞のようについてきた若い娘に対し、デレデレしていたのは本当にみっともなかったですわね。」


 女神の言葉に身体を強ばらせた木こりを見やりながら、女神は淡々と続ける。


 「あなたはあの愛嬌を振りまくのだけは得意な娘にぞっこんで、山の中にまで連れてきていましたわね。わたしはずっとその様子を木陰から見ておりました。」


 そう言った女神は、ガタガタと震えている木こりにスススっと近寄り、顔を覗き込んでキュウっと口の端をつり上げて笑った。


 「もう気づいているのでしょう?私はあなたが泉の前であの女と会っていた時、木陰から飛び出してあなたに愛の告白をした女ですわ。」


 木こりは真っ青な顔で恐怖に目を見開いたまま、女神を見つめた。


 「なぜ?といいたげな顔をされていますわね。さあ、なぜでしょう……酒場で荒くれ者たちに嫌がらせを受けていた私は、助けてくれたあなたに一目惚れしました。それで山奥まで追いかけ愛の告白をしましたが、こっぴどく振られました……その様子を見た泉の女神さまが、憐れんでこの姿にしてくれたのかもしれません。あるいは……」


 そこで言葉を切った女神は、湖の底よりも昏い目で木こりを見据えた。


 「振られて逆上した私は、あなたの横にいたあの女につかみかかりました。そこに立ちはだかったあなたは、とっさに私を泉へと突き落としましたね。それを見て、女神様は私を哀れに感じたのかもしれませんね」


 そう呟いた女神は、呆然として立ちすくむ木こりを見ながら一転、表情を明るくした。


 「ちなみに以前から湖に木屑のゴミを捨てられることに深い怒りを覚えていた女神様は、泉と女神の力の一部を私にお譲りになられ、きれいな水のある別の場所へと旅立たれました。」


 そう言った女神の後ろからシュルシュルという音とともに、長い藻のようなものが男の足元に這い寄ってきた。

 木こりは後ずさりし、とっさに飛び退こうとしたが、一瞬おそく、足首をからめとられて転倒した。そのまま藻に全身をぐるぐる巻きにされ、女神の胸へと抱き寄せられた。


 「ああ、ずっと前からあなたとこうすることが私の願いだったのです。このまま一緒に、誰にも邪魔されない、2人だけの世界へ……」


 木こりの肩にしっかりと腕を巻き付け、頭に頬ずりをした女は、顔まで藻に縛られて声を上げることもできない男とともに、ゆっくりと湖の底へ沈んでいった。

 その後、木こりの姿を見た者はだれもいないという。

お読み頂きありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
童話をモチーフにし、タイトルに偽りもなく、かつ、面白く怖い話になっている。良いと思います
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