49:各勢力の状況(前編)
テラコーヤ王国の王都カンソン。
隣国ヴィヴァーレの破壊工作により、王都の人工ダンジョンが暴走状態に陥るも、イレギュラーダンジョンの介入で沈静化。被害は最小限に抑えられた。
しかしその過程で、人工ダンジョンの主導権がイレギュラーダンジョンに移ってしまった。
人工ダンジョンの恩恵で栄えていた王都は、瞬く間に異界化領域に呑み込まれ、今や王都全域がイレギュラーダンジョンの支配下に収まっている。
そんな王都カンソンの中心にある王宮内の一室にて。テラコーヤの国王とハイスークの領主が、遂に双方向通信型になった『お知らせボード』なる情報パネル越しに話し合っていた。
『ひとまず、ヴィヴァーレの残党を追い払ったら王都に立ち寄るので、そこで話を詰めましょう』
「うむ。貴君の望む武闘派貴族連合の名簿も揃えて待っていよう」
ヴィヴァーレ王国との戦いは、国境地帯での散発的な小競り合い規模にまで落ち着いた。
未だ戦場に身を置くハイスークの領主と、テラコーヤ王国の今後について話し合った国王陛下は、傍らで不安そうにしている王妃に「大丈夫だ」と声を掛ける。
「彼に簒奪の意思は無いそうだ。僕達が国を追われるような事にはならないよ」
「でも、不安ですわ」
「王室の権威の護り手が、大領地派閥や武闘派貴族連合からハイスーク単独に移るだけさ」
ハイスークの領主には、此度のヴィヴァーレ軍迎撃と王都に速やかに援軍を送ってダンジョンの氾濫を未然に防いだ功績により、公爵に陞爵させる事を決めている。
大領地派閥四家は良い顔をしないだろうし、武闘派貴族連合は色々理由を付けて反対を表明すると思われる。
が、ハイスーク領は今やテラコーヤで最大の利益を出している大領地かつ武闘派筆頭である。
先の王国功労賞と大舞踏会以降、ハイスークに与する中小領地は多く、日和見していた諸侯も、ハイスークと縁を持った領地の発展具合と勢いを見れば、そちらに傾倒していくのは明らか。
特に、イレギュラーダンジョンの恩恵を受ける事となった王都の現状――迷宮自販機の利便性や、王宮内に設置された高級迷宮自販機に陳列されている商品を目にしたならば、尚更だ。
「今は王宮内を整えて彼の凱旋を待とうじゃないか」
テラコーヤの国王陛下はそう言って、不安がる王妃を宥めるのだった。
異界化した王宮に滞在している大領地派閥四家の領主達は、王室周りの側近筋から漏れ聞こえてくる『陛下はハイスークの領主を公爵にするつもりらしい』という情報に頭を抱えていた。
「まずいぞ……陛下は完全にハイスークに心酔しておられる」
「しかし、これほどの功績だ。相応の褒美を与えるなら、爵位を上げるくらいしかない」
「我らが反対しても、陞爵は止められぬだろうな」
このままハイスークの領主が凱旋して公爵の位を賜れば、テラコーヤ王国内での立場が完全に逆転する。それだけならば、大領地派閥の領主達もここまで狼狽えはしない。
彼等にはこれまでに散々、ハイスークの領主に無礼なちょっかいを仕掛けてきた自覚があった。――要するに、報復が怖いのである。
「武闘派貴族連合の方々は、どう動くだろうか?」
「彼らは早々に城を逃げ出したようだったな」
「いや、あれは実質追放だったらしいと聞いている」
「それは……やはりイレギュラーダンジョンは明確にハイスークの領主に付いているという事か」
ハイスークの領主は、イレギュラーダンジョンとどの程度まで意思の疎通をしているのか。そして、イレギュラーダンジョンはどこまでハイスーク領主の意を汲んでいるのか。
テラコーヤ王国の貴族の中でも一部の古い大貴族家にしか知られていない事だが、武闘派貴族連合の中心を占める重鎮達は、致命的な醜聞を抱えている。
それは先代国王の時代、当時の武闘派貴族達が共謀して、ハイスーク領の初代領主から手柄を横取りしていたという事実。
武闘派貴族達を『武闘派』たらしめる根拠である武功のほとんどが、実は他者の功績を自分達の手柄として報告していたのだ。
先代の国王はそれを知りながらも、『武闘派貴族連合』の前身である、当時最大派閥を誇っていた『武勇同盟』の支持を得るべく、彼等の欺瞞に目をつむった。
「例の事情については、今の陛下も王位を継ぐときに学ばれている筈」
「王家の後ろ盾に武闘派貴族連合を外して、今後はハイスークの武威を掲げるおつもりなのか」
果たして、あの破天荒なハイスークの領主が、今さらテラコーヤ王家の後ろ盾という地位に大人しく甘んじるのだろうか? と、不安を隠せない大領地派閥四家の領主達なのであった。
テラコーヤ王国とサマラヴォイ聖国の動きを注視しているヴィヴァーレ王国は、テラコーヤ王国に仕掛けた当初の予定が大きくズレて、戦略の目途が立たない事に苛立ちと焦りを覚えていた。
「影騎士隊が戻って来ぬだと!?」
「はい。完全に向こうに取り込まれたようです」
王都カンソンに破壊工作を仕掛けた第四、第五部隊は、第六、第八部隊の報告通り、帰還途中にイレギュラーダンジョンの領域内でルール違反を犯して処分された可能性が濃厚。
そして第六、第八部隊はこの報告を最後に、ヴィヴァーレからの離反を明言している。
他国に潜入している工作部隊との伝達役を専門に受け持つ第七部隊からも、数名の離反者が出ているとの報告も上がっていた。
いずれもハイスーク領方面に向かわせた者達である。
「くそ……何なのだ、あの領は。一体どうなっている」
「第六、第八部隊が最後に送ってきた報告には、有用かつ重要な内容がありました」
思わず漏らしたであろう王の悪態を受け流した宰相は、取りまとめたハイスーク領とイレギュラーダンジョンに関する重要事項を告げる。
「こちらの手の者がイレギュラーダンジョンの領域に入った瞬間から、その行動は全て筒抜けになっている事が分かりました」
「はあ?! 何だそれは、それではまったく手が出せないではないか」
「どうやら我々が思っていた以上に、彼の地は厄介な特性を持っているようで」
普通に地続きだが、イレギュラーダンジョンの領域に入る事は、その地のダンジョンに潜るのと同じ意味になるらしい事が明らかになった。
「それは、本格的な地上型のダンジョン、という事か……」
「その通りです。今まで例がなかった為、完全に見誤りました」
イレギュラーダンジョンは、テラコーヤ王国の主要な街から国境地帯、辺境の村々まであらゆる場所にその領域を拡げている。
どこから踏み込んでもイレギュラーダンジョンの領域に当たってしまう。そして情報が確かなら、領域内のどこにでも、万全な状態の軍隊を転移で送り込めるのだ。
「……根本的に、戦略の見直しを図る必要があるな」
「撤退も視野に入れておくべきでしょう」
もはや人工ダンジョンの技術がどうのと言っていられなくなってしまったヴィヴァーレの国王は、いかにテラコーヤとの抗争――ひいてはハイスークから手を引くかを模索し始めるのだった。




